福田地区・現存
龍法院
りゅうほういん
龍法院(りゅうほういん)は、磐田市大原にある曹洞宗の寺院で、潮音山と号します。大正10年(1921年)刊『静岡県磐田郡誌』によれば、文禄2年(1593年)に村人が相はかって建立し、宝永3年(1706年)に御厨村全久院4世昌室文久和尚が再興して中興開山となったと伝わります。明治初期には大原分校の校舎にもなった、大原の集落唯一の寺院です。
別称・関連名称潮音山龍法院
- 寺院名
- 龍法院
- 地区
- 福田
- 住所
- 静岡県磐田市大原2371番地
- 宗派
- 曹洞宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 龍法院
- 読み方
- りゅうほういん
- 地区
- 福田
- 宗派
- 曹洞宗
- ご本尊(資料上)
- 十一面観世音菩薩(『静岡県磐田郡誌』大正10年による。現況は要確認)
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市大原2371番地
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 未確認
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 未確認(寺院へご確認ください)
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 潮音山扁額と寺号標/境内石碑・石仏と案内板
- 最終確認日
- 2026.07.18
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 龍法院
- 宗派
- 曹洞宗
- 本尊
- 十一面観世音菩薩(『静岡県磐田郡誌』大正10年による。現況は要確認)
- 創建
- 文禄2年(1593年)
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市大原2371番地
- 地区
- 福田
Database 02
沿革
文禄2年(1593年)の草創
『静岡県磐田郡誌』(大正10年=1921年刊)の寺院各説は、龍法院について「於保村大原、元下大原字四貫野に在り。潮音山と号す。本尊は十一面観世音菩薩にして、当郡御厨村全久院の末寺なり」と記しています。由緒については、文禄2年(1593年)に村人が相はかり「文甫作公」のために一寺を建立したのが始まりと伝えます。「文甫作公」が開基者の人名か戒名かは判然とせず、今後の確認課題ですが、領主や高僧ではなく村人たちの発意で建てられたという伝えは、龍法院が最初から村の寺として出発したことを物語っています。
宝永3年(1706年)の中興と全久院末
草創後の龍法院は一時荒廃しましたが、『静岡県磐田郡誌』によれば、宝永3年(1706年)に御厨村全久院の4世昌室文久和尚がこれを恢復して自ら中興開山となり、以来全久院の末寺となりました。本寺の全久院は現在の磐田市鎌田に所在する曹洞宗寺院です。なお同じ郡誌には、昌室文久(全久院4世)が寛永5年(1628年)に稗原の金泉寺を開山したという記述もあり、宝永3年の中興と年代が整合しないため、中興年については原典・他資料での照合が必要です。いずれにせよ、御厨の全久院の門流が大原の村寺を再興し、本末の絆で結んだことは、旧磐田郡南部の曹洞宗ネットワークの広がりを示しています。
地蔵堂と延命地蔵
『福田町史』資料編3(近世)には「安政三年 下大原村龍法院地蔵堂の再建入用払物帳」という文書が収録されており、安政3年(1856年)に境内の地蔵堂が再建されたことがわかります。安政元年(1854年)の安政東海地震では旧福田町域の多くの寺院が倒壊しており、この再建もその復興の一環とみられますが、直接の因果は史料での確認が必要です。また『福田町史』資料編民俗には「龍法院の延命地蔵」の項が立てられており、本尊の十一面観世音菩薩とならんで、延命地蔵が村人の身近な祈りを受け止めてきたことがうかがえます。地蔵堂・延命地蔵の現存状況は現地での確認が今後の課題です。
大原分校と近代の歩み
『静岡県磐田郡誌』の教育の章には、明治6年(1873年)6月1日、福田学校の分校として下大原村の龍法院を仮用して大原分校が設立されたことが記されています。学制公布の翌年、まだ校舎のなかった時代に、村の寺が子どもたちの学び舎となったのです。寺院を仮校舎とした学校の開設は磐田市域の各地でみられ、鎌田の医王寺における坊中学校などとともに、寺が近代教育の出発点を支えた歴史を伝えています。大原地区には大正4年(1915年)造営の本殿が磐田市指定文化財となっている浅間神社も鎮座しており、龍法院とあわせて集落の信仰と暮らしの核であり続けてきました。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 十一面観世音菩薩(『静岡県磐田郡誌』大正10年による。現況は要確認)
- 宗教的意味
- 龍法院は坐禅の教えを受け継ぐ曹洞宗に属し、磐田市鎌田の全久院を本寺とする末寺として中興されました。『静岡県磐田郡誌』が記す本尊の十一面観世音菩薩は、あらゆる方向に顔を向けて人びとを見守る観音さまです。境内の延命地蔵への信仰とあわせて、村人の建てた寺が観音と地蔵という最も身近な二つの仏さまを祀ってきたことに、大原の暮らしに寄り添った当院の性格が表れています。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
潮音山扁額と寺号標
2026年7月18日の現地写真で、入口の寺号標と、堂宇に掲げられた山号「潮音山」の扁額を確認しました。『静岡県磐田郡誌』が記す山号と現地の扁額が一致しています。潮音は観音経の「梵音海潮音」に通じる語で、十一面観世音菩薩を本尊とする当院にふさわしい山号です。
境内石碑・石仏と案内板
境内には石碑や石仏、案内板が残り、現地写真で確認できます。『福田町史』が伝える延命地蔵との関係を含め、銘文の判読と造立年代の確認は今後の課題ですが、村人が建て、守り続けてきた村寺の祈りの蓄積を示す要素として記録します。
Database 06
年中法要
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
龍法院のある大原は、太田川下流域に開けた旧下大原村・上大原村の流れをくむ集落です。明治22年(1889年)に周辺の村々と合併して磐田郡於保村となり、のち福田町域を経て磐田市の一部となりました。旧福田町域は、太田川の舟運で栄え、近代以降は福田漁港のしらす漁と別珍・コーデュロイ織物で知られたまちですが、大原はその北寄りに位置する農業集落で、龍法院は地区唯一の寺院として村の祖霊供養を一手に担ってきました。地区に寺が1か寺しかないということは、村の葬送・年忌・墓参のすべてがこの寺に集まってきたということでもあり、龍法院の歴史はそのまま大原の家々の歴史と重なっています。
文禄2年(1593年)に村人が相はかって寺を建てたという草創の伝え、村の家々が費えを出し合って安政3年(1856年)に地蔵堂を再建した払物帳、そして明治6年(1873年)に本堂を学び舎として開かれた大原分校。龍法院に残る記録はいずれも、村人が自らの手で寺を建て、守り、活用してきた歩みを示しています。集落の鎮守である浅間神社(大正4年造営の本殿が磐田市指定文化財)とともに、龍法院は大原の人びとの信仰と学びの記憶を今にとどめる場所です。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9328
- 民間二次情報静岡県磐田市大原の寺院一覧 - NAVITIME
大原地区の寺院として龍法院(磐田市大原2371)が掲載されていることを本文で確認。同地区の寺院はこの1件のみ。
- 民間二次情報卍龍法院|静岡県磐田市 - 八百万の神
宗派=曹洞宗、所在地=磐田市大原2371を確認。
- 郷土資料『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編、大正10年(第13章 寺院各説77「龍法院」ほか、285コマに大原分校の記事)
国立国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開)。452コマの原本画像で由緒本文を確認
- 郷土資料『福田町史』資料編3(福田町史編さん委員会編、1997年)所収「安政三年 下大原村龍法院地蔵堂の再建入用払物帳」
国立国会図書館デジタルコレクション全文検索のスニペット(目次)で確認
- 民間二次情報静岡県磐田市大原の電話帳検索
所在地(磐田市大原2371)・電話番号(0538-55-2787)のみ確認できる簡易ディレクトリ。
- 行政・公的資料指定避難所一覧 豊田地区|磐田市公式ウェブサイト
大原を含む豊田地区の指定避難所6施設に龍法院は含まれないことを確認。
- 宗派公式資料龍法院 - 曹洞禅ナビ寺院検索
名称・フリガナ(リュウホウイン)・住所(磐田市大原2371)一致確認。由緒・本尊・年中行事欄は未記入。
最終更新日 2026.07.19
Uploaded Photos
保存済み写真
01
この寺院について
龍法院は磐田市大原2371番地に所在する曹洞宗の寺院です。『静岡県磐田郡誌』によれば山号は潮音山、本尊は十一面観世音菩薩で、御厨村全久院(現磐田市鎌田の曹洞宗寺院)の末寺でした。地図情報サイトの大原地区の寺院一覧では龍法院1件のみが掲載されており、地区唯一の寺院であることが確認できます。
大原は近世には上大原村・下大原村に分かれ、龍法院は下大原の字四貫野に所在しました。明治22年(1889年)以降は磐田郡於保村に属し、のち福田町を経て現在は磐田市大原となっています。『福田町史』には、安政3年(1856年)の地蔵堂再建の文書や「龍法院の延命地蔵」の民俗記事が収められ、地蔵信仰の場として親しまれてきたことがうかがえます。
2026年7月18日の現地写真では、本堂正面、参道、入口寺号標、扁額「潮音山」、境内石碑、石仏、案内板を確認しています。年中行事や檀家組織などの現況は公開資料からは確認できておらず、寺院への直接確認が課題です。
02
歴史と背景
文禄2年(1593年)の草創
『静岡県磐田郡誌』(大正10年=1921年刊)の寺院各説は、龍法院について「於保村大原、元下大原字四貫野に在り。潮音山と号す。本尊は十一面観世音菩薩にして、当郡御厨村全久院の末寺なり」と記しています。由緒については、文禄2年(1593年)に村人が相はかり「文甫作公」のために一寺を建立したのが始まりと伝えます。「文甫作公」が開基者の人名か戒名かは判然とせず、今後の確認課題ですが、領主や高僧ではなく村人たちの発意で建てられたという伝えは、龍法院が最初から村の寺として出発したことを物語っています。
宝永3年(1706年)の中興と全久院末
草創後の龍法院は一時荒廃しましたが、『静岡県磐田郡誌』によれば、宝永3年(1706年)に御厨村全久院の4世昌室文久和尚がこれを恢復して自ら中興開山となり、以来全久院の末寺となりました。本寺の全久院は現在の磐田市鎌田に所在する曹洞宗寺院です。なお同じ郡誌には、昌室文久(全久院4世)が寛永5年(1628年)に稗原の金泉寺を開山したという記述もあり、宝永3年の中興と年代が整合しないため、中興年については原典・他資料での照合が必要です。いずれにせよ、御厨の全久院の門流が大原の村寺を再興し、本末の絆で結んだことは、旧磐田郡南部の曹洞宗ネットワークの広がりを示しています。
地蔵堂と延命地蔵
『福田町史』資料編3(近世)には「安政三年 下大原村龍法院地蔵堂の再建入用払物帳」という文書が収録されており、安政3年(1856年)に境内の地蔵堂が再建されたことがわかります。安政元年(1854年)の安政東海地震では旧福田町域の多くの寺院が倒壊しており、この再建もその復興の一環とみられますが、直接の因果は史料での確認が必要です。また『福田町史』資料編民俗には「龍法院の延命地蔵」の項が立てられており、本尊の十一面観世音菩薩とならんで、延命地蔵が村人の身近な祈りを受け止めてきたことがうかがえます。地蔵堂・延命地蔵の現存状況は現地での確認が今後の課題です。
大原分校と近代の歩み
『静岡県磐田郡誌』の教育の章には、明治6年(1873年)6月1日、福田学校の分校として下大原村の龍法院を仮用して大原分校が設立されたことが記されています。学制公布の翌年、まだ校舎のなかった時代に、村の寺が子どもたちの学び舎となったのです。寺院を仮校舎とした学校の開設は磐田市域の各地でみられ、鎌田の医王寺における坊中学校などとともに、寺が近代教育の出発点を支えた歴史を伝えています。大原地区には大正4年(1915年)造営の本殿が磐田市指定文化財となっている浅間神社も鎮座しており、龍法院とあわせて集落の信仰と暮らしの核であり続けてきました。
03
文化財・見どころ
潮音山扁額と寺号標
2026年7月18日の現地写真で、入口の寺号標と、堂宇に掲げられた山号「潮音山」の扁額を確認しました。『静岡県磐田郡誌』が記す山号と現地の扁額が一致しています。潮音は観音経の「梵音海潮音」に通じる語で、十一面観世音菩薩を本尊とする当院にふさわしい山号です。
境内石碑・石仏と案内板
境内には石碑や石仏、案内板が残り、現地写真で確認できます。『福田町史』が伝える延命地蔵との関係を含め、銘文の判読と造立年代の確認は今後の課題ですが、村人が建て、守り続けてきた村寺の祈りの蓄積を示す要素として記録します。
04
宗派と本尊を知る
龍法院は坐禅の教えを受け継ぐ曹洞宗に属し、磐田市鎌田の全久院を本寺とする末寺として中興されました。『静岡県磐田郡誌』が記す本尊の十一面観世音菩薩は、あらゆる方向に顔を向けて人びとを見守る観音さまです。境内の延命地蔵への信仰とあわせて、村人の建てた寺が観音と地蔵という最も身近な二つの仏さまを祀ってきたことに、大原の暮らしに寄り添った当院の性格が表れています。
曹洞宗とは
曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。
教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。
檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。
観音菩薩という仏さま
観音菩薩は、正式には観世音菩薩といい、世の人びとの苦しみの声を観じて、ただちに救いに赴くとされる菩薩です。『法華経』の観世音菩薩普門品(観音経)には、相手に応じて33の姿に身を変えて救うと説かれています。その姿は、老人や子ども、僧侶や天女など、救う相手に最もふさわしいものへと臨機応変に変わるとされ、この教えから観音さまは古くから最も広く信仰を集めてきました。
基本の姿である聖観音のほか、あらゆる方向に顔を向けて見守る十一面観音、千の手と眼で漏れなく救いの手を差し伸べる千手観音、憤怒の形相をとる馬頭観音など、多彩な変化観音が生み出され、それぞれの姿で人びとのさまざまな願いに応えてきました。
病気平癒や家内安全など現世のご利益を願う信仰に加え、観音霊場を順に巡る三十三所の巡礼も各地で育まれてきました。地域の観音堂や観音講を通じて、身近な悩みを聞き届けてくださる仏さまとして、今も厚く親しまれています。
05
地域とのつながり
龍法院のある大原は、太田川下流域に開けた旧下大原村・上大原村の流れをくむ集落です。明治22年(1889年)に周辺の村々と合併して磐田郡於保村となり、のち福田町域を経て磐田市の一部となりました。旧福田町域は、太田川の舟運で栄え、近代以降は福田漁港のしらす漁と別珍・コーデュロイ織物で知られたまちですが、大原はその北寄りに位置する農業集落で、龍法院は地区唯一の寺院として村の祖霊供養を一手に担ってきました。地区に寺が1か寺しかないということは、村の葬送・年忌・墓参のすべてがこの寺に集まってきたということでもあり、龍法院の歴史はそのまま大原の家々の歴史と重なっています。
文禄2年(1593年)に村人が相はかって寺を建てたという草創の伝え、村の家々が費えを出し合って安政3年(1856年)に地蔵堂を再建した払物帳、そして明治6年(1873年)に本堂を学び舎として開かれた大原分校。龍法院に残る記録はいずれも、村人が自らの手で寺を建て、守り、活用してきた歩みを示しています。集落の鎮守である浅間神社(大正4年造営の本殿が磐田市指定文化財)とともに、龍法院は大原の人びとの信仰と学びの記憶を今にとどめる場所です。
06
年中行事・参拝の手引き
参拝・法要で訪れる方へ
年中行事の日程や法要の受付については、公開資料で確認できる情報がないため、寺院へ直接確認してください。
境内は大原の集落内にあります。法要やお墓参りで訪れる際は、近隣への配慮をお願いします。
磐田市が公開する豊田地区の指定避難所一覧に龍法院は含まれていません。災害時の避難先は市の指定施設を別途確認してください。
- 施餓鬼会・彼岸会等の年中行事の時期・檀家参列可否
- 地蔵堂・延命地蔵の現存状況と、地蔵盆など地蔵尊にまつわる行事の有無
- 墓地・永代供養の受付状況
- 護持会・世話人会等の檀家組織の有無
- 法事参列者向け駐車場の有無と台数
- 公式サイト・SNS等の公式情報発信の有無
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
07
よくある質問
- 龍法院の読み方と山号は?
-
「りゅうほういん」と読みます。『静岡県磐田郡誌』によれば山号は潮音山で、現地の扁額でも「潮音山」を確認しています。
本文「この寺院について」を読む - 宗派と本尊は?
-
曹洞宗で、磐田市鎌田の全久院を本寺とする末寺でした。『静岡県磐田郡誌』は本尊を十一面観世音菩薩と記しています。現在の安置状況は寺院側資料での確認が課題です。
本文「宗派と本尊」を読む - いつ誰が開いたお寺ですか?
-
『静岡県磐田郡誌』によれば、文禄2年(1593年)に村人が相はかって「文甫作公」のために建立したのが始まりで、荒廃の後、宝永3年(1706年)に全久院4世昌室文久和尚が再興して中興開山となったと伝わります。
本文「歴史と背景」を読む - 延命地蔵とは何ですか?
-
『福田町史』資料編民俗に「龍法院の延命地蔵」の項が立てられている、当院ゆかりの地蔵尊です。安政3年(1856年)には地蔵堂の再建も記録されています。現存状況は現地確認が課題です。
本文「文化財・見どころ」を読む - 学校になったことがあると聞きましたが?
-
明治6年(1873年)6月1日、福田学校の分校として龍法院を仮用した大原分校が設立されたと『静岡県磐田郡誌』に記されています。村の寺が近代教育の出発点となった歴史です。
本文「地域とのつながり」を読む - 本寺の全久院はどんなお寺ですか?
-
磐田市鎌田に所在する曹洞宗の寺院です。『静岡県磐田郡誌』によれば、龍法院は宝永3年(1706年)にその4世昌室文久和尚の再興を受けて以来、全久院の末寺となりました。
本文「歴史と背景」を読む - 大原の浅間神社との関係はありますか?
-
浅間神社は同じ大原集落の鎮守で、大正4年(1915年)造営の本殿が磐田市指定文化財となっています。龍法院との歴史的な関係(別当を務めたか等)を示す資料は現時点では確認できていません。
本文「地域とのつながり」を読む - 行事や法要の相談はどうすればよいですか?
-
公開資料で確認できる情報がないため、寺院へ直接確認してください。公式サイトやSNSは確認できていません。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
08
写真で見る境内
09
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9328。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照
- 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編、大正10年(第13章 寺院各説77「龍法院」ほか、285コマに大原分校の記事)
国立国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開)。452コマの原本画像で潮音山・本尊十一面観世音菩薩・全久院末・文禄2年草創・宝永3年中興の由緒本文を、285コマで明治6年の大原分校設立を確認
- 郷土資料 『福田町史』資料編3(福田町史編さん委員会編、1997年)所収「安政三年 下大原村龍法院地蔵堂の再建入用払物帳」
国立国会図書館デジタルコレクション全文検索のスニペット(目次)で、安政3年(1856年)の地蔵堂再建文書の収録と、資料編民俗の「龍法院の延命地蔵」の項を確認
- 民間二次情報 静岡県磐田市大原の寺院一覧 - NAVITIME
大原地区の寺院として龍法院(磐田市大原2371)が掲載され、同地区の寺院はこの1件のみであることを確認(既存出典を引き継ぎ)
- 民間二次情報 卍龍法院|静岡県磐田市 - 八百万の神
宗派=曹洞宗、所在地=磐田市大原2371を確認(既存出典を引き継ぎ)
- 宗派公式資料 龍法院 - 曹洞禅ナビ寺院検索
名称・フリガナ(リュウホウイン)・住所(磐田市大原2371)一致確認。由緒・本尊・年中行事欄は未記入(既存出典を引き継ぎ。2026年7月19日時点でサイト接続不可のため再確認は未了)
- 民間二次情報 【全久院】静岡県磐田市鎌田2546番地(サーチ寺院)
本寺の全久院が磐田市鎌田2546番地に所在する曹洞宗寺院であることを確認(本寺の文脈として使用)
- 行政・公的資料 市指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
大原の浅間神社本殿(大正4年造営)が磐田市指定文化財であることを確認(地区の文脈として使用)。龍法院自体の指定文化財は同一覧に見当たらないことも確認
- 行政・公的資料 指定避難所一覧 豊田地区|磐田市公式ウェブサイト
大原を含む豊田地区の指定避難所6施設に龍法院は含まれないことを確認(既存出典を引き継ぎ)
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
Same Area
同じ地区の寺院
Same Sect