中泉地区・現存
連福寺
れんぷくじ
連福寺は磐田市二之宮にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は龍池山、本尊は釈迦牟尼仏です。寺伝では大同2年(807年)に弘法大師空海が開いた真言宗弘福密寺に始まり、平清盛の子・平重盛が伽藍を建てて龍池山連福寺と改称したと伝えられます。閻魔堂には県内最大級とされる木造閻魔大王坐像(磐田市指定文化財)を安置します。
別称・関連名称龍池山/弘福密寺(旧称と伝わる)
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この寺院について
連福寺は磐田市二之宮にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は龍池山、本尊は釈迦牟尼仏です。寺伝では大同2年(807年)に弘法大師空海が開いた真言宗弘福密寺に始まり、平清盛の子・平重盛が伽藍を建てて龍池山連福寺と改称したと伝えられます。閻魔堂には県内最大級とされる木造閻魔大王坐像(磐田市指定文化財)を安置します。
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歴史と背景
創建と平重盛の伝承
磐田市観光協会の資料によれば、開創は大同2年(807年)で、弘法大師空海が厄除地蔵の石仏を作り真言宗弘福密寺としたと伝えられます。この石仏は現在も大師堂に安置されています。その後1156年に、遠江国守であった平清盛の子・平重盛が伽藍を建て、龍池山連福寺と改称したと伝わります。重盛は連城寺(磐田市新貝)・連福寺・蓮覚寺(磐田市竜洋中島)の「連」のつく3か寺を建てたといわれ「重盛の三連寺」と呼ばれます。連福寺には重盛の供養塔と伝わる石塔が現存しています。
閻魔堂と閻魔大王坐像
境内の閻魔堂には県内最大級の閻魔大王像が安置されています。磐田市の資料によれば、この木造閻魔大王坐像は鎌倉時代末から室町時代初期の作で像高1.8mあり、平成17年(2005年)に磐田市指定文化財(彫刻)に指定されました。磐田市観光協会の資料によれば、この閻魔像は江戸時代までは国分寺にあり、明治初年に十輪寺へ移された後、明治14年(1881年)に現在の場所に移されたものです。
連福寺古墳
寺名を冠する連福寺古墳は推定50m以上の前方後円墳で、出土した三角縁三神五獣鏡は令和5年(2023年)4月28日に磐田市指定文化財(考古資料)に指定されました。指定資料の所有者は磐田市です。
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文化財・見どころ
木造閻魔大王坐像
鎌倉時代末から室町時代初期の作で像高1.8m。県内最大級の閻魔像とされます。平成17年(2005年)11月21日指定。
連福寺古墳出土三角縁神獣鏡
推定50m以上の前方後円墳である連福寺古墳から出土した三角縁三神五獣鏡です。令和5年(2023年)4月28日指定。
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写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9096
- 郷土資料 磐田 中泉ありがた歩記(磐田市観光協会パンフレット)
龍池山連福寺・臨済宗・本尊釈迦牟尼仏。大同2年(807年)弘法大師開創(弘福密寺)、1156年平重盛による伽藍建立と改称、大師堂の厄除地蔵石仏、県内最大の閻魔大王像、閻魔像の国分寺→十輪寺→明治14年現在地の移転経緯、三連寺と重盛供養塔現存を本文で確認
- 行政・公的資料 市指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
木造閻魔大王坐像(彫刻・鎌倉〜室町時代・所有者連福寺・平成17年11月21日指定・像高1.8m・県内最大級)と連福寺古墳出土三角縁神獣鏡(考古資料・古墳時代・所有者磐田市・令和5年4月28日指定)をHTML原文で確認
- 民間二次情報 平重盛と遠州の三連寺(史跡めぐり解説)
平重盛が磐田市内に三ヶ寺(遠州の三連寺)を建てたという伝承の補足解説を本文で確認