ATAWI TEMPLE 地域寺院研究紀要
連城寺と御厨古墳群・経塚古墳出土鏡
国指定史跡、失われた古墳、寺院保管文化財を一体で研究する
1 富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
要旨
本稿は、連城寺裏山に所在する国指定史跡御厨古墳群の稲荷山古墳・秋葉山古墳、1886年の東海道線工事で失われたと伝わる経塚古墳、同古墳出土として連城寺が保管する静岡県指定有形文化財の三角縁四神四獣鏡を、寺院・史跡・考古資料・近代鉄道建設の交差として検討する。文化庁は稲荷山古墳を墳長48メートルの前方後円墳、秋葉山古墳を直径54メートルの円墳とし、御厨古墳群を古墳時代前期中心の首長墓群として評価する。一方、寺院公式は経塚古墳を約90メートルの前方後円墳とし、出土鏡を直径22センチメートル・重量1053グラムの「三角縁唐草文帯四神四獣鏡」と紹介するが、市指定台帳の名称は「三角縁四神四獣鏡」であり、名称差を保存した上で指定原簿・調査報告書へ遡る必要がある。本稿は古墳と1179年寺伝の間に約8世紀以上の隔たりがあるため、宗教空間の連続利用を証拠なしに主張しない。墳丘測量、発掘記録、鉄道工事文書、鏡の出土状況・保存履歴、寺院の保管環境を統合し、失われた古墳を出土品だけから過剰復元せず、現存史跡と寺院活動を両立させる保存モデルを提示する。
キーワード:連城寺/御厨古墳群/稲荷山古墳/秋葉山古墳/経塚古墳/三角縁四神四獣鏡/考古資料
1 問題設定―寺院と古墳の時間差
連城寺裏山の稲荷山・秋葉山古墳は古墳時代前期を中心とする史跡であり、連城寺の1179年創建伝承より約8世紀以上古い。現在同じ場所にあることから祭祀が連続したと即断せず、古墳築造、後世利用、寺院成立を別時期に扱う。
文化庁・磐田市の指定資料は史跡名称、構成古墳、規模、指定日を確認する基礎となる。寺院公式は地域伝承・出土品保管を補う。資料の目的を分け、公的指定説明も全発掘成果の代替とはしない。
対象は稲荷山48メートル前方後円墳、秋葉山54メートル円墳、消滅した経塚古墳、県指定鏡である。松林山・高根山・御厨堂山を含む群全体と個別古墳を混同せず、名称・位置・指定範囲を地図化する。
古墳上・周辺には墓地・寺院施設があるため、研究・保存は現用宗教空間を尊重する。立入、測量、撮影、樹木管理、発掘は寺院・土地所有者・文化財行政の許可を得る。参拝者・墓碑のプライバシーを守る。
経塚古墳は1886年鉄道工事で消滅したと伝わり、現地形から規模を直接測れない。古写真、工事図、出土記録、地籍、線路位置、新聞を集め、後世の概数と同時代観察を区別する。
本稿は確認事項、寺院説明、研究仮説を分ける。古墳指定と鏡指定は公的確認、経塚古墳規模・築造時期の詳細は報告書検証を要する。寺院と古墳の意味的連続は未確認仮説とする。
資料は空間単位と時間単位の双方で整理する。空間単位は国指定史跡範囲、各墳丘、寺院境内、墓地、鉄道用地、鏡の保管・展示場所であり、境界を推測で重ねない。時間単位は古墳築造、後世の墳丘利用、1886年の鉄道工事、1958年の鏡指定、2001年の史跡指定、現在の保存管理である。各記録に作成年、観察対象、測量方法、縮尺、引用関係を付し、現在の地図へ旧図を重ねる際は座標変換誤差を示す。寺院名を冠した資料であっても、出土地・所有者・保管者が同一とは限らないため、これらを別項目にする。この基礎整理によって、寺院史の年表へ考古資料を無理に連続させることを避けられる。
また、史跡指定の5基と寺院周辺で語られる3古墳を数の一致だけで対応させない。指定説明の構成表、位置図、告示範囲を基準に個体IDを付し、別称・旧称・小字名を同義語欄へ保存する。研究史上の名称変更を削除すると、古い報告を検索できなくなるためである。現地看板、寺院サイト、行政台帳で表記が異なる場合は、誤りと即断せず、各資料が指す対象範囲を確認する。
2 稲荷山・秋葉山古墳の史跡評価
御厨古墳群は2001年3月26日に国指定史跡となり、5基で構成される。指定説明は遠江地方の有力首長墓群として評価する。指定範囲、追加指定、所有・管理、保存活用計画を確認し、寺院境内全域が史跡であると誤解しない。
稲荷山古墳の墳長48メートル、秋葉山古墳の直径54メートルは公的説明に基づく。測量年代・方法、墳丘改変、周溝、葺石・埴輪、埋葬施設を調査報告書で確認し、現在外観から形状を断定しない。
寺院公式は稲荷山から壺形埴輪、秋葉山から土器片が出土したとする。発掘地点、層位、数量、所蔵、年代を報告書へ遡り、古墳間で遺物を混同しない。境内採集品を正式出土品と同列にしない。
墳丘上の樹木・墓地・道は、史跡保存と現代利用の調整を要する。根系、雨水、踏圧、墓地工事、石垣を点検し、植物を一律伐採せず、文化財担当と寺院が管理計画を共有する。
定点写真、三次元測量、地形断面を定期的に取得すれば、侵食・崩落・樹木影響を追跡できる。測量データの公開は墓地・防犯情報を除き、史跡範囲と参拝動線を分ける。
古墳名の稲荷山・秋葉山が後世信仰に由来する可能性はあるが、名称から古墳時代の祭神を推定しない。名称初見、祠・祭礼、地名を別途調べ、古墳築造時の意味と後世利用を分ける。
墳形・規模の比較では、48メートルと54メートルという公表値だけから被葬者の序列を決めない。測量基準、改変の程度、周溝を含むか、円丘径をどこで測るかによって数値の意味が異なるからである。既往の測量図と最新のレーザー計測を比較し、盛土・削平・墓地造成・参道整備の影響を注記する。出土土器や壺形埴輪については、遺物番号、出土区、層位、実測図、写真、所蔵先を対応させ、表採品や伝世品と区別する。編年は最新の専門報告へ照会し、古い報告の年代観を無批判に継承しない。調査履歴そのものを年表化すれば、古墳の評価がどの資料によって変わったかも説明できる。
比較対象を選ぶ際は、遠江地域の同時期古墳、同規模墳、同種埴輪出土例を区分する。距離が近いだけ、墳形が似るだけで政治的連合を断定せず、副葬品、埋葬施設、築造順序、交通地形等の複数指標を用いる。御厨古墳群内部の序列も、単純な墳丘規模順ではなく、年代差と改変による計測誤差を踏まえて論じる。未発掘部分は不明として残し、将来の非破壊調査や限定的発掘が検証できる仮説の形にする。
3 経塚古墳消滅と1886年鉄道工事
寺院公式は寺南側の経塚古墳が1886年東海道線工事で失われたと伝える。工事区間、用地図、土工記録、発見届、新聞、鉄道史料を確認し、削平過程と遺物回収状況を復元する。近代工事全体を文化財破壊と単純評価せず、当時の制度・認識を検討する。
墳長約90メートル・前方後円墳という説明は、工事前測量・目撃・遺物分布のどれに基づくかを確認する。消滅後推定なら誤差を示し、現存古墳との規模順位を確定的に語らない。
「経塚」という名称は仏教経塚を連想させるが、古墳上に経塚があったか、単なる地名か未確認である。名称だけで古墳から中世寺院への連続祭祀を主張せず、経筒・経石・地名資料を探る。
工事時出土品が鏡1面だけか、土器・埴輪・石材・人骨等もあったかを記録から確認する。散逸品を推測で追加せず、所在不明・記録のみ・寺院保管を分ける。収集者・寺院へ移った経路も調べる。
失われた墳丘の位置は旧地籍図、鉄道用地、航空写真、地形、出土地点から推定する。現在の線路・私有地へ無断立入せず、公開地図は誤差範囲を示す。記念表示を設置する場合は鉄道安全と土地所有を優先する。
消滅史を記録することは、現存する稲荷山・秋葉山の保存意義を明確にする。過去の喪失を糾弾だけに用いず、発見資料が寺院で守られた経緯と現在の保護制度を比較する。
1886年という年は、鉄道路線の開業年、工事着手年、墳丘掘削年、鏡発見年のいずれを指すかを切り分ける必要がある。鉄道工事誌、用地買収図、工区日誌、県・郡の行政文書、当時の新聞を同じ日付軸へ置き、後年の回想は語り手の年齢と記録時点を付す。線路中心線と旧字界を復元する際は、旧図の縮尺誤差、河川改修、道路付替えを考慮し、単一の推定点ではなく範囲として示す。工事で搬出された土砂や遺物が別地点へ移った可能性もあるため、現在の地表で発見物がないことを出土否定の根拠にしない。逆に、近隣から来歴不明の遺物が見つかっても経塚古墳出土と断定しない。
失われた遺跡を図示する場合は、確定線、推定線、伝承範囲を線種で分ける。約90メートルという値を円弧へ機械的に当てはめると精密な復元に見えるため、根拠となる観察点と誤差を併記する。地形復元は説明用模型として提示し、発掘で確認された実測図と区別する。鏡の発見地点も、墳丘内の位置が不明なら古墳中心へ記号を置かず、出土伝承の対象地域として表示する。この表現上の節度が、視覚資料による過剰な確定を防ぐ。
4 三角縁四神四獣鏡の名称・出土・保管
磐田市は県指定文化財を「三角縁四神四獣鏡」と掲載し、寺院公式は「三角縁唐草文帯四神四獣鏡」と紹介する。短称・詳細型式名の差か、指定名称変更かを県指定原簿・告示・調査報告で確認し、どちらかを誤記として削除しない。
寺院公式の直径22センチメートル、重量1053グラム、指定番号等は、最新台帳・実測値と照合する。単位・測定条件、欠損・修理を記録し、概数と精密値を分ける。
鏡の出土状況は考古学的解釈の基礎である。棺内位置、他副葬品、向き、破砕、工事時発見者、回収方法を確認する。出土文脈が不明なら型式比較だけで被葬者像を過剰に描かない。
大阪府万年山古墳の同型鏡という説明は、同笵・同型・類似文様のどれかを学術論文で確認する。鏡の分布から政治関係を断定せず、鋳型、文様、寸法、成分、研究史を専門家が検証する。
寺院保管の経緯は、発見後の受領、所有、指定、貸出、修理、展示、保険を文書化する。寺が地域遺物を守った役割を評価しつつ、防犯上、保管場所・設備の詳細を公開しない。
公開・撮影は保存と安全を優先する。実物展示が難しい場合、高精細複製、三次元データ、拓影、解説を活用する。色・尺度・加工を明示し、複製画像を実物と誤認させない。
鏡研究では、肉眼観察、実測、写真、エックス線、成分分析等が異なる情報を生む。銘文・神獣像・乳・鋸歯文・唐草文帯の配置を統一番号で記録し、腐食や付着物を文様と誤認しない。同笵関係の判断には文様の一致だけでなく、鋳造時の微細な傷や変形を比較する必要があるため、寺院説明にある他古墳との関係は専門論文・実物比較によって再検証する。分析のための採取は原則として非破壊法を優先し、微量採取が必要なら所有者・文化財行政の許可と研究上の利益を明示する。公開画像には表裏、側面、尺度、色票、撮影条件を添え、加工画像は原画像と分けて保存する。
指定名称の差を扱うデータベースでは、公的指定名、寺院での呼称、研究上の型式名、旧称を別フィールドにする。「唐草文帯」が省略表現なのか再分類なのかは、1958年の告示原文と後続報告を比較する。指定日も告示日、指定効力日、台帳登録日が一致するかを確認する。寸法・重量は測定年と器具を付し、錆・付着物・修理による変動可能性を注記する。数字の微差を誤記と即断せず、計測史を保存することが資料の真正性と研究再現性を高める。
5 寺院・史跡・墓地の統合管理
連城寺は宗教法人、史跡隣接管理者、文化財保管者、墓地運営者という複数役割を担う。文化財保護だけを優先して法要・墓参を妨げず、寺院生活だけを理由に史跡改変を進めない。行政・寺院・檀家・専門家の役割を文書化する。
墓地区画・参道・樹木・排水・防災を史跡図へ重ね、工事前協議の手順を整える。小規模修繕も記録し、地下遺構の可能性を確認する。現代墓碑情報は公開図から除く。
来訪者へ古墳と寺院を案内する際、墳丘上の立入可能範囲、墓地撮影、夜間、採集禁止を明示する。古墳から土器片を持ち帰ることを防ぎ、発見時の連絡先を示す。
災害計画では地震・豪雨・斜面崩壊・火災・盗難を対象に、鏡、寺宝、古文書、参拝者の安全を優先順位化する。詳細な保管位置は非公開とし、連絡・搬出・代替保管を訓練する。
研究データは測量、発掘、保存修理、寺院写真、聞き取りを共通IDで管理する。史跡・寺院・文化財のデータ権限を分け、公開用と管理用を作る。更新年月と責任主体を明示する。
地域学習では、古墳時代、平家伝承、近世再興を時代別に示し、連続した1つの聖地史へ単純化しない。時間差を理解すること自体が、連城寺周辺の歴史層の豊かさを示す。
統合管理の実務には、平常時の点検票と緊急時の判断表が必要である。点検票には墳丘亀裂、倒木、排水、獣害、参道段差、墓石転倒、案内標識、収蔵資料の温湿度等を記録し、写真を前回と同じ位置から撮る。緊急時は人命確保、立入制限、文化財担当への連絡、応急覆い、被害撮影の順序を事前に合意する。史跡指定地と宗教法人敷地で責任主体が異なる箇所は連絡先を明示し、工事業者にも周知する。公開用地図は安全な見学路、禁止事項、文化財の一般情報を示す一方、収蔵場所、警備設備、個人墓碑の情報を除く。管理用情報と教育用情報を分けることが保存と公開を両立させる。
合意形成では、行政の文化財用語と寺院・墓地利用者の日常語の違いにも配慮する。規制内容だけを告知せず、なぜ掘削・植樹・採集・立入に調整が必要かを図で説明し、相談窓口と回答期限を示す。墓参期や法要日に調査を集中させず、寺院暦と研究工程を共有する。ボランティア点検は専門診断の代替とせず、異常発見を速める仕組みとして位置付ける。地域住民から得た旧地形・出土の記憶は、位置情報の不確実性と公開同意を付して保存する。
6 結論―失われた古墳と現存資料を結ぶ
連城寺裏山の稲荷山・秋葉山は国指定御厨古墳群の構成古墳であり、規模・指定日は公的資料で確認できる。寺院成立より大幅に古く、宗教利用の連続を証拠なしに主張しない。
経塚古墳は1886年鉄道工事で消滅したと伝わり、約90メートルという規模・出土状況は工事文書・調査史料による再検証を要する。名称から中世経塚を推定しない。
県指定鏡は名称表記、寸法、重量、型式、同型鏡、指定番号を原簿・専門報告で照合する。寺院が保管してきた履歴も文化財史として記録し、防犯・保存を優先する。
史跡、寺院、墓地、樹木、文化財保管を統合した管理図と手順を作り、現用宗教施設と考古遺産を両立する。公開図は墓碑・保管位置等を除き、立入・撮影規則を明示する。
調査成果は古墳ごと・資料ごとに根拠と確度を付し、消滅古墳を推測で復元しない。新資料で位置・規模・名称が変わった場合は版履歴を残す。
著者は大石浩之(富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役)であり、介護事業および不動産事業を運営している。本稿は著者の素性と利益関係を明らかにするためこの事業歴を開示するが、寺院・墓地・文化財に関する評価と各事業の営業を分離し、本文の事実認定は明示した公開史料に基づく。
具体的な研究工程は、まず文化庁・県・市の指定原簿、既往発掘報告、寺院所蔵資料の目録を照合し、名称と資料IDを確定する。次に稲荷山・秋葉山を非破壊測量し、既往図との差を管理上の変化として記録する。経塚古墳は旧地籍・鉄道文書・目撃記録を地理情報上で比較し、位置と規模を確率的な範囲で表す。鏡は保存状態調査を先行し、必要性が認められる範囲で型式・材質・同笵比較を行う。成果データには作成者、方法、精度、利用条件を付し、寺院・行政・研究者が同じ版を参照できるようにする。新たな発見が従来説明を修正する場合、旧説明を消さず更新理由を残す。
成果公開は、専門報告、寺院向け管理資料、参拝者向け解説、学校教材で粒度を変える。専門用語を省略して断定を強めるのではなく、確認済み事項と推定を同じ記号体系で示す。寺院の宗教活動、墓参者のプライバシー、鏡の防犯を損なう位置・画像は非公開とし、非公開理由と再検討時期を管理台帳へ残す。デジタルデータには永続的な識別子と利用条件を付し、将来形式を移行しても原画像・測量値・解釈を分離して継承する。
公開後に誤りが指摘された場合は、訂正日、旧記述、修正根拠を残す。文化財名称や指定範囲の更新を静かに上書きせず、研究過程を閲覧者が追跡できる状態にすることが地域資料への信頼を支える。
以上から連城寺は、古墳時代の首長墓、近代工事で失われた遺跡、寺院保管の県指定鏡、現在の墓地・信仰が交差する場所である。時間層を分離しつつ管理と研究を接続することが、新貝の文化遺産を将来へ渡す条件となる。
参考文献・資料
- [1] 三白山連城寺「曹洞宗 三白山 連城寺」。 所在地、山号、曹洞宗、本尊聖観世音菩薩、平重盛創建伝承、大草政信再興、文化財・墓所の寺院公式説明を確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [2] 三白山連城寺「沿革・大草太郎左衛門」。 1644年の曹洞宗再興、大草政信の代官・改名伝承、大草家墓所と顕彰会を確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [3] 静岡県「静岡県知事所轄宗教法人名簿」。 磐田市新貝の曹洞宗法人連城寺を確認し、同名寺院との識別に用いた。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [4] ATAWI TEMPLE「連城寺 寺院詳細」。 2026年現地写真と公開史料の統合状況を参照した。歴史事項は寺院・行政の原資料へ遡った。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [5] 磐田市「磐田市文化財保存活用地域計画」。 三連寺伝承、御厨地区の歴史文化、古墳群を地域的文脈で確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [6] 曹洞宗宗務庁「曹洞宗の概要・歴史」。 曹洞宗の本尊、一仏両祖、宗派史の公式説明を確認し、連城寺固有の寺伝と宗派一般史を区別した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [7] ATAWI TEMPLE「連福寺 寺院詳細」。 遠州三連寺伝承の比較対象である二之宮連福寺の所在地・公開確認状況を参照した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [8] ATAWI TEMPLE「蓮覚寺 寺院詳細」。 遠州三連寺伝承の比較対象である竜洋中島蓮覚寺の所在地・公開確認状況を参照した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [9] 三白山連城寺「稲荷山・秋葉山・経塚古墳」。 3古墳、1886年鉄道工事で失われた経塚古墳、出土鏡の寺院公式説明を確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [10] 文化庁 文化遺産オンライン「御厨古墳群」。 2001年3月26日指定、構成5古墳、稲荷山48メートル、秋葉山54メートル、古墳群の学術的評価を確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [11] 磐田市「御厨古墳群」。 稲荷山・秋葉山が連城寺裏山に位置し、経塚古墳出土鏡が県指定文化財であることを確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。
- [12] 磐田市「県指定文化財」。 三角縁四神四獣鏡の名称、考古資料区分、1958年9月2日指定を確認した。 最終閲覧日:2026-07-24。