遠江国府と寺院
見付に重なる政治・宗教空間を古代から近世まで読む
遠江国府・国分寺・国分尼寺・見付宿を時代別に分け、政治・宗教・交通・葬送空間の重層を検証する。
- 遠江国府
- 見付
- 遠江国分寺
- 国分尼寺
- 見付宿
ATAWI TEMPLE RESEARCH
寺院ごとに論文を整理し、題名・寺院名・キーワードから検索できます。伝承、確認事実、研究上の推定を区別して公開しています。
343本を表示
TEMPLE RESEARCH
全市・総合地区
見付に重なる政治・宗教空間を古代から近世まで読む
遠江国府・国分寺・国分尼寺・見付宿を時代別に分け、政治・宗教・交通・葬送空間の重層を検証する。
古代国家仏教の地域的展開
遠江国分寺を中央政策の地方移植ではなく、国府圏、先行寺院、資材生産、災害、廃絶後の信仰が織り成す地域的制度として再検討する。
漁業・海上安全・津波伝承
福田・豊浜・竜洋沿岸の寺院を、漁業、船絵馬、海上安全、海岸変動、津波防災から検証する。
札所・女性・村落の祈り
複数の三十三観音霊場、観音の変化身、女性・講・村持堂を時点別ネットワークとして分析する。
ATAWI TEMPLEを検証可能な地域知識基盤にする
寺院情報を典拠、確度、版、画像権利、訂正履歴と結び、更新可能で再検証できるデジタル郷土資料として設計する。
墓域・石造物・旧道・移設を結ぶ境内考古学
磐田市の寺院境内を多時期の史料群として捉え、家墓、村境、旧道、石造物移設、人口移動を非破壊調査で検証する。
磐田の古文書・地誌・物質資料を検証する史料学
寺院の原本、写本、翻刻、デジタル画像、郡誌、案内板を区別し、作成・伝来・編集・公開の各段階から読む方法を示す。
撮影・メタデータ・権利・長期保存のデジタルアーカイブ論
磐田市の寺院写真を再調査可能な地域資料へ変えるため、撮影単位、メタデータ、保存形式、許諾、公開、継承を設計する。
創建・霊験・寄進・移転をめぐる伝承批判
磐田市寺院の創建者、年代、霊験、寄進、移築、旧地を、異本、物証、地理、類型、形成目的から検証する。
道・境界・子どもを守る仏
地蔵本尊、境内堂、六地蔵、下馬・身代り・路傍地蔵を位置・管理・願意から比較する。
水害・渡河・治水の歴史
天竜川左岸の寺院を、水害、渡船、堤防、用水、集落移動の長期史から分析する。
宿場町の葬送・祈願・地域秩序
見付宿の寺院を街道、小路、墓地、祈願、寺領、教育と結び、移動社会を支えた宗教的インフラとして分析する。
1854年の倒壊記録・救済・再建を寺院別に比較する
1854年安政東海地震の寺院被害記事を、史料系列、建物別被害、地盤、復旧期間、募財・救済の観点から比較する。
葬送制度・墓地管理・祭祀継承を分解して考える
永代供養を商品名ではなく、法的類型、納骨、管理、供養、承継、記録保存から検討する非営業的な地域墓制研究。
宗教的信頼と不動産取引を分離する相談設計
寺院周辺の空き家を、相続、高齢者住宅、管理不全、流通、生活圏の観点から分析し、寺院と不動産事業者の役割境界を示す。
生活圏・孤立予防・介護者支援・宗教選択の実証枠組み
寺院を介護制度の代替ではなく、任意参加の交流、傾聴、専門機関への接続を担う補完的地域資源として検証する。
金属供出・慰霊施設・空襲記憶・戦後供養の地域史
宣光寺梵鐘、忠霊塔・英霊之碑・忠霊殿、空襲記憶、戦没者供養を通じ、磐田の寺院が近代戦争をどう記録したかを検討する。
宣光寺梵鐘から中泉御殿、黒印・朱印制度まで
家康ゆかりの寺院資料を、同時代銘文、建築移築、寄進伝承、家臣行政、後代朱印に分け、遠江支配の構造として検証する。
禁制・兵粮・祈願・兵火から政治秩序の転換を読む
医王寺禁制、行興寺文書、一言坂伝承、大見寺・寿正寺・天龍院を通じ、武田・徳川攻防と寺院の交渉・再編を史料批判する。
墓地管理者・使用者・行政の役割を分ける葬送研究
墓じまいを墓石撤去ではなく、改葬許可、墓所使用、宗教儀礼、親族合意、記録保存が交差する制度過程として分析する。
山号・寺号・旧村名・字名から歴史的同一性を復元する
寺院名の異表記、同名寺院、旧村・大字・小字、合併・区画整理、移転・廃寺を時点別に接続する歴史地名研究。
全久院・医王寺・慈眼寺と境内学校の比較史
磐田市の寺子屋、仮教場、分校、専用校舎を比較し、寺院の教師・空間・信頼・資金が近代学校へ移転した過程を検証する。
古墳・集落・信仰景観
磐田原台地の寺院を、古墳群、集落、崖線、水環境、眺望が重なる長期的信仰景観として分析する。
丘陵・宿場・河川低地を横断する寺院空間の比較
磐田市の寺院を山寺・里寺の2分法に固定せず、地形、交通、山林、墓地、災害履歴から地域機能を比較する。
1707年・1854年地震から現代の文化財防災まで
複数寺院の倒壊・焼失・移転・再建記録を比較し、寺院継続を建物と共同体の再構成として分析する。
神仏習合の地域構造
磐田市の寺院法会、神社祭礼、民俗芸能を区別し、祭具、空間、行為、組織から神仏習合と地域継承の構造を検証する。
共同体運営の歴史的基盤
寺院法人、檀家、総代、自治会、地域づくり協議会を区別し、境内管理、防災、福祉、祭礼を通じた共同運営の履歴を検証する。
信仰・講・家族継承
熊野御前、観音・地蔵・鬼子母神信仰、講、奉納、法要、墓碑をジェンダー史から読み直し、女性の行為と不可視化された労働を検証する。
本堂・山門・楼閣の比較研究
本堂平面、薬医門・鐘楼門、経蔵等を建物単位で比較し、用途・構造・年代層を分析する。
古代基壇から近世山門・近現代伽藍まで
磐田市の寺院建築を、建立年の順位ではなく、移築、災害、修理、用途変更を含む更新履歴として分析する。
古代寺院から現代寺院まで、遺跡・寺伝・制度・物質資料をつなぐ
遠江国分寺から現代の宗教法人まで、磐田市の寺院史を資料類型と制度変化に即して読む総合研究。
イチョウ・ソテツ・巨木信仰
省光寺、西光寺、善導寺旧地等の樹木を、個体計測、植物史、信仰、都市環境、管理から分析する。
景観・植栽・水系の文化史
医王寺庭園を基準事例とし、磐田市の寺院庭園を建築、植栽、水系、管理労働、周辺景観から比較する。
9地区と地形・街道・河川・港・集落の関係
現存96寺院を9地区に集計し、磐田原台地、天竜川・太田川低地、街道、港、集落との関係を分析する。
指定制度と地域資料の保存
国・県・市指定、登録、未指定寺蔵資料を区別し、所有・管理・目録・公開の地域体制を検討する。
尊像から読む地域信仰
本尊、札所本尊、別堂尊、境内尊を区別し、磐田市の尊像から地域信仰と資料保存の方法を考察する。
中世交通路と遊行の記憶
西光寺・省光寺・金台寺等を、遊行、改宗伝承、宿場、小路、寺領から比較する。
念仏信仰と近世地域社会
見付4寺・掛塚2寺の浄土宗寺院を、称名念仏、本末・分派、宿場・湊の葬送から検証する。
密教・修験・霊場の重層性
磐田市域の真言宗寺院を、宗派制度、古代寺院、修験、観音・薬師霊場、沿岸集落の祈願から検証する。
門徒組織と家の継承
大谷派・本願寺派・高田派の5寺を、門徒、家、講、寺院造営、湊町の派別構成から比較する。
62寺の分布を僧侶移動・村落・河川から再構成する
磐田市の曹洞宗寺院62寺を、本末関係、開山伝承、僧侶移動、地区分布の時系列ネットワークとして分析する。
法華信仰と地域ネットワーク
玄妙寺・本性寺・妙福寺・智教院・妙満寺を、日什門流、本末、題目講、沿岸・北部の教線から分析する。
失われた宗教空間を復元する
大宝院廃寺、鎌田廃寺、寺谷廃寺、岩室廃寺、遠江国分寺・国分尼寺を比較し、建物を失った宗教空間の復元方法を示す。
年代・様式・伝来をどう識別するか
木彫・塑像・磚仏等を対象に、像名、制作年代、様式、修理、寺への伝来を別命題として検証する。
見性寺末寺網と天竜川河口域6寺の比較
磐田市の妙心寺派21寺と方広寺派6寺を、宗派史、地域本寺、宗派変更、河川交通から比較する。
音が形成した地域空間
宣光寺梵鐘を基準に、磐田市の鐘と鐘楼を銘文、鋳造、音響、建築、時報、戦時供出から比較する。
宣光寺梵鐘・秋鹿氏五輪塔群・供養塔伝承の比較
梵鐘、五輪塔、供養塔、石仏を、銘文、音、制作、移設、保存の履歴を持つ一次資料として分析する。
地域宗教史・文化財・災害・継承を横断する総括
磐田寺院研究を史料批判、歴史地理、寺院ネットワーク、文化財、災害、教育、祭祀、葬送継承、デジタル公開の観点から総括する。
戸籍・墓地・家族資料・寺院史料を結ぶ方法論
菩提寺不明時に、家族資料、墓碑、戸籍・除籍、改葬記録、過去帳、宗門人別帳、旧地名を段階的に照合する研究方法。
病気平癒と地域医療の前史
薬師本尊・薬師堂・遠江四十九薬師霊場を区別し、祈願、僧医、薬、看病の関係を検証する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
天台・真言・曹洞の宗派層と道屋乾達・蔵法寺法系を検証する
磐田市立野の医王山安楽寺について、1204〜1206年草創伝承、天台・真言・曹洞の宗派変化、1595年の道屋乾達による分派開山を検討する。
作者確定性・禅宗図像・伝来・保存を市指定文化財から再検討する
安楽寺所蔵の市指定文化財「紙本著色十六羅漢画像」を、大須賀陶山の作者問題、連作構造、禅宗儀礼、保存・公開の観点から検討する。
中泉代官の寺社領証文群から徳川政権初期の立野を読む
安楽寺所蔵の1601年2月11日付伊奈忠次判物を、同月の周辺判物、正保郷帳の安楽寺領3石、立野村の地域経済から検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
1183年平癒祈願説と1190年放生会説の伝承史
『安全寺記録』を典拠とする1183年の頼朝足痛・天神祈願・放鶴説と、『遠江国風土記伝』系の1190年上洛・朝長供養・放生会説を比較し、地域伝承の形成と継承を検討する。
海蔵寺末寺網の形成を年代・法系・地域から再検討する
岩井山安全寺の1513年8月開創、海蔵寺2世雲山宗越開山、本尊薬師如来という1921年資料の記述を、現況・本末制度・人物同定・寺域景観に分けて検証する。
鶴ヶ池の用水160石余・桶ケ谷沼の生物多様性・台地縁辺の寺域
安全寺の台地縁辺立地、1720年岩井村明細帳が示す鶴ヶ池用水160石余、桶ケ谷沼・鶴ヶ池の重要湿地選定を統合し、岩井の水・農業・信仰・保全を文化景観として検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
請開山と開創者を分けて読む遠州曹洞宗の形成史
磐田市下野部の一雲斉について、1418年創建説、如仲天誾、真巌道空、大洞院6派、可睡斎末という異なる歴史層を史料批判によって再構成する。
下野部村の土地秩序と地蔵・釈迦・薬師の史料批判
一雲斉の朱印高15石、1579年の竹木禁伐文書、地蔵菩薩・釈迦牟尼仏・薬師信仰の異なる記録を、寺院経営と礼拝史の両面から検証する。
總持寺輪住伝承と1472〜1474年の寺院形成
川僧慧済の總持寺経験、語録3巻、法音庵・薬王寺・東林庵の開創年を照合し、一雲斉を15世紀後半の寺院網の結節点として検討する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
近世文書・除地・1859年風災・1882年と1997年の再建を段階的寺院形成として読む
西貝塚永福寺の1504年開創、福王寺との本末関係、1649年文書、除地1石5斗、1859年風災と本堂再建を史料層に分けて検討する。
本尊・札所本尊・追善供養像が共存する寺院物質文化
永福寺の阿弥陀三尊、十一面観世音菩薩、三十三観音、鎌倉時代後期作と伝わる十王像を、伝来・礼拝・保存の観点から検討する。
遠州第20番・磐田郡第24番・御詠歌・今浦山を地域宗教ネットワークとして読む
永福寺の複数観音霊場、御詠歌、今浦山、西貝塚の本末寺院網、災害再建を、巡礼受入れと地域公共性の観点から検討する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
大洞院法系・原野谷川の遷座・福田の舟運を史料批判する
磐田市福田の円通山観音寺について、1494年の円通院開創、原野谷川を下る遷座、1559年の改称・開山を検討する。
恵心僧都作者伝承・12年周期・第21番と第1番の重層性
観音寺の秘仏聖観音、恵心僧都作伝承、午年の1週間開帳、遠州33観音第21番・磐田郡33観音第1番を検討する。
「磯打つ波」の読解から漁業・供養・防災を再構成する
観音寺の御詠歌「磯打つ波」、魚籃観音の現地掲示、大漁祈願、福田漁港のシラス漁、織物、防災を史料別に検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
1919年磐田郡三十三観音再選定説と札所本尊の分離
地蔵菩薩を本尊と伝える平間願成寺が磐田郡三十三観音第6番に位置付けられる構造を、寺院本尊・札所本尊・1919年再選定説に分けて検証する。
聖寿寺第5世恵才から伸びる曹洞宗法系の史料批判
磐田市平間の福聚山願成寺について、1533年に聖寿寺第5世恵才の徒弟明堂が開基したという郡誌記事を、人物・土地・本末関係から検証する。
学制以前の若干名を人物・教材・境内空間から復元する
磐田郡誌に記された平間願成寺の高山師と若干名の寺子屋について、人物同定、教材、門人、教室位置、近代学校への移行を検証する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
岡本山弘徳寺から長松山興徳寺への移行をめぐる史料批判
磐田市森下の興徳寺について、建久年間の草創、旧真言宗岡本山弘徳寺、1599年3月9日の改称・曹洞宗法地化という寺伝を、資料の成立時点と用語を分けて検討する。
境内写真と再建伝承から構築する物質文化調査
興徳寺境内の六地蔵、子ども像を伴う地蔵、いぼとり地蔵伝承、長松山額、本堂・堂宇を、像容・銘文・配置・再建履歴に分けて検討する。
正保郷帳・東海道・天竜川洪水から読む寺院と村落
正保郷帳に見える光得寺領1石を興徳寺の寺領伝承と照合し、森下村の東海道、用水、河川、天竜川洪水と寺院空間の関係を歴史地理学的に検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
1593年改宗・1599年末寺再編・三等法地からみる遠江の寺院ネットワーク
金剛寺が海蔵寺10世を開山に請じ、その第2世が1599年に興徳寺を改称・法地化したとの郡誌記録を分析し、曹洞宗門流形成を検討する。
旧真言宗、曹洞宗改宗、大石十右衛門康正開基をめぐる多段階成立史
磐田市見付の今浦山金剛寺について、1424年開創説、1593年曹洞宗改宗伝承、1610~1619年の中泉代官大石十右衛門康正開基説を史料系統ごとに分析する。
見付の学習・民間信仰・悲嘆支援を支えた寺院公共性の変遷
金剛寺の寺子屋約50人、1894年寿碑、学校・幼稚園仮施設、1882年報徳研究会、役行者像・大峰講、現代坐禅会とグリーフケアを分析する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
遠江49薬師第3番札所における本尊・札所尊・巡礼網の重層性
本尊阿弥陀如来と記録される時宗金台寺が、なぜ遠江49薬師霊場第3番札所なのかを、郡誌、札所一覧、現地表示、地域霊場史から検証する。
1472年創立記載、連阿、省光寺末、無住管理を制度史として読む
磐田市天竜の金台寺について、1921年『静岡県磐田郡誌』、宗教法人名簿、時宗公式寺院一覧を照合し、成立記録と省光寺による管理を検証する。
天竜川交通、諏訪神社、閻魔・奪衣婆石像を地域空間から再構成する
旧天龍村字蛭子森にある金台寺を、天竜川渡船に関わる諏訪神社、境内の閻魔・奪衣婆石像、札所参詣の動線から検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
聖寿寺・守増寺から旧金洗村へ伸びる曹洞宗法系
磐田市豊岡の金藏寺について、1587年に守増寺全雄の法嗣・嶺岳が草創したという郡誌記事を、法系・旧村・本末制度から検証する。
旧金洗村における寺領・本末制度・土地秩序の再検討
金藏寺に1649年8月17日付で認められたとされる朱印3石8斗を、近世地誌、土地制度、本寺守増寺との比較から検証する。
寺号・読み・堂号・旧地名を用いた寺院同一性の再構成
現地石標の玉瀧山と1921年資料の玉運山という差異を起点に、金藏寺の読み、旧字体、普照殿、旧金洗村を史料批判する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
倉小路・見付九山・年中行事・近代景観の重層性
見付町字倉小路に所在した慶岩寺を起点に、宿場の小路、寺院群、書院と境内、年中行事、近代教育・景観政策を都市宗教史として分析する。
能公和尚・鎮西白旗派・戦国期見付を史料層ごとに再検討する
磐田市見付の慶岩寺について、1562年の開創、能公和尚、知恩院末寺・鎮西白旗派という記録を、郡誌、宗派資料、現地景観から検証する。
蔵小路の路傍像から境内祭祀へ至る物質史と地域信仰
慶岩寺の延命地蔵について、路傍から境内への移動、1900年の堂宇倒壊、1901年の再建、8月23日の大祭を史料批判的に検討する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
第32番札所の配列と福田に重なる霊場体系の識別
福田慶昌寺の馬頭観世音菩薩伝承と磐田郡三十三観音第32番札所を検証し、松秀寺・宗次寺との配列、観音寺が属する別霊場との混同を整理する。
住職継承・本末関係・現代法人を混同しない制度史
磐田市福田の慶昌寺が1881年9月に法地となったという郡誌記事を、住職継承、本末関係、明治宗教行政、現在の宗教法人と区別して検証する。
松秀寺第10世を媒介とする曹洞宗寺院ネットワークの再検討
磐田市福田の円福山慶昌寺について、1723年2月に松秀寺第10世慈眼詳雲を請じたという郡誌記録を史料批判し、開山・開基・本末関係を分けて検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
日本左衛門供養塔、境内句碑、豊田郡33観音第1番を公共史として検証する
見性寺の日本左衛門供養塔、芭蕉句碑とされる句碑群、豊田郡33観音霊場第1番という3つの地域記憶を、史実・伝承・顕彰行為に分けて検討する。
不動3尊立像・刺繍16羅漢図・五鈷鈴の伝来を物質史として読む
見性寺所蔵の市指定文化財3件を、制作年代、宗派的機能、旧蔵寺院、伝承、移座、保存履歴を分離し、寺院が文化財を受け継ぐ仕組みから検討する。
縄文貝塚、古代国府関連施設、丸木舟材、寺院造営を層位から再構成する
見性寺境内周辺の発掘成果を、潟湖環境、縄文貝塚、古代建物群、国分寺式瓦、丸木舟材、中世井戸、寺院造営による再堆積から検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
得道の寺・直授日蓮・什門3本山を史料批判する
見付の本立山玄妙寺について、1385年開創、日什の生涯、日妙、置文、本寺指定、什門3本山、近現代の本山制度を検討する。
1934年の経典防災と2014年登録文化財評価
玄妙寺の鉄筋コンクリート造経蔵と門柱及び塀を、耐火、保存科学、左官技術、登録文化財制度、見付の近代化から分析する。
母形鬼子母神・今井浦3霊宝・身体発達祈願の複合
11月12日の御命講、子育て草履、母形鬼子母神、今井浦3霊宝、鰐口、子育て地蔵を史料・物質・地形から分析する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
字中村、低湿地、複数寺庵の配置から地域文化資産を再構成する
草崎字中村の光嚴寺を、天竜川下流低地、旧村の字、聖寿寺末寺院群、地域文化財の保存という空間史から検討する。
全雄・儀伝・草崎への曹洞宗展開を段階的寺院形成として読む
磐田市草崎の光嚴寺について、1605年12月の儀伝開創、聖寿寺末、曹洞宗法系という記録を史料層ごとに検証する。
本尊記録・薬師信仰・近隣薬師寺院を分けて検証する
郡誌が光嚴寺本尊を医王薬師如来と記す意味を、薬師経典、像容、地域の薬師信仰、萬然寺との比較から検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
個体識別・藤棚工学・開花季節・寺院景観の統合研究
行興寺の国・県指定熊野の長フジを、樹齢伝承、個体識別、樹勢、藤棚、混雑、気候変動、供養祭から保存科学的に検討する。
12世紀の物語を14世紀から現代までの記憶媒体から再検討する
行興寺の熊野御前伝承を、能『熊野』、室町後期の熊野絵巻、14世紀末頃の宝篋印塔、十一面観音、供養祭から史料批判する。
時宗遊行、戦国期兵粮、近世寺領、川供養を結ぶ地域史
行興寺に伝わる池田道場の記録と1569年前後の行興寺文書を中心に、他阿真教、池田の渡し、寺領16石、川供養を検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
旧東海道・加茂川・行政地名の重なりから寺院立地を読む
1921年の郡誌が行泉寺を中泉町中泉字南裏とし、現代の宗教法人名簿が磐田市見付3080番地の2とする不一致を、歴史地理学的に検討する。
僧龍山の「一宇造立」を本山専修寺・遠江真宗寺院群の形成から再検討する
磐田市見付の行泉寺について、1573年に僧龍山が一宇を造立したという郡誌記録と、真宗高田派・専修寺末寺という所属を史料層ごとに検証する。
1921年寺院統計から小規模な高田派末寺の持続条件を考える
『静岡県磐田郡誌』が記録した行泉寺の境内513坪・檀徒30戸を、観測時点と統計単位に注意しながら小規模寺院の社会史として分析する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
天竜川河口の微地形、掛塚湊の復興、寺院防災を結ぶ
1854年安政東海地震で堂宇が倒壊した香集寺について、震度6〜7評価、後背湿地、瑞翁和尚の復旧伝承、現在の資料防災を検討する。
法園智溢・方広寺派ネットワーク・掛塚湊の土地基盤を再検討する
磐田市掛塚の望海山香集寺について、1568年法園智溢開創伝承、近世の香乗寺領2石余、方広寺派末寺関係、同名寺院を史料批判する。
掛塚と川袋の尊名、港町表象、焼津同名寺院を分離して読む
香集寺の満願虚空蔵菩薩について、求聞持法、虚空蔵図像、掛塚地域の信仰、潜龍寺・焼津香集寺との識別を学術的に検討する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
1921年郡誌・1982年寺院大鑑・現行法人名簿から構築する年代論
磐田市中泉の合掌寺について、1921年資料で未確認、1982年寺院大鑑で確認、現代の行政・宗派名簿で確認という証拠列を分析し、創建時期を断定せず調査可能な年代幅を構築する。
堂宇を欠く現況から考える最小規模宗教景観の記録と保存
2026年に確認された合掌寺の小祠、石碑、石仏、手水鉢、敷地景観を物質文化資料として分析し、堂宇が見えない現況を廃寺と誤認しない記録方法を提示する。
宗教法人・所在地・都市化・地域記憶を分離して再統合する空間史
磐田駅周辺へ発展した中泉の都市史を背景に、合掌寺の法人所在地、小規模な現況、史料上の空白を分析し、都市化の中で宗教的場所が存続・変容する仕組みを検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
古代寺院跡・後世の堂・現存寺院を区別して叙述する
遠江国分寺跡と現在の国分寺の関係を、考古資料、指定記録、現地資料、宗教法人情報から検討し、歴史的連続性をどこまで論証できるかを考察します。
国家仏教の地方展開を、伽藍・生産・交通から再検討する
磐田市の特別史跡・遠江国分寺跡について、建立政策、伽藍配置、木装基壇、瓦生産、交通環境を公的資料に基づいて分析します。
特別史跡を地域社会が読み継ぐための再整備を考察する
遠江国分寺跡の1951年発掘、特別史跡指定、史跡公園化、2006年度以降の再調査と現在の再整備を、保存と公開の両立という観点から分析します。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
1884年松ノ木島学校の所在をめぐる寺院同定と近代公共空間
『静岡県磐田郡誌』の最廣寺と、1884年松ノ木島学校所在地「西広寺」の表記差を史料批判し、寺院の教育機能を検証する。
満室銀重、松之木島草分け、天竜川越しの本末関係をめぐる成立史
磐田市松之木島の最廣寺について、1592年満室銀重開創、高薗からの草分け伝承、学園寺末、本尊地蔵菩薩を検証する。
1592年開創、3回の検地、地蔵信仰から読む天竜川低地の寺院環境史
天竜川下流の輪中集落・松之木島について、最廣寺の開創、近世検地、耕地開発、洪水、地蔵信仰を環境史として分析する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
遠江四十九薬師第49番・豊田郡観音第2番・旧瑠璃光寺の記憶
本尊聖観世音菩薩を祀る慈恩寺が遠江四十九薬師霊場第49番となる構造を、旧瑠璃光寺の御詠歌、豊田郡三十三観音、誤った遠州三十三観音第19番説との照合から検証する。
応永開創・天文中興・1634年再興から小泉龍渓の手習塾まで
慈恩寺の応永年間開創、天文年間中興、1634年再興という現地由緒と、幕末から明治初期の寺子屋教育を検証し、寺院組織が断絶を越えて知識基盤へ転換した過程を考察する。
上西郷庄滝泉禅寺から見付へ移動した「音の史料」を読む
慈恩寺所蔵の市指定文化財・雲板について、銘文、機能、上西郷庄、滝泉禅寺比定、伝来空白、保存公開を検証し、寺院間を移動した物の履歴として再構成する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
聖寿寺末・駒場村・3石という初期近世記録の史料批判
慈慶庵の1633年頃末寺帳記載を、聖寿寺末・駒場村・3石の各命題に分けて検証する。
郷帳・末寺帳・郡誌を用いた寺院レコード照合
寿慶庵と慈慶庵の表記関係、駒場村の3石寺領、福聚山・聖寿寺末を年代別に検証する。
1921年郡誌の本尊記載から現況保存まで
慈慶庵の阿弥陀仏記録、庵という寺号、字屋敷廻の寺地、現況建物を異なる証拠層で検討する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
仿僧川・寺谷用水・浜新田から寺院立地を再考する
遠州灘に面した鮫島村の村高増加、1723年浜新田争論、仿僧川の舟運、寺谷用水の広域水利を検討し、実際寺を海辺低地の村落景観に位置付ける。
存祝・十輪寺・可睡斎を結ぶ寺院系譜の史料批判
磐田市鮫島の実際寺について、天正初年の存祝創建伝承、十輪寺末・可睡斎孫末という寺院系譜、本尊阿弥陀如来の記録を、成立時期の異なる史料へ分解して検証する。
寺領2石・両社領2石・朱印状6通から読む近世村落信仰
実際寺の朱印寺領2石、神明社・天神社各1石、1649年家光朱印状と朱印状6通の記録を検討し、鮫島村の寺社関係と明治期の制度分離を再構成する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
大宝山の山号と江口村曹洞宗道場の成立を史料批判する
守増寺の1587年開創、三浦甚三郎重員、大宝院殿安心居士、聖寿寺7世全雄、大宝山の関係を検証する。
本尊・札所・石造物・江口村景観を異なる証拠層で読む
郡誌が記す守増寺本尊地蔵菩薩と、磐田郡三十三観音霊場第5番、現況石造物・境内景観を分離して検証する。
聖寿寺門流の中間本寺と江戸寺社行政を再構成する
守増寺の朱印高13石6斗、7寺の末寺、1784年役僧出府、嘉永期寺院懸案を制度・人的ネットワークから検討する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
中曽根の堂、戦国期の兵火、1707年・1854年地震から寺院景観の変容を読む
蛭池寿正寺の薬師堂移転伝承、境内小堂、宝永・安政地震の被害と再建を、建築史・災害史・文化的景観の視点から検証する。
地蔵本尊と薬師堂を支えた近世村落の経済・宗教ネットワーク
寿正寺領2石・薬師領2石、松秀寺との本末関係、長泉寺・常楽寺への法系展開、遠江四十九薬師霊場第44番を統合的に検討する。
地蔵堂前身説、1575年寺号成立説、1604年再興説を史料批判から再構成する
磐田市蛭池の寿正寺について、平重盛伝承、前身地蔵堂、1575年と1604年の異なる成立年代、耕翁盛舜、松秀寺門流を検証する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
南島低地の被害、12年間の復興、山号・地番変化を検証する
宗次寺の1854年震災と1866年再建について、太田川下流低地、再建資源、福王寺ネットワーク、住所・山号差、現在の文化資料防災を検討する。
南山玄甫・天初玄祐・福王寺本末関係・寺領2石を再検討する
磐田市南島の宗次寺について、天文年間の宗寿寺開創、1588年火災、天初玄祐による曹洞宗再興、宗寿寺領2石の継承を史料批判する。
聖観音、馬頭観音堂、御詠歌、老松山の重層的信仰空間
磐田郡三十三観音霊場の結願所宗次寺について、本尊聖観音、馬頭観音堂、御詠歌、巡礼路、老松山・及光山の表記差を検討する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
観音像・楼門・仁王像・本堂・庭園を移動と視線の構成から分析する
宝蔵山十輪寺を1919年開創とされる磐田郡33観音第2番として検証し、観音像・楼門・仁王像・本堂の境内構成を記録する。
1952年併合・薬師堂・おかめ寺・2005年市指定を文化財の伝来から読む
上大之郷の十輪寺に伝わる鎌倉時代薬師如来立像を、長応寺併合、薬師堂、開帳、文化財指定の履歴から検証する。
可睡斎孫末・長応寺併合・閻魔像の国分寺から連福寺への移動を再構成する
十輪寺を、実際寺の本寺、長応寺の統合先、閻魔像の一時安置先として捉え、寺院間で制度・文化財が移動する構造を検証する。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
旧広瀬村三家における曹洞宗寺院の成立を資料年代から再検討する
磐田市三家の松久院について、1624年開創、豊田山、釈迦牟尼如来、永江院末という郡誌記載を史料批判し、遠江北部の寺院ネットワークを検討する。
三家・松木島・下神増を結んだ初等教育の成立と校地を再構成する
1875年に松久院内へ置かれた小学野部学校分校三家学校を、学区、校地、寺院空間、統合過程、地番差から検討する。
移動する記念物と反復される儀礼から三家の地域記憶を読む
松久院境内の永照塔、袖ケ浦三十三観音9番・10番札所、三家の遠州大念仏を、物質・移設・儀礼・記録の異なる層として検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
真言宗寺院の寺籍・尊像・地域記憶を再構成する方法
松向庵が1874年9月に真言宗地蔵寺を合併したという郡誌記事を、宗派、什物、旧寺地、現地小堂の証拠範囲から検証する。
宮之一色一里塚・旧東海道との関係を断定せず検証する
松向寺の11面観音本尊、第21番札所、宮之一色一里塚を別々の史料系統から検証し、地域巡礼と交通の接点を考察する。
正光庵・松向庵・松向寺の名称変遷を含む年代矛盾の検証
宮之一色の松向寺について、草創より18年早い黒印1石の記事と、正光庵・松向庵・松向寺の名称変遷を史料批判する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
平間・河袋・高木の松隣庵領から正林庵領2石まで
松林寺文書にみえる河勾庄3地域と、掛塚輪中川袋村の正林庵領2石を、河川・村境・所領制度から分析する。
1553年検地・1560年今川氏真判物写・寺領2石による寺号変遷の検証
川袋松林寺の前身とされる松隣庵・正林庵、寺領2石、富景山という名称の時間的関係を史料批判する。
十一面観世音菩薩・延命地蔵菩薩・今川氏外護を分解する史料論
川袋松林寺の建立者・開山・今川氏祈願所・十一面観音・延命地蔵に関する伝承を、史料命題ごとに検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
尊像、安政東海地震、鐘楼門、見付学校仮校舎から寺院景観の重層性を読む
省光寺の阿弥陀三尊、天満地蔵尊伝承、市指定イチョウ、安政東海地震被害、鐘楼門、見付学校仮校舎を物質文化と公共空間の観点から検討する。
1282年、一遍遊行、第6代慈海、「御所道場」を史料の層位から再検討する
磐田市見付の省光寺について、真言宗から時宗への改宗、一遍遊行、第6代慈海、足利義詮の外護、「御所道場」の称号を史料批判的に検討する。
遊行系図、遊行日鑑、寺院史料所在調査から見付道場の教団的位置を読む
第51代遊行上人賦存を省光寺出身とする学術資料を起点に、18世紀時宗の廻国・賦算・寺院史料網と見付省光寺の位置を検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
御殿築造1587年頃との年代逆転を解く史料批判
磐田市堀之内の常楽寺について、1585年草創と中泉御殿建物転用伝承を、市の1587年頃築造説と比較し、3つの検証仮説を提示する。
村高・掛塚湊後背地・白峯山の現況を結ぶ地域史
常楽寺領2石、堀之内村の村高・人口、1854年地震の堂宇倒壊、白峯山と読める現況表示を比較し、村落寺院の維持と復興を考察する。
1585年から1590年に形成された方広寺派寺院ネットワーク
常楽寺開山汝舟、2世天眼、東福寺開祖角山の記録を資料批判し、堀之内における方広寺派寺院網の成立を3仮説で検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
平氏頃の開創伝承・寺領2石・聖観音札所を再構成する
海老島心月寺の平氏頃開創、1575年宗哲再興、正眼院末寺、寺領2石、聖観音、豊田郡33観音第13番を検討する。
安政東海地震の寺院被害集成を建築史から再検証する
海老島心月寺の1854年倒潰と1838年本堂再建という矛盾を、原史料、部材、地形、周辺寺院、防災から検討する。
学制、寺院空間、村落公共性、学校跡記憶を検証する
心月寺を仮校舎とした海老島小学校について、1872年・1873年の2説、本堂利用、就学、学校跡標柱、現在制度を検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
明応年間、仙麟等膳、寺領寄進、末寺形成から中世・近世移行を再構成する
磐田市向笠竹之内の新豊院について、開創年代の異説、向笠伯耆守、可睡斎仙麟等膳、寺領寄進・朱印、末寺網を史料批判的に検討する。
木版札、戦勝祈願、向笠の里と原、文化財公開から複合的信仰圏を読む
新豊院の虚空蔵菩薩、八幡大菩薩、観音札所、木版札の伝承を、向笠の里・原の地形、城跡、古墳群、文化財公開と結び付けて検討する。
弥生墓制から前方後円墳への移行、2号墳副葬品、太田川流域の首長権を読む
国指定史跡・新豊院山古墳群を、弥生時代の土器棺墓・土坑墓、台状墓、2号墳、三角縁神獣鏡、武器類、眺望と保存活用から検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
教団名・行政分類・同名類似団体を分離する宗教分類論
見付の神心教について、文化庁と静岡県が仏教系に分類する事実を確認し、兵庫・新潟の神道神心教との混同を防ぐ。
1996年から2023年までの宗教年鑑・県名簿を用いた組織識別
磐田市見付の神心教を、包括宗教法人神心教と神心教本部の2法人、見付243番地と206番地、代表役員記録の変化から検証する。
公開資料の少ない宗教法人の空間調査・口述・デジタルアーカイブ
見付243番地の神心教を、旧宿場・近代教育・都市形成の地域史と接続し、記憶・資料・現地情報を倫理的に保存する方法を示す。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
法人資料・現地表象・口述史を結ぶ地域宗教アーカイブ
神心教本部を対象に、公的名簿、宗教年鑑、写真、地図、行事記事、聞き取りを倫理的に統合する研究設計を示す。
見付206・見付243・法人番号を区別する宗務行政史
神心教本部と包括宗教法人神心教を、県名簿、文化庁宗教年鑑、宗教法人法、法人番号、所在地から厳密に区別する。
現地看板・僧形像・団参記事から教義を断定せず読む
神心教本部の門柱、法人看板、題目掲示、立正安国銘の像、建物と庭を現物資料として分析する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
巨山宗鯨・真如寺法系・1868年本堂を分層して読む
磐田市下万能の正医寺について、782年草創伝承、1600年巨山宗鯨開山、曹洞宗改宗、1868年本堂を史料批判する。
本尊・札所本尊・観音堂諸尊を区別する地域信仰研究
正医寺の薬師如来、如意輪観音、萬能観音、遠州観音・遠江薬師・磐田郡観音の重層を検討する。
下万能・気子島・宮之一色を結ぶ曹洞宗法系の再構成
正医寺を本寺とする末寺群を、僧侶移動、村落地理、廃寺・合併、年次矛盾から検討する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
孤山堯隣・末寺11か寺伝承・心月寺の事例からみる曹洞宗寺院網
正眼院が1515年に雲林寺8世孤山堯隣を迎えて曹洞宗寺院として再興されたとの寺伝を、法系・末寺網・地域再編の観点から検証する。
治承年中・旧真言宗・寺領95石という由緒の史料批判
磐田市小島の正眼院に伝わる平景清開基説を、人物伝承、後世の文芸、宗派公式記録、近世村落史に分けて検討し、確認済み事実と寺伝の射程を明示する。
近世小島村の寺院経済・千手観音信仰・地域移動の統合分析
近世小島村の正眼院領20石と、正眼院が参加した磐田郡・豊田郡の2つの三十三観音霊場を、寺院経済と地域ネットワークの両面から分析する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
1921年郡誌の記載、求聞持法、宝珠図像から考える地方曹洞宗寺院の尊格
磐田市白拍子の正光寺について、郡誌が本尊とする虚空蔵菩薩を、図像、求聞持法、13参りの比較資料から検討し、現地調査の課題を示す。
鈴木藤右衛門、甲州八代郡の同名寺、聖寿寺8世月堂・昌堂を史料批判する
磐田市白拍子の正光寺について、1602年鈴木藤右衛門開基、甲州八代郡正光寺との縁、1644年昌堂入寺、聖寿寺末寺関係を検討する。
仿僧川低地の地名・治水・女性芸能者の地域記憶を史料批判する
磐田市白拍子の正光寺を、旧白拍子村、千手前伝説、仿僧川低地、寺谷用水、現代の自治・防災空間から検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
教之一訓・門奈美作守正重・長松院を異なる証拠層で読む
聖寿寺の1478年開創、旧称崗本山聖寿軒、教之一訓、門奈美作守正重54石寄進、長松院との関係を史料批判する。
遠江南部における曹洞宗中間本寺の制度と人的法系
聖寿寺の1648年朱印高12石9斗余と24寺の門末を、寺領・末寺帳・弟子の開創・地域寺院群から検証する。
本尊、御詠歌、一照殿、量光臺仮夢阿弥陀如来の現代的継承
聖寿寺の阿弥陀三尊、観音・阿弥陀霊場、2022年一照殿、良照庵本尊と草崎御堂阿弥陀像の移座を検討する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
創建未詳の寺院を宗派制度・門徒生活・都市形成から研究する
創建年代が公開資料で確定していない西願寺を、真宗大谷派の宗旨、阿弥陀如来信仰、中泉の御殿・陣屋町・駅前市街地、寺院資料の保存から検討します。
発掘地・移築建築・寺院・都市空間を結ぶ歴史地理学的研究
中泉御殿跡、西願寺の裏門と旧主殿伝承、西光寺表門、現在の駅前市街地を結び、失われた御殿が分散文化財として記憶される過程を検討します。
薬医門の形式・移築伝承・文化財指定を証拠の階層から再検討する
西願寺山門として現存する旧中泉御殿裏門について、薬医門の形式、御殿からの移築、年代評価、市指定文化財としての保存を行政資料と現況写真から検討します。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
稱蓮社名誉上人正行西光大和尚・稱名山・浄土宗寺院番号20-147の史料批判
掛塚西光寺の1521年創建、開山名、寺号・山号を宗派資料と現地資料から検証する。
修正会から成道会までの暦と彼岸・施餓鬼の訪問実践を地域宗教史として読む
掛塚西光寺の月別法要と、彼岸・施餓鬼期の戸別訪問・先祖供養・念仏会を検証する。
廻船・天竜川舟運・明治書家成瀬氏伝承を寺院固有史と周辺史に分ける
掛塚湊の港町史と西光寺の山号額、境内景観を、直接関係と地域背景を分けて検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
本陣家墓所、蓮光寺旧仏、巨樹、札所を結ぶ継承空間の研究
西光寺の見付宿本陣神谷家・鈴木家墓所、蓮光寺旧薬師如来、大クス・ナギ・イヌマキ、遠江四十九薬師霊場を文化的景観として検討する。
東福門院寄進伝承、日限地蔵、中泉御殿表門の移築を再検討する
見付西光寺の東福門院寄進伝承、1621年火災、日限地蔵信仰、中泉御殿表門を、王権・将軍権・移築建築・地域信仰の交差として検討する。
開創・改宗説、六字名号、持蓮華、新勅撰和歌集を史料層ごとに読む
磐田市見付の西光寺について、1265年開創と一遍来訪・時宗改宗の寺伝、伝一遍上人六字名号、持蓮華、新勅撰和歌集を史料批判的に検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
誓渡庵から済縁山誓渡院へ―東州真海・綸旨・末寺観蔵寺の制度史
磐田市池田の誓渡院について、1504年の誓渡庵創立、1712年の東州真海による中興、綸旨・色衣、可睡斎末の制度を検証する。
天竜川の船方労働・水難供養・架橋後の記憶をつなぐ寺院内祭祀
誓渡院本堂に祀られると伝わる船玉大明神を、池田渡船の生業、安全祈願、水難供養、架橋後の記憶から検証する。
池田の寺院群、渡船、巡礼移動から読む重層的宗教景観
誓渡院の本尊地蔵菩薩、帝釈天、船玉大明神、新四国八十八ヶ所第5番を、池田の寺院群と巡礼路から分析する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
1160年造立記録、1578年修理銘、寺院成立以前の尊像を読む
磐田市見付の宣光寺に伝わる県指定文化財の木造地蔵菩薩坐像と木造毘沙門天立像を、構造、像容、修理銘、寺伝との差から検証する。
木喰上人作伝承を寸法・構造・銘記・巡錫史から再検証する
磐田市指定文化財の子育如来像・子育地蔵菩薩像について、木喰上人作とする伝承を、行政記録、像高、一木造、銘記、比較作例、巡錫史の観点から検証する。
朱印地、町人・農民信仰、地蔵小路・地脇町から近世寺院経済を読む
宣光寺に延命地蔵堂領として与えられた朱印高16石を、見付宿の町人・農民信仰、地蔵小路、地脇町、本尊11面観音との関係から史料批判的に検討する。
1587年銘、豊田郡、見付の鋳造者、戦没者供養を史料批判する
徳川家康が1587年に宣光寺地蔵菩薩へ寄進した市指定文化財の梵鐘を、鐘銘、郡名、地域鋳造、供養伝承、中泉御殿との関係から検証する。
宿場の祈り、1776年の数学奉納、1873年の仮校舎から地域公共圏を読む
宣光寺を地蔵小路、1776年奉納の和算額、1873年に開校した見付学校の仮校舎という3側面から、見付宿の知識・教育・信仰の公共空間として検証する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
磐田原台地・桶ケ谷沼・旧岩井村資料から寺院周辺を読むための限界
宣正寺の所在地である岩井を、磐田原台地、桶ケ谷沼、旧岩井村、現代向陽地区の資料から分析し、周辺史と寺院史を区別する。
宗派公式・宗教法人名簿・地域資料の非対称性と寺院データベース
磐田市岩井の宣正寺を対象に、現在情報は確定できる一方で沿革が確認できない資料構造を史料批判する。
日蓮正宗静岡西布教区と磐田市岩井を異なる制度地理として読む
宣正寺を宗教法人、日蓮正宗静岡西布教区、磐田市岩井、向陽地区という異なる分類制度から分析する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
無量山・阿弥陀如来・妙心寺派帰属から中泉の禅宗寺院形成を再検討する
磐田市中泉の泉蔵寺について、1504年黙宗開創とする後代記録、無量山、本尊阿弥陀如来、妙心寺派への帰属を史料層ごとに検討する。
菩提寺・墓域・屋敷跡を結ぶ近世行政史と石造物保存
泉蔵寺に残る秋鹿氏歴代の大型五輪塔群を、中泉代官、秋鹿氏邸跡、中泉御殿・陣屋、菩提寺、石造物保存の観点から検討する。
源頼光念持仏伝承、薬師三尊・十二神将、札所・観音堂を層別化する
泉蔵寺の寅薬師について、源頼光念持仏伝承、眼病平癒、薬師三尊と十二神将、遠江四十九薬師第2番、西国三十三新霊場を検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
方広寺開山直後という寺伝を、龍泉寺記事と史料生成過程から再検証する
磐田市川袋の潜龍寺について、1377年在徳和尚開創伝承と、同じ郡誌が在徳を1479年の開創者とする年代矛盾を史料批判する。
郡誌の「掛塚」表記、掛塚輪中の地理、隣接寺院記事を分離して読む
現住所川袋463と郡誌の掛塚表記の不一致、本尊満願虚空蔵菩薩の1921年記録を、地籍・版面・現地資料から再検証する。
創建の連続ではなく、断絶・再編・継承を記述する寺院史
潜龍寺が廃絶後、1596年に金叔和尚によって中興されたとする郡誌記載を、寺地・法系・本尊・地域社会の継承という観点から検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
1371年・1373年異説、旭光房・岌誉照山廊道上人、善導大師像から成立過程を再考する
磐田市見付の善導寺について、応安年間の開創年と開山名の異説、寺号・院号、善導大師・法然上人・弥陀3尊像を史料批判的に検討する。
中泉停車場、駅前開発、見付東大久保を結ぶ分有型寺院景観の研究
旧境内に残る県指定天然記念物「善導寺の大樟」と見付へ移転した現寺院を、計測差、所有、都市形成、記憶継承の観点から分析する。
1689年宗春・輝信筆の寺宝、十夜・御忌・吉水流詠唱から地域的実践を読む
善導寺の1689年大涅槃絵軸、弥陀3尊・祖師像、修正会・御忌会・施餓鬼会・十夜法要、吉水流詠唱を物質文化と共同体継承から検討する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
西島村の檀那寺が担った身分登録、廃寺継承、街道伝承、近代教育
西島村宗門改帳の全海寺檀那記載、全久寺との廃寺争論、下馬地蔵の徳川家光伝承、1879年の小学校出張所を通じて全海寺の社会機能を分析する。
天龍院末・真超開山・1656年法地化をめぐる寺院制度史
磐田市西島の広福山全海寺について、1542年草創、天龍院2世真超開山、1656年連鯨による法地化を検討し、磐田郡誌の「金海寺」表記と現行名の関係を分析する。
郷帳・道中記録・旗本菅谷氏知行からみる寺院経済と交通景観
全海寺の朱印寺領3石2斗・3石5斗という記録差を検討し、正保郷帳の西島村、旧東海道、須賀神社、旗本菅谷氏陣屋との空間関係を分析する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
本尊と2つの巡礼網、境内堂宇から御厨の複合的信仰空間を読む
虚空蔵菩薩を本尊とする全久院が、遠江49薬師第45番、磐田郡33観音第25番、役行者堂を併せ持つ意味を検証する。
法相宗・真言宗・松秀寺法系・寺領2石を史料階層から再検討する
磐田市鎌田の全久院について、672年頃とする草創伝承、延長年間の真言宗期、1558年の曹洞宗改宗、寺領2石を分けて検証する。
1625年開創・1670年頃から明治初年・1854年地震・1861年火災・1868年再建
鎌田の全久院で続いた寺子屋教育を、開創年代、僧侶による継承、安政東海地震、火災、明治初年の制度転換から検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
1412年説・1468年説・1564年移建説を史料批判から再構成する
磐田市匂坂中の曹洞宗増参寺について、磐田寺、増参庵・蔵参庵、匂坂氏、1564年の移建・改称を複数史料の差異から検証する。
廃寺後の本末関係、転読供養、初嫁の名披露から地域共同体を読む
磐田市指定無形民俗文化財「大めし祭り」を、旧東光寺の本寺である増参寺の読経、神仏習合、直会、初嫁の名披露、映像記録から検証する。
移植された植物、再解釈された石、参道軸から文化的記憶を読む
磐田市匂坂中の増参寺について、社山城・匂坂城から移されたと伝わるソテツ、力石、六地蔵覆堂、本堂、参道を文化的景観として検証する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
全久院門流における開創・建替・中興を分離して読む
五十子の蔵本寺について、1597年潤室文歳開創、1708年第3世林教の堂宇建替・中興、全久院末という郡誌記載を再検証する。
1325年頃の伊加子荒野から1722年村況文書までを分離して読む
蔵本寺の旧所在地字東本田と1722年の寺領高反別記録を、五十子村・伊加子荒野の地域史、地籍、村落経済から検討する。
本尊・地蔵堂・石灯籠・石碑を異なる物質資料として読む
1921年郡誌が記す蔵本寺本尊地蔵菩薩と、現地で確認した地蔵堂・石灯籠・石碑を分離し、像・堂・銘文・儀礼の検証方法を示す。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
黙宗・覚仙・妙心寺派の地域展開を史料批判する
磐田市中野の多聞寺について、1553年の黙宗による分派開山、覚仙住職、見付見性寺末という郡誌記録を、妙心寺派の寺院制度と照合する。
1601年伊奈忠次寄進、八幡社領、正保郷帳、安政地震から村落寺院の基盤を読む
1601年に伊奈忠次が多聞寺へ寄進した寺領1石余を、中野村の村高・八幡社領・徳川支配・1833年再建・1854年震災から検証する。
寺号・多聞天・伝聖徳太子作・伝弘法大師作地蔵尊を分けて読む
多聞寺の本尊毘沙門天と寺号の関係、聖徳太子作という伝承、境内地蔵尊の弘法大師作伝承を、図像・物質・記録の証拠段階から検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
1537年の軍事史、1698年絵図、1985年度発掘調査を接続する
磐田市見付の大見寺境内に重なる見付端城を、同時代文書、1698年絵図、発掘調査、現存土塁から再検討し、城跡の寺院化を論じる。
飛行伝承、過去帳、墓、住居跡、想像模型の証拠階層
大見寺に残る浮田幸吉の墓と過去帳伝承を、岡山側の飛行史料、見付の住居跡、境内模型と照合し、技術史と地域記憶の関係を考察する。
門跡・配流・弟子僧・分骨・1828年移転から追善のネットワークを読む
大見寺の良純法親王供養塔を、浄土宗史、甲斐配流資料、1921年郡誌、徳翁院との本末関係から検証し、石塔移転の意味を考察する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
考古資料・2本堂・石段・都市計画整備を時間層として読む
磐田市中泉の大乗院三仭坊について、庚申塚古墳とされる地形、2本堂、石段・石垣、2005年度以降の境内整備を検証し、異なる年代が重なる文化的景観として考察する。
護摩・火渡り・読経会・おてら市から現代寺院の社会的役割を考える
磐田市中泉の大乗院三仭坊について、年中行事、護摩、火渡り、供養会、読経会、おてら市を検証し、現代寺院が形成する地域公共圏を考察する。
2寺1境内・当山派修験・中泉御殿・近代再興を分けて読む
大乗院と小笠寺が1境内へ統合された過程を、寺伝、修験道制度、中泉御殿、近代宗教政策、現行法人情報から再構成する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
円光寺・臥竜山大淵寺から久松山大円寺へ至る寺院層序
加茂大圓寺の726年起源、942年再建と臥竜山大淵寺、賀茂神社近接の旧跡、1638年の久松山大円寺改称を史料批判する。
平野重定墓、用水祭、十王像群、施餓鬼から水利共同体を読む
大圓寺を平野重定の菩提寺、寺谷用水祭の場、加茂大念仏奉納地、十王像群所有者として分析し、水利と死者供養の構造を検討する。
小田原攻め前夜の禁制・軍勢規制・寺院保護を読む
磐田市指定文化財の大圓寺所蔵豊臣秀吉朱印状を、小田原攻め前の禁制、軍勢規制、伝来、寺谷用水工事との年代関係から検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
徳川家康祈願伝承・本多忠勝顕彰・地名由来を分層する
智恩齋の一言観音をめぐる1572年合戦、家康祈願、本多忠勝、地名由来の伝承形成を検討する。
三倉栄泉寺の法系から一言の曹洞宗寺院形成を再構成する
磐田市一言の智恩齋について、宗澤、栄泉寺末、法地格、1760年山号変更を史料批判により検討する。
本尊・一言観音・山号・地名が交差する境内信仰の研究
智恩齋の本尊虚空蔵菩薩、一言観音、一言山への改称を区別し、複合的な地域信仰を検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
不掲載を創建年代へ直結させない負の証拠の史料批判
磐田市白羽の智教院について、1921年『静岡県磐田郡誌』に現行寺号が見えない事実を、異名・結社・移転・法人化の可能性から検証する。
天竜川河口、遠州灘、港湾生活圏から寺院立地を検証する
智教院の所在地を白羽・掛塚湊・天竜川河口の歴史空間へ位置づけ、港湾・生業・洪水・伝承との関係を証拠別に検討する。
現行所属、歴史的法系、地域寺院ネットワークを区別する比較研究
磐田市内の日蓮宗5寺を共通項目で比較し、智教院の現行所属と未確認の法系・本尊・創建史を区別する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
本尊、代官家の祈願伝承、境内造像、現代禅実践の重層構造
中泉寺の本尊虚空蔵菩薩、中野七蔵と子安地蔵の伝承、境内観音像、坐禅会情報を、信仰対象・檀越・現代実践の観点から検討する。
平岡彦兵衛良政・岡崎兼三郎春秋の在任、死去、墓碑を検証する
中泉寺に伝わる平岡彦兵衛良政・岡崎兼三郎春秋の墓を、中泉代官所の制度、在任年代、墓碑史料、地域文化財計画から検討する。
1562年創建、梅翁和尚、1587年御殿築造の年代差を再構成する
中泉寺の1562年創建説と、徳川家康による堂宇寄進・葵紋・寺号下賜、中泉御殿築造を年代別の事件へ分解して検討する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
福田中島における寿正寺門流の成立過程を史料批判する
磐田市福田中島の長泉寺について、海雲建立、盛舜開祖、寿正寺末という1921年郡誌記載を人物・建築・本末関係に分けて検証する。
中嶋新開田の地域史から福田中島445の空間的連続を検証する
長泉寺の旧所在地「福島村中島字北浦」と現在の福田中島445を、地籍・村落史・現況景観から検証し、中世の中嶋新開田記録との距離を測る。
本尊・秘仏・開帳・御詠歌を証拠種別ごとに再検討する
1921年郡誌が記す長泉寺本尊薬師如来と、遠江四十九薬師番外札所という現行二次情報を分離し、像・儀礼・巡礼の確認手順を示す。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
仿僧川流域の蓮華寺・松長院・第7番札所を村落空間から復元する
前野村の定光寺を中心に、仿僧川右岸の村落環境、寺社領、旧末寺の蓮華寺と松長院、旧尊像の継承、磐田郡33観音霊場第7番という地域宗教ネットワークを検討する。
1598年改宗、1648年寺領朱印、1697年移転を制度史として再検討する
磐田市前野の八王山定光寺について、真言宗寺院という前史、可睡斎18世による1598年中興、徳川家光の1648年朱印、1697年移転を史料階層に沿って検討する。
旧蓮華寺本尊、2005年市指定、2023年から2026年の市民参加型修復
定光寺所蔵の木造千手観音菩薩立像について、平安末から鎌倉初期という年代評価、旧蓮華寺からの伝来、損傷、クラウドファンディング、2026年修復完了を検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
二俣城主松井氏・一貞和尚・永源寺法系から読む戦国期曹洞宗寺院
磐田市上野部の天龍院について、1528年創立、松井信薫・宗信、一貞和尚、永源寺法系、2世貞超の門流展開を検証する。
上野部を核とする曹洞宗法系・土地制度・巡礼・梅花講の重層ネットワーク
天龍院の1603年朱印高9石、末寺4宇、磐田郡三十三観音第15番、梅花講を異なる寺院ネットワークとして分析する。
桶狭間の戦死・首級埋葬伝承・市指定史跡を分けて読む記憶史
天龍院境内の松井氏首塚と供養塔について、松井宗信の桶狭間戦死、首級埋葬伝承、近世地誌、石造物、市指定史跡を検証する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
村落・寺領・古墳群・境内祠を時間層として読む
東昌寺の旧地字中原、東貝塚村、寺領2石、御厨古墳群、現在境内を区別し、御厨地区の文化的景観として検討する。
郡誌本尊・霊場石碑・巡礼ネットワークを史料批判する
東昌寺本尊薬師如来という郡誌記載と、遠江49薬師第47番という霊場情報を分け、現地石碑と巡礼史を検討する。
正保郷帳から旧高旧領取調帳まで近世寺院制度を読む
東貝塚の東昌寺について、寺領2石、福王寺末、法地格という記録を分け、創建年不詳の寺院史を検証する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
境内写真、年中行事、元門車保存会から複合的宗教空間を読む
徳翁院の観音堂、稲荷社、手水鉢、石仏群、周辺の元門車保存会倉庫を、宗派資料と磐田市文化財資料から読み、見付の生活圏における複合境内の意味を検討する。
「救世観世音」「慈覚大師作」「宮御方御念持仏」を分解して読む
徳翁院本尊の十一面観音菩薩立像について、宗派資料と『静岡県磐田郡誌』の名称差、慈覚大師作・宮御方念持仏という伝承、観音まつりを検証する。
1681年分派創建説と1828年供養塔移転を史料批判する
磐田市見付の徳翁院について、1921年刊『静岡県磐田郡誌』、浄土宗公式資料、良純法親王関係資料を照合し、創建年、本末関係、供養塔移転の証拠水準を検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
繁德・大鯨・井川龍泉院を結ぶ宗派転換と法地格の形成
磐田市森本の慈現山福王寺について、1555〜1558年の臨済宗開創、1593年の大鯨による曹洞宗化、井川龍泉院末・法地格を検討する。
1601年・正保郷帳・1648年の寺領記録を統合せず比較する
森本福王寺について、1601年黒印高3石、正保郷帳の3石、1648年朱印高27石2斗と諸役免除の関係を史料批判する。
養福寺・自清庵・幸勝院、押切から森本への村名変遷を空間化する
井川龍泉院から森本福王寺、下本郷養福寺・上本郷自清庵・赤池幸勝院へ伸びる歴史的本末網を、村落空間と観音信仰から検討する。
TEMPLE RESEARCH
見付地区
風祭山・天翁義一・今川範国墓所・徳川家康寺領寄進を史料層として読む
城之崎福王寺の真言宗前身、984年晴明祈祷伝承、1444年曹洞宗再興、今川範国墓所、1603年寺領寄進を史料批判により検討する。
複数霊場と曹洞宗実践が形成する城之崎寺院の公共性
遠州三十三観音第18番、複数霊場、認可参禅道場、風祭りを対象に、福王寺の巡礼・坐禅・災害記憶と地域公共性を検討する。
寺院が担う彫刻文化財と境内生態系の統合的保存
城之崎福王寺の平安時代聖観音菩薩立像、市指定ケヤキ、アキザキヤツシロラン群生地を、宗教実践・彫刻保存・生態系管理の接点から検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
聖寿寺5世恵才の法系から袖浦の曹洞宗展開を再検証する
西平松福生寺の1582年一宇新築・宣存開山伝承を、聖寿寺5世恵才の法系と史料生成過程から検討する。
分村・寺地・農村景観・本尊を異なる証拠層で読む
福生寺を西平松村の形成史と現在の農村景観に位置付け、1921年の虚空蔵菩薩記録を現況から分離して検証する。
寺名表記・本寺・村名・法系による史料レコード照合
西平松の福生寺と、平松周辺史料にみえる福正寺の同一性を未確定のまま検証する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
1642年開創・栗野林太夫・1752年焼失再建を大藤村形成史から検証する
磐田市大久保の保福寺について、新豊院5世音察による1642年開創、栗野林太夫と大藤村開拓、1752年焼失後の再建・改称を、異なる史料層として検討する。
曹洞宗本尊・六地蔵・英霊之碑を異なる史料層として読む
保福寺の本尊釈迦如来、六地蔵、地蔵堂、英霊之碑等を、宗派教義、造像史、葬送、近代戦没者慰霊の異なる層として検討する。
多品種サクラ・境内植栽・参拝観光を長期記録から考える
保福寺の椿寒桜、河津桜、修善寺寒桜、おかめ桜、梅・つつじ・あじさい・モミジ等を、植物台帳、開花観測、寺院景観、参拝受入れから検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
1634年開創・新豊院法系・法地昇格を段階的寺院形成として再検討する
法雲寺の1634年開創、観天是音、新豊院末、法雲庵から法雲寺への改称と法地昇格を、郡誌・霊場縁起・現地資料から検証する。
本尊変遷・遠州三十三観音第29番・御詠歌を史料層ごとに読む
郡誌の本尊阿弥陀如来と現在資料の聖観世音菩薩という不一致を起点に、遠州三十三観音第29番札所の信仰構造を検証する。
戦後の青少年教化から「地域に開かれた寺」への展開を検証する
法雲寺の日曜学校・子供会、正力松太郎賞、坐禅堂養心閣、約400株のあじさいを、戦後の公共的寺院活動と文化景観から考察する。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
上野部・下野部・合代島・敷地を結ぶ分派開創と授戒
一雲斎末の法音庵と東林庵、1480年授戒会を比較し、旧野部村域の曹洞宗教線を村落ネットワークとして再構成する。
如仲天誾・真巌道空・一雲斎を結ぶ晩年の地域展開
法音庵の文明4年開創を、川僧慧済の法系、總持寺経験、一雲斎帰還、1475年示寂から検討する。
開創550年を支える礼拝対象・先祖供養・参加型実践の重層
法音庵の本尊十一面観音、六地蔵尊祈願祭、位牌堂、ご詠歌、写経・写仏、2002年伽藍更新を信仰実践の層として検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
気子島の中世仏教活動と近世村落形成を直結させず読む
気子島住僧周勢の1493年写経、徳川家7カ条定書、豊田院1596年開創記事を、独立する3史料系列として検証する。
万年山・地蔵本尊・鳥居を別々の証拠層として読む
豊田院境内の「蔵六庵」扁額、堂宇、鳥居、小祠を再判読し、郡誌の万年山・地蔵本尊と現況を分離する。
本寺の1600年曹洞宗開山に先行する齢嫩記事の史料批判
気子島豊田院の1596年開創が、本寺正医寺の1600年曹洞宗開山寺伝より早い問題を、齢嫩・法系・周辺末寺から検証する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
梅原村字中向・高町・国府台を結び、本徳寺末と一言の本性寺跡を識別する
国府台本性寺の1626年日遷開創、本徳寺末、十界諸尊、梅原村から高町・国府台への所在地表記変化、一言の別寺院跡を検討する。
梅原村・高町・国府台の都市化の中で寺院公共性を考える
本性寺の寺子屋掲示、法要・墓参、慰霊、国府台・中泉の地域史を、現況確認・安全・個人情報・商業誘導抑制の観点から検討する。
日蓮宗本尊、鎮守社、忠霊殿、題目石柱を物質文化として読む
本性寺の十界諸尊、七面堂、僧形像、鎮守社、忠霊殿、題目石柱、ソテツを、信仰・慰霊・景観・保存の接点から検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
台地東縁、太田川低地、地番履歴から読む寺院立地史
本妙院の所在地を岩井村、磐田原台地東縁、太田川中流低地の歴史地理へ位置づけ、寺地・道路・墓地・集落の変化を検証する。
包括関係、宗旨、法人格を分けて読む宗教法人研究
磐田市岩井の本妙院について、県名簿の「単立」を教義名と誤認せず、包括関係・宗旨・法人格・旧所属の確認方法を検討する。
磐田市岩井の単立寺院と全国の同名寺院を分離する
磐田市岩井の本妙院について、東京都大田区等の同名寺院を排除し、寺号・住所・法人分類・写真・出典による複合同定法を提示する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
本堂・1803年経蔵・1826年水屋と早瀬利三郎彫刻の時間層
磐田市中泉の満徳寺について、「中泉富士」と呼ばれた本堂、1803年の経蔵、1826年の水屋、早瀬利三郎の彫刻を、建物年代と後世の装飾を分けて検証する。
1854年地震救済・恵済倉・墓所記憶から地域行政を再構成する
満徳寺にあると伝わる中泉代官林鶴梁の義母墓を起点に、1854年地震後の救済、恵済倉、代官所と寺院の関係を史料批判的に考察する。
江戸期の知識基盤・出版流通・花卉表現を統合して読む
満徳寺の1803年経蔵に収められたと伝わる黄檗版一切経と、百合・水仙などを描く81面の天井画を、典籍史、流通史、建築装飾史から検証する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
『静岡県磐田郡誌』・現地標識・宗派資料による掛塚819番地の寺院同定
掛塚819番地の浄土真宗本願寺派亀甲山満福寺について、1576年開基伝承と寺号・山号・寺地の成立を史料批判する。
同音2寺を住所・字名・宗派・由緒で識別する歴史情報学
掛塚819の満福寺と799番地の1の萬福寺を厳密に区別し、江戸期の「万福寺領3石」の帰属を未確定とする根拠を示す。
湊町・町組・西本願寺門末を結ぶ証拠と未確認領域
掛塚湊の旧字新町に所在した満福寺について、港湾史、町組、門徒圏、境内空間の関係を史料の確度に即して考察する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
永運結社・福田教会・眞要坊移転を通じて近代寺院形成を再構成する
妙福寺の1888年説教庵、永運結社、福田教会、1936年眞要坊移転、2014年再建・善徳山改称を制度史として検討する。
1909年六社神社絵馬との同定差から奉納・移管・公開を検証する
妙福寺現地説明板が記す1894年鰹釣船絵馬と、六社神社の1909年市指定鰹釣船絵馬を区別し、福田の漁業・海上信仰・資料移管を検討する。
福田の漁業・織物社会における勧請・移座・年中儀礼を検証する
妙福寺における清正公大神、七面大明神、鬼子母尊神、三面大黒天と御命講・御会式を、福田の生業との関係から検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
河川交通村における寺院経済と地域宗教拠点の再構成
池田妙法寺を池田宿・天竜川渡船・正保郷帳の寺領3石から検討し、渡船方と地方を横断する村落寺院という仮説を提示する。
桐林・惠策・可睡斎末をめぐる中絶と中興の史料批判
磐田市池田の瑞雲山妙法寺について、1412年草創、日蓮宗草創伝承、5世後の中絶、1602年の惠策中興と曹洞宗化を検討する。
第7番・第10番・第14番を分離して読む複合巡礼ネットワーク
池田妙法寺の本尊薬師如来、遠江四十九薬師第7番、磐田郡三十三観音第10番、新四国第14番を異なる巡礼体系として検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊岡地区
上野部村へ伸びた法華教線と複数宗派村落の形成
浜松の妙恩寺と磐田市上野部の妙満寺を結ぶ歴史的本末関係を、天竜川の河道、渡河、村落寺院分布、市内日蓮宗5寺から再検討する。
妙恩寺第13世日閑と成立しない元号をどう校訂するか
磐田市上野部の妙満寺について、『静岡県磐田郡誌』の「宝永17年」と日閑草創説を分離し、元号校訂と寺院成立過程を検討する。
2026年現地写真から読む上野部の日蓮宗実践
妙満寺の七面堂、祈祷・水子供養案内、堂宇、石碑を現地写真から記録し、歴史由緒と現在の宗教実践を混同せず検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
豊岡の地名変遷・集落寺院配置・掛塚湊後背地を再構成する
雄照寺を旧西堀村の寺院として位置づけ、「村民と謀りて」という創立記録、豊岡の曹洞宗寺院群、掛塚湊後背地との関係を検討する。
「村民と謀りて堂宇を創立す」を本末制度と地域協働から読む
磐田市豊岡の雄照寺について、1645年の全唐・村民による創立伝承、守増寺末という本末関係、20世紀以後の寺名継続を史料批判する。
1921年資料・仏教史上の一般論・現在の確認状況を3層に分ける
雄照寺の本尊地蔵菩薩と山号神宮山について、1921年郡誌の記録、一般的な地蔵信仰、現在未確認の事項を分離して検討する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
寺領1石・皇益蜜山・福王寺末から再構成する下本郷寺院成立史
磐田市下本郷の龍祥山養福寺について、1599年の庵室、正保年間の寺領1石、1724年の正式開山を資料種別ごとに検証する。
阿弥陀信仰、1854年災害記憶、戦没者供養、現代活動の重層構造
磐田市下本郷の養福寺について、1854年の伏見稲荷勧請、3月祭礼、戦没者供養、坐禅会等の重層的な地域実践を分析する。
1804年・1816年・1854年の災害から読む寺院再建と街道社会
養福寺が経験した2度の火災と安政東海地震、東海道での1000日募財、稲荷勧請を地域防災史として検証する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
福田湊・大木・防災倉庫から読む寺院と自治組織
竜雲寺額の雁代という地域名、豊浜沿岸の水運史、境内の大木と雁代防災会備蓄倉庫を分析し、寺院と自治組織の関係を検討する。
松秀寺3世閏室文歳と曹洞宗本末関係の史料批判
磐田市豊浜の福寿山竜雲寺について、1578年7月6日、松秀寺3世閏室文歳開創の郡誌記録を検証し、本末・法系調査の手順を示す。
雁代の境内に重なる火防・供養・地域信仰の物質文化
竜雲寺の本尊観世音菩薩伝承、火防の神秋葉山小祠、石仏群、大木根元の石碑を証拠層ごとに分析し、非破壊調査方法を提示する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
本堂倒壊・再建・釈迦牟尼如来をめぐる災害史と建築史
磐田市白羽の龍泉寺について、1854年地震による本堂倒壊と再建の記録を検証し、現存建築・本尊・地域防災へつなぐ調査方法を示す。
郡誌・宗派資料・地域寺院ネットワークから再検討する開創伝承
磐田市白羽の祥雲山龍泉寺について、1624年草創と心叟禅師の記録を資料批判し、十郎島宝珠院との関係を仮説として検討する。
除地高1石9斗6升・河道変化・対岸檀家をめぐる歴史地理学的検討
磐田市白羽の龍泉寺について、芋瀬からの移転説、除地高、天竜川の河道変化、対岸檀家の記録を比較し、複数仮説として再構成する。
TEMPLE RESEARCH
福田地区
村人共同建立伝承を人物・土地・編纂過程から再検討する
磐田市大原の潮音山龍法院について、1593年に村人が相はかって建立したという郡誌記事と、未解読語「文甫作公」を史料批判する。
全久院第4世・金泉寺1628年記事を用いた郡誌内部批判
龍法院の1706年中興と全久院第4世昌室文久を、同僧に関する1628年金泉寺開山記事との78年差から再検証する。
祈願・震災復旧・近代教育が重なる村寺空間の検証
龍法院の延命地蔵伝承、1856年地蔵堂再建入用払物帳、1873年大原分校開設を比較し、寺院境内の重層的利用を検証する。
TEMPLE RESEARCH
豊田地区
天竜川左岸の村落形成と寺院法系を分層して読む
林昌寺を小立野村の開墾伝承、天竜川、東海道、池田の渡し、窓泉寺法系、薬師巡礼から検討する。
真言宗寺院から窓泉寺末の曹洞宗寺院への再編を検討する
磐田市小立野の林昌寺について、真言宗から曹洞宗への改宗、窓泉寺末、1650年法地格を史料批判する。
安土桃山時代の市指定文化財から宗派転換と信仰継承を読む
林昌寺の木造薬師三尊仏を、制作年代、保存状態、元真言宗史、本尊釈迦牟尼仏、薬師霊場から検討する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
西浦山・福王寺末・地蔵菩薩・西貝塚の「浦」を史料層から読む
西貝塚の林宝院について、1519年嶺宗開創、隣浦庵から院号への展開、福王寺末寺網、本尊地蔵菩薩を検証する。
幕府成立期の寺院文書・除地・見付宿助郷から西貝塚村を再構成する
林宝院文書の1604年伊奈忠次手形、松平親茂添状、除地3石を史料批判し、近世西貝塚村の寺院経済を検討する。
縄文後期の西貝塚遺跡・寺院教室・現代境内を時間層として読む
林宝院を教室として1889年に始まった西貝尋常小学校と、境内に重なる西貝塚遺跡を地域公共空間の変遷から検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
寺院空間から竜洋北小学校へ至る地域公共性を検証する
蓮覚寺本堂で1873年に開かれたと伝わる西之島学校中島分校を、学制、建築利用、就学、地域公共性、現在の学校から検討する。
宮本旧地・寺号異表記・真言宗から曹洞宗への転換を検証する
竜洋中島の蓮覚寺について、1175年平重盛創建、遠州三連寺、宮本旧地、蓮・連の表記、宗派転換を史料批判する。
薬医門を1854年倒壊、1877年移設、1944年傾斜から読む
市指定文化財の蓮覚寺山門を、1842年建造、掛塚大工、1854年地震、1877年移設、1944年地震、文化財指定から分析する。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
国指定史跡、失われた古墳、寺院保管文化財を一体で研究する
連城寺裏山の稲荷山・秋葉山古墳、1886年に失われた経塚古墳、県指定三角縁四神四獣鏡の保存・研究・公開を検討する。
平重盛・遠州三連寺・大草太郎左衛門政信を段階的寺院形成として読む
連城寺の平重盛創建、天台宗前身、遠州三連寺、大草政信による1644年曹洞宗再興を、伝承・確認事実・仮説に分けて検討する。
年中行事と追悼施設から近現代寺院の公共性を考える
連城寺の涅槃会、彼岸会、大施食会、大草家供養、永代供養塔を、年中行事・地域記憶・墓地管理の接点として検討する。
TEMPLE RESEARCH
中泉地区
807年弘福密寺説、1156年伽藍建立説、臨済宗妙心寺派への転換を史料批判する
磐田市二之宮の連福寺について、弘法大師開創と平重盛建立の伝承、3連寺の地域的構成、現在の臨済宗妙心寺派への帰属を、確認済み事実と未確認事項に分けて検討する。
国分寺から十輪寺、1881年の連福寺安置へ至る文化財の物質的伝記
連福寺所蔵の市指定木造閻魔大王坐像について、制作年代、像高、10王信仰、国分寺・十輪寺・連福寺間の移動伝承、保存と公開の課題を検討する。
失われた前方後円墳、1965年の発見、同笵鏡から読む二之宮の古代景観
連福寺古墳出土三角縁神獣鏡について、墳丘の消滅、1965年の発見、鏡径22.5センチメートル、3神5獣の文様、同笵鏡、二之宮周辺の古代景観を検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
港湾経済史を死者祭祀と地域記憶へ接続するための基礎研究
掛塚湊の材木流通、廻船、商家、貴船神社祭礼の史料を整理し、國清寺を港町の宗教アーカイブとして検証する。
直接開山・勧請開山・寺名継承を史料批判する
磐田市掛塚の國清寺について、1615年頃の創建、普光観智国師、増上寺12世源誉存応との関係、寺名表記、掛塚の西光寺との区別を検証する。
現役浄土宗寺院の物質文化と葬送実践
國清寺の阿弥陀如来坐像、御忌会・十夜会等の年中行事、墓地、地蔵、鎮守稲荷、現代葬送を物質文化研究として整理する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
七堂伽藍・六所神社・如海を異なる史料層から再検討する
草崎の瑞応山壽正寺について、平重盛建立と七堂伽藍の寺伝、六所神社の寺領300石伝承、1482年の如海再興を史料批判により検討する。
聖寿寺末・仿僧川流域・村落寺院群の形成を比較する
草崎の壽正寺、光嚴寺、萬然寺、徳源庵、良照庵を、聖寿寺末寺網、成立年代、旧字、村落機能、現在景観から比較研究する。
1649年朱印状・元禄高帳・僧録司記録から近世寺院経済を読む
草崎壽正寺の1649年朱印状と観音堂領8石2斗余を、土地・年貢・本末制度・村高・宗教実践の複合資料として検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
洪水・掛塚経済圏・小規模集落における寺院継承
十郎島の1591年村高、輪中・旧河道、掛塚湊、現在人口、防災を整理し、寶珠院を人・土地・水・記憶の継承システムとして分析する。
心叟の法系と方広寺派末寺ネットワークを再検討する
磐田市十郎島の寶珠院について、1596年心叟開山、1600年分派、方広寺派所属、同名寺院を史料批判する。
東アジアの高王観世音経受容から十郎島の観音を位置付ける
郡誌が寶珠院本尊と記す高王観世音菩薩を、高王観世音経のテキスト史、像調査、山号・寺号、地域願意から検討する。
TEMPLE RESEARCH
向陽地区
匂坂善兵衛重武、高木氏知行、武家菩提・屋敷内寺の構造を再検討する
『遠淡海地誌』の「匂坂家ノ内寺」と郡誌の開基匂坂善兵衛重武を軸に、眞如寺と匂坂氏・高木氏支配の関係を検討する。
1472年草創、1667年開山請来、1704年改称を段階的寺院形成として読む
匂坂上の眞如寺について、1472年道休庵、1667年盤珪国師請来、真如庵、1704年大雄山眞如寺・妙心寺直末への変化を検討する。
1667年の請来、不生禅、妙心寺法系、勧請開山の記憶を検証する
眞如寺が1667年に盤珪国師を請じて開山とした郡誌記載を、盤珪永琢の生涯、不生禅、勧請開山、妙心寺直末化から検討する。
TEMPLE RESEARCH
南部地区
天竜川・排水・5寺院・境内石造物を地域史として読む
萬然寺の旧地字中雨垂、草崎の5寺院、天竜川低地と排水史、現存境内を結び、文化的景観として検討する。
知伝・村民・聖寿寺法系から段階的成立を検証する
磐田市草崎の萬然寺について、元亀年間の薬師堂、1613年の知伝と村民による1寺化、聖寿寺末という由緒を史料批判する。
前身薬師堂から現代境内までの複層信仰を検証する
郡誌が本尊とする薬師如来、元亀期薬師堂伝承、現存する地蔵群・石造像を分け、萬然寺の礼拝空間を検討する。
TEMPLE RESEARCH
竜洋地区
『静岡県磐田郡誌』の東本願寺末記載を時代差から再検討する
掛塚799番地の1の真宗大谷派萬福寺について、1527年融円開創伝承と1921年の東本願寺末記載を分離して検証する。
横町・新町、東西本願寺系、江戸期「万福寺領3石」の帰属問題
掛塚の同音2寺院を5軸で識別し、江戸期資料の万福寺領3石をどちらかへ安易に帰属させない方法を示す。
河川舟運・廻船・町組の地域史から寺院公共性を検証する
掛塚横町の萬福寺を湊町の地域史に位置付け、廻船・材木・町組との関係を証拠なしに断定しない調査設計を示す。
TEMPLE RESEARCH
御厨地区
薬師巡礼・近代教育・学童疎開・慰霊から寺院の社会的役割を読む
医王寺の札所信仰、年中行事、坊中学校、学童疎開、戦没者慰霊を通じ、寺院が御厨地域で担ってきた公共的機能を検討する。
作者伝承・空間構成・震災修復・維持管理から読む
磐田市指定記念物である医王寺庭園及び参道を、客殿、石組、植栽、山門、災害復旧、日常管理の関係から分析する。
開創伝承・戦国期禁制・徳川政権・近代再編を分けて読む
磐田市鎌田の医王寺について、開創伝承、医王寺文書、徳川家との関係、明治期の寺院再編を史料の性格ごとに検討する。
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