竜洋地区・現存

聖寿寺

しょうじゅじ

ページ充実度 充実 最終確認 2026.07.19

聖寿寺(しょうじゅじ)は、磐田市岡にある曹洞宗の寺院で、山号は天龍山、地元では「岡のお寺」と呼ばれ親しまれています。文明10年(1478年)に教之一訓大和尚が草庵を結んだことに始まり、江戸時代には守増寺・願成寺・慈慶庵など旧竜洋町域の多くの寺院を末寺に持つ本寺として栄えました。本尊は阿弥陀三尊です。

別称・関連名称天龍山聖寿寺/岡のお寺/崗本山聖寿軒

寺院名
聖寿寺
地区
竜洋
住所
静岡県磐田市岡330番地
宗派
曹洞宗

Basic Information

基本情報

ATAWI TEMPLEは各寺院の公式サイトではありません。
寺院名
聖寿寺
読み方
しょうじゅじ
地区
竜洋
宗派
曹洞宗
ご本尊(資料上)
阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)
ご本尊の現在の確認状況
公開資料で確認済み
住所
静岡県磐田市岡330番地
Googleマップ
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寺院公式サイト
公式サイトあり
電話番号
未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
法要・参拝情報
8件の年中行事・法要情報を掲載
駐車場情報
確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
アクセス・交通手段
確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
周辺の目印
確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
文化財・特記事項
本堂と阿弥陀三尊/開山堂(位牌堂)のうぐいす張り
最終確認日
2026.07.12

不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ

法要や墓参りで帰省される方へ

法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。

結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。

法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

聖寿寺の現地写真 1
現地写真・本堂・堂宇
聖寿寺の現地写真 2
入口・石標
聖寿寺の現地写真 3
境内全景
聖寿寺の現地写真 4
石造物・手水
聖寿寺の現地写真 5
説明板・案内板
聖寿寺の現地写真 6
その他
宗派曹洞宗
創建・年代室町時代/文明10年(1478年)開創
本尊阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)
墓地調査中
文化財・史跡調査中
所在地竜洋・磐田市

Database 01

寺院概要

山号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
院号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
寺号
聖寿寺
宗派
曹洞宗
本尊
阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)
創建
室町時代/文明10年(1478年)開創
開山
調査中(確認できた情報から順次更新します)
開基
調査中(確認できた情報から順次更新します)
所在地
静岡県磐田市岡330番地
地区
竜洋

Database 02

沿革

文明10年の開創と開山・開基

寺院公式サイトによれば、聖寿寺は文明10年(1478年)に開創され、開山の教之一訓大和尚が草庵を結んだことに始まります。当初は「崗本山聖寿軒」と称していました。寺伝では一訓和尚は今川義元の叔父とされています(義元の生年は永正16年=1519年のため、開創年との前後関係は寺伝として伝えられているものです)。開基は寺の近くの天龍村の門奈美作守正重で、今川家の家人であり、54石を寄付して聖寿寺を菩提寺とし、寺院経営にもあたったと伝えられます。本寺(親寺)は掛川市大野の深澤山長松院で、一訓和尚は長松院の2世にあたります。一訓和尚は聖寿寺開創ののち、島田市湯日の金龍山養勝寺も開創し、その地で示寂しました。平成25年(2013年)には、その養勝寺から開山の袈裟が聖寿寺に迎えられたことを寺院公式サイトが伝えています。

戦国期の文書と江戸時代の寺領

『日本歴史地名大系』の岡村の項によれば、天正9年(1581年)3月7日の竜沢寺再建勧化帳写に当地の聖寿寺が載っており、戦国末期にはすでに地域の有力寺院として文書に現れていたことが確認できます。江戸時代の岡村は幕府領で、正保郷帳には村高のうち「聖寿寺領五石」が記されています。また寛永10年(1633年)ごろに江戸幕府が作成させた諸宗末寺帳には、駒場村の慈慶庵が「遠州聖寿寺末寺」として登載されており、聖寿寺が末寺を統べる本寺の格を持っていたことがわかります。享保3年(1718年)の岡村は家数55・人数227の小さな村でしたが、聖寿寺はその村の規模を超えて、旧竜洋町域の広い範囲に法系を伸ばしていました。

竜洋の村々に広がった末寺の網

大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』の寺院各説には、聖寿寺の法系に連なる寺々が数多く立項されています。天文2年(1533年)には聖寿寺5世恵才の徒弟明堂が平間村に願成寺を開き、天正15年(1587年)には聖寿寺7世全雄が江口村(現豊岡)に守増寺を開創しました。守増寺はのちに朱印寺領13石6斗と7か寺の末寺を持つ寺院に成長しています。駒場村の慈慶庵も聖寿寺の末庵で、江戸時代を通じて寺領3石を有しました。寛永元年(1624年)には聖寿寺9世声岩和尚の弟子龍松和尚が草崎に良照庵を開創したと伝えられます。文明年間の一つの草庵から始まった聖寿寺は、戦国末期から江戸初期にかけて、天竜川東岸の村々に末寺・末庵の網を広げる小本寺となっていきました。

安政東海地震からの再建

嘉永7年=安政元年(1854年)11月4日の安政東海地震は、天竜川河口東岸の村々に大きな被害をもたらしました。歴史地震研究会の会誌『歴史地震』第21号に掲載された寺院被害の研究には、『ふるさと竜洋』に基づき「磐田市岡 聖寿寺」が採録されており、安政元年11月4日の震災によって本堂が倒壊し、現在の本堂はその後建立されたものであると記録されています。同研究は聖寿寺付近の震度を5から6と推定しています。同じ地震で、末寺の守増寺や願成寺、掛塚の香集寺・満福寺など旧竜洋町域のほとんどの寺院が本堂や堂宇の倒壊を経験しており、聖寿寺の再建も、地域全体が地震から立ち上がる歩みの一部でした。

平成・令和の境内整備

近年の聖寿寺では、境内と法灯の継承に関わる整備が続いています。令和4年(2022年)9月には位牌堂に隣接して一照殿が落慶し、旧磐田市草崎にあった聖寿寺の末庵・良照庵の本尊如意輪観世音菩薩像が遷座されました。同じ年には、良照庵の境内地が地元の草崎自治会に移管されています。また草崎の御堂(磐田郡阿弥陀霊場四十八ヶ所第14番)に安置されていた阿弥陀如来像は、平成29年(2017年)の台風で御堂ごと倒壊した後に修繕され、令和4年(2022年)11月に「量光臺仮夢阿弥陀如来」として聖寿寺に仮安座されました。末庵や御堂の仏像を本寺が引き取り供養を続けるこれらの出来事は、人口減少の時代に法灯を守り継ぐ寺の姿を示しています。いずれも寺院公式サイトが経緯を公開しています。

Database 03

歴代住職

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 04

本尊

本尊名
阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)
宗教的意味
聖寿寺は曹洞宗に属し、掛川市大野の深澤山長松院を本寺とする法系に連なります。曹洞宗では釈迦牟尼仏を本尊とする寺が多い中で、当寺の本尊は阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)であり、地元の阿弥陀巡礼四十八ヶ所第15番に列するなど、この地域の阿弥陀信仰と深く結びついてきました。磐田郡三十三ヶ所観音霊場第4番の御詠歌には「岡のひじりでら(聖寺)」の名が詠み込まれています。
由来
調査中(確認できた情報から順次更新します)
安置場所
調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 05

寺宝・文化財

境内の見どころ

本堂と阿弥陀三尊

本堂は幅7間半・奥行6間の規模で、正面の須弥壇に本尊の阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)を祀ります。現在の本堂は、安政東海地震(嘉永7年=1854年)で倒壊した後に再建されたものと寺院被害の記録に伝えられています。国・県・市の指定文化財は確認されていませんが、旧竜洋町域の本寺の風格を伝える堂宇です。

境内の見どころ

開山堂(位牌堂)のうぐいす張り

開山の教之一訓大和尚と全檀家先祖の位牌を祀る開山堂には、床に歩くと音の鳴る「うぐいす張り」が施されていると寺院公式サイトが紹介しています。参拝のたびに床の音が響く造りは、先祖の御堂を訪れたことを実感させる仕掛けでもあります。

境内の見どころ

一照殿と良照庵の如意輪観世音菩薩

令和4年(2022年)9月落慶の一照殿には、寛永元年(1624年)に聖寿寺9世声岩和尚の弟子龍松和尚が開創したと伝わる良照庵(旧磐田市草崎)の本尊・如意輪観世音菩薩像が祀られています。末庵の廃止後もその本尊を本寺で守り続ける、法灯継承の象徴です。

境内の見どころ

量光臺仮夢阿弥陀如来

草崎の御堂(磐田郡阿弥陀霊場四十八ヶ所第14番)に安置されていた阿弥陀如来像で、平成29年(2017年)の台風で御堂ごと倒壊した後に修繕され、令和4年(2022年)11月に聖寿寺へ仮安座されました。地域の霊場の記憶を今に伝える尊像です。

Database 06

年中法要

  • 降誕会花祭り(ごうたんえはなまつり)4月8日

    お釈迦様の誕生仏に甘茶をかける。寺院公式サイトによる

  • 盂蘭盆会大施食会(うらぼんえだいせじきえ)8月13日、午後3時より

    お盆の法要。寺院公式サイトによる

  • 両祖忌(りょうそき)9月29日

    永平寺開山道元禅師・總持寺開山瑩山禅師の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 達磨忌(だるまき)10月5日

    達磨大師の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 成道会(じょうどうえ)12月8日(本堂に『出山之釋迦像』の掛物を12月1日〜8日展示)

    お釈迦様が悟りを開いた日の法要。寺院公式サイトによる

  • 涅槃会(ねはんえ)2月1日〜15日、命日は2月15日

    涅槃図の掛物を掲示。15日参拝者には涅槃団子を配布。寺院公式サイトによる

  • 開山忌法要(かいさんきほうよう)2月11日

    開山・教之一訓大和尚の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 手作り品フェア「ぽかぽか市」半年に1回

    磐田(旧竜洋)地域住民向けの手作り品市。境内・駐車場を会場に開催。寺院公式サイトによる

Database 07

墓地情報

調査中(確認できた情報から順次更新します)

一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

Database 08

檀家地域

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 09

地域との関係

聖寿寺のある岡は、天竜川下流東岸の集落で、川を挟んだ対岸は掛塚輪中にあたります。江戸時代の岡村は幕府領の小さな村でしたが、聖寿寺はこの村から守増寺(豊岡)・願成寺(平間)・慈慶庵(駒場)など天竜川東岸の村々へ末寺の網を広げ、旧竜洋町域の信仰の中心の一つであり続けました。明治22年(1889年)以降の岡は袖浦村、昭和30年(1955年)以降は竜洋町の大字となり、平成17年(2005年)の合併で磐田市岡となりました。磐田郡三十三ヶ所観音霊場の御詠歌「みのあだを ほどけて岡の ひじりでら たがてで光し 慈悲のすがた」には、村人たちが「岡のひじりでら」と呼んで巡拝した近世以来の記憶が刻まれています。

現在の聖寿寺は、檀家の法要だけでなく地域に開かれた活動を続けています。境内と駐車場を会場に半年に1回開かれる手作り品フェア「ぽかぽか市」は、旧竜洋地域の住民が集う場になっていると寺院公式サイトが伝えています。また令和4年(2022年)には、草崎にあった末庵・良照庵の境内地を地元の草崎自治会に移管し、本尊の如意輪観世音菩薩像を境内の一照殿へ遷座しました。天竜川の水とともに生きてきた竜洋の村々で、お堂や仏像の行き場を本寺が引き受け、集落の集会の場と信仰の場を整理しながら次の世代へつなぐ取り組みといえます。

Database 11

出典・更新記録

  1. 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9344

  2. 寺院公式情報天龍山聖寿寺公式サイト「聖寿寺について」

    文明10年(1478年)開創、開山教之一訓大和尚、旧称崗本山聖寿軒、寺伝(今川義元の叔父)、開基門奈美作守正重(54石寄付)、本寺長松院(掛川市大野)、霊場札番・御詠歌(『竜洋町の寺院巡礼』引用)を本文で確認。

  3. 寺院公式情報天龍山聖寿寺公式サイト「境内・施設案内」

    本尊阿弥陀三尊、本堂の規模、開山堂のうぐいす張り、一照殿(良照庵本尊如意輪観音、令和4年落慶)、量光臺仮夢阿弥陀如来(草崎御堂由来・台風被災と修繕)を本文で確認。

  4. 宗派公式資料曹洞禅ナビ 聖寿寺

    曹洞宗公式ポータルに磐田市岡330-1の寺院として掲載。フリガナ「ショウジュジ」を確認。

  5. 寺院公式情報静岡県磐田市にある「岡のお寺」【天龍山聖寿寺】公式サイト トップ

    寺院概要・SNS・年間行事等への導線を確認

  6. 寺院公式情報聖寿寺 年間行事

    年中行事の名称・時期・内容を確認

  7. 寺院公式情報聖寿寺 永代納骨・ペット供養

    永代供養・永代納骨・ペット供養の内容を確認

最終更新日 2026.07.19

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この寺院について

聖寿寺は磐田市岡330番地、天竜川下流東岸の旧竜洋町域に所在する曹洞宗の寺院です。山号は天龍山で、開創当初は「崗本山聖寿軒」と称しました。寺院公式サイトが開設されており、由緒・境内案内・年間行事・永代供養の案内が公開されています。曹洞宗公式の寺院ポータル「曹洞禅ナビ」にも磐田市岡の寺院として掲載されています。

本堂の須弥壇には、本尊の阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)が祀られています。『竜洋町の寺院巡礼』(竜洋町郷土研究会編)によれば、聖寿寺は地元の阿弥陀巡礼四十八ヶ所の第15番、磐田郡三十三ヶ所観音霊場の第4番に列し、それぞれ御詠歌が今に伝わっています。

戦国期の天正9年(1581年)の文書に名が見え、江戸時代には正保郷帳に聖寿寺領5石が記されるなど、岡村の中心寺院として歴史を重ねてきました。嘉永7年=安政元年(1854年)の安政東海地震では本堂が倒壊しましたが、その後再建されて現在に至ります。境内では半年に1回、手作り品フェア「ぽかぽか市」が開かれるなど、現在も地域に開かれた寺として活動を続けています。

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歴史と背景

文明10年の開創と開山・開基

寺院公式サイトによれば、聖寿寺は文明10年(1478年)に開創され、開山の教之一訓大和尚が草庵を結んだことに始まります。当初は「崗本山聖寿軒」と称していました。寺伝では一訓和尚は今川義元の叔父とされています(義元の生年は永正16年=1519年のため、開創年との前後関係は寺伝として伝えられているものです)。開基は寺の近くの天龍村の門奈美作守正重で、今川家の家人であり、54石を寄付して聖寿寺を菩提寺とし、寺院経営にもあたったと伝えられます。本寺(親寺)は掛川市大野の深澤山長松院で、一訓和尚は長松院の2世にあたります。一訓和尚は聖寿寺開創ののち、島田市湯日の金龍山養勝寺も開創し、その地で示寂しました。平成25年(2013年)には、その養勝寺から開山の袈裟が聖寿寺に迎えられたことを寺院公式サイトが伝えています。

戦国期の文書と江戸時代の寺領

『日本歴史地名大系』の岡村の項によれば、天正9年(1581年)3月7日の竜沢寺再建勧化帳写に当地の聖寿寺が載っており、戦国末期にはすでに地域の有力寺院として文書に現れていたことが確認できます。江戸時代の岡村は幕府領で、正保郷帳には村高のうち「聖寿寺領五石」が記されています。また寛永10年(1633年)ごろに江戸幕府が作成させた諸宗末寺帳には、駒場村の慈慶庵が「遠州聖寿寺末寺」として登載されており、聖寿寺が末寺を統べる本寺の格を持っていたことがわかります。享保3年(1718年)の岡村は家数55・人数227の小さな村でしたが、聖寿寺はその村の規模を超えて、旧竜洋町域の広い範囲に法系を伸ばしていました。

竜洋の村々に広がった末寺の網

大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』の寺院各説には、聖寿寺の法系に連なる寺々が数多く立項されています。天文2年(1533年)には聖寿寺5世恵才の徒弟明堂が平間村に願成寺を開き、天正15年(1587年)には聖寿寺7世全雄が江口村(現豊岡)に守増寺を開創しました。守増寺はのちに朱印寺領13石6斗と7か寺の末寺を持つ寺院に成長しています。駒場村の慈慶庵も聖寿寺の末庵で、江戸時代を通じて寺領3石を有しました。寛永元年(1624年)には聖寿寺9世声岩和尚の弟子龍松和尚が草崎に良照庵を開創したと伝えられます。文明年間の一つの草庵から始まった聖寿寺は、戦国末期から江戸初期にかけて、天竜川東岸の村々に末寺・末庵の網を広げる小本寺となっていきました。

安政東海地震からの再建

嘉永7年=安政元年(1854年)11月4日の安政東海地震は、天竜川河口東岸の村々に大きな被害をもたらしました。歴史地震研究会の会誌『歴史地震』第21号に掲載された寺院被害の研究には、『ふるさと竜洋』に基づき「磐田市岡 聖寿寺」が採録されており、安政元年11月4日の震災によって本堂が倒壊し、現在の本堂はその後建立されたものであると記録されています。同研究は聖寿寺付近の震度を5から6と推定しています。同じ地震で、末寺の守増寺や願成寺、掛塚の香集寺・満福寺など旧竜洋町域のほとんどの寺院が本堂や堂宇の倒壊を経験しており、聖寿寺の再建も、地域全体が地震から立ち上がる歩みの一部でした。

平成・令和の境内整備

近年の聖寿寺では、境内と法灯の継承に関わる整備が続いています。令和4年(2022年)9月には位牌堂に隣接して一照殿が落慶し、旧磐田市草崎にあった聖寿寺の末庵・良照庵の本尊如意輪観世音菩薩像が遷座されました。同じ年には、良照庵の境内地が地元の草崎自治会に移管されています。また草崎の御堂(磐田郡阿弥陀霊場四十八ヶ所第14番)に安置されていた阿弥陀如来像は、平成29年(2017年)の台風で御堂ごと倒壊した後に修繕され、令和4年(2022年)11月に「量光臺仮夢阿弥陀如来」として聖寿寺に仮安座されました。末庵や御堂の仏像を本寺が引き取り供養を続けるこれらの出来事は、人口減少の時代に法灯を守り継ぐ寺の姿を示しています。いずれも寺院公式サイトが経緯を公開しています。

03

文化財・見どころ

境内の見どころ

本堂と阿弥陀三尊

本堂は幅7間半・奥行6間の規模で、正面の須弥壇に本尊の阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)を祀ります。現在の本堂は、安政東海地震(嘉永7年=1854年)で倒壊した後に再建されたものと寺院被害の記録に伝えられています。国・県・市の指定文化財は確認されていませんが、旧竜洋町域の本寺の風格を伝える堂宇です。

境内の見どころ

開山堂(位牌堂)のうぐいす張り

開山の教之一訓大和尚と全檀家先祖の位牌を祀る開山堂には、床に歩くと音の鳴る「うぐいす張り」が施されていると寺院公式サイトが紹介しています。参拝のたびに床の音が響く造りは、先祖の御堂を訪れたことを実感させる仕掛けでもあります。

境内の見どころ

一照殿と良照庵の如意輪観世音菩薩

令和4年(2022年)9月落慶の一照殿には、寛永元年(1624年)に聖寿寺9世声岩和尚の弟子龍松和尚が開創したと伝わる良照庵(旧磐田市草崎)の本尊・如意輪観世音菩薩像が祀られています。末庵の廃止後もその本尊を本寺で守り続ける、法灯継承の象徴です。

境内の見どころ

量光臺仮夢阿弥陀如来

草崎の御堂(磐田郡阿弥陀霊場四十八ヶ所第14番)に安置されていた阿弥陀如来像で、平成29年(2017年)の台風で御堂ごと倒壊した後に修繕され、令和4年(2022年)11月に聖寿寺へ仮安座されました。地域の霊場の記憶を今に伝える尊像です。

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宗派と本尊を知る

聖寿寺は曹洞宗に属し、掛川市大野の深澤山長松院を本寺とする法系に連なります。曹洞宗では釈迦牟尼仏を本尊とする寺が多い中で、当寺の本尊は阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)であり、地元の阿弥陀巡礼四十八ヶ所第15番に列するなど、この地域の阿弥陀信仰と深く結びついてきました。磐田郡三十三ヶ所観音霊場第4番の御詠歌には「岡のひじりでら(聖寺)」の名が詠み込まれています。

曹洞宗とは

曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。

教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。

檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。

参考: 曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ大本山永平寺(大本山總持寺 公式サイト内紹介)

阿弥陀如来という仏さま

阿弥陀如来の「阿弥陀」は「量りしれない」という意味で、限りない光(無量光)と限りない命(無量寿)を備えた仏さまであることを表します。西方の極楽浄土の教主で、はるか昔、法蔵菩薩として修行していた時に48の願を立て、なかでも第18願では、念仏する者を必ず浄土に迎え取ると誓われたと経典に説かれています。

この誓いを頼りとして「南無阿弥陀仏」と称えるのがお念仏です。浄土宗や浄土真宗など念仏の教えに立つ宗派では阿弥陀如来を本尊と仰ぎ、仏壇の中央に絵像や木像でお迎えして、朝夕のお勤めで手を合わせます。本尊のお姿は、目に見えない救いのはたらきを、私たちに受け取りやすいよう姿かたちで表したものと受け止められています。

葬儀や年忌法要、お彼岸やお盆など、亡き人を偲ぶ場面で最も身近な仏さまでもあります。亡き人を浄土に迎え取り、残された私たちをも光の中で照らし続けてくださる。そのはたらきへの感謝とともに称えるのがお念仏だと受け止められています。

参考: よくあるご質問(浄土宗 公式サイト)ご本尊をお迎えする(真宗大谷派・東本願寺 公式サイト)阿弥陀如来の四十八願について(浄土宗 善想寺)

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地域とのつながり

聖寿寺のある岡は、天竜川下流東岸の集落で、川を挟んだ対岸は掛塚輪中にあたります。江戸時代の岡村は幕府領の小さな村でしたが、聖寿寺はこの村から守増寺(豊岡)・願成寺(平間)・慈慶庵(駒場)など天竜川東岸の村々へ末寺の網を広げ、旧竜洋町域の信仰の中心の一つであり続けました。明治22年(1889年)以降の岡は袖浦村、昭和30年(1955年)以降は竜洋町の大字となり、平成17年(2005年)の合併で磐田市岡となりました。磐田郡三十三ヶ所観音霊場の御詠歌「みのあだを ほどけて岡の ひじりでら たがてで光し 慈悲のすがた」には、村人たちが「岡のひじりでら」と呼んで巡拝した近世以来の記憶が刻まれています。

現在の聖寿寺は、檀家の法要だけでなく地域に開かれた活動を続けています。境内と駐車場を会場に半年に1回開かれる手作り品フェア「ぽかぽか市」は、旧竜洋地域の住民が集う場になっていると寺院公式サイトが伝えています。また令和4年(2022年)には、草崎にあった末庵・良照庵の境内地を地元の草崎自治会に移管し、本尊の如意輪観世音菩薩像を境内の一照殿へ遷座しました。天竜川の水とともに生きてきた竜洋の村々で、お堂や仏像の行き場を本寺が引き受け、集落の集会の場と信仰の場を整理しながら次の世代へつなぐ取り組みといえます。

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年中行事・参拝の手引き

年中行事・法要

  • 降誕会花祭り(ごうたんえはなまつり)(4月8日)

    お釈迦様の誕生仏に甘茶をかける。寺院公式サイトによる

  • 盂蘭盆会大施食会(うらぼんえだいせじきえ)(8月13日、午後3時より)

    お盆の法要。寺院公式サイトによる

  • 両祖忌(りょうそき)(9月29日)

    永平寺開山道元禅師・總持寺開山瑩山禅師の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 達磨忌(だるまき)(10月5日)

    達磨大師の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 成道会(じょうどうえ)(12月8日(本堂に『出山之釋迦像』の掛物を12月1日〜8日展示))

    お釈迦様が悟りを開いた日の法要。寺院公式サイトによる

  • 涅槃会(ねはんえ)(2月1日〜15日、命日は2月15日)

    涅槃図の掛物を掲示。15日参拝者には涅槃団子を配布。寺院公式サイトによる

  • 開山忌法要(かいさんきほうよう)(2月11日)

    開山・教之一訓大和尚の命日法要。寺院公式サイトによる

  • 手作り品フェア「ぽかぽか市」(半年に1回)

    磐田(旧竜洋)地域住民向けの手作り品市。境内・駐車場を会場に開催。寺院公式サイトによる

参拝・法要で訪れる方へ

檀家の墓地が境内にあり、出入り口に六地蔵が祀られています。永代供養(葬儀料・年回忌供養料の予納)と永代納骨(一霊ごと50年間後合祀。墓地所有者・新規結縁者などで料金区分あり)を受け付けているほか、ペットの葬儀・納骨・彼岸法要にも対応していると寺院公式サイトが案内しています。

境内に広い駐車場があり、参拝のほか「ぽかぽか市」などの会場としても使われています。近年、駐車スペースの補修工事が完了し、奥まで駐車しやすくなったと案内されています。

行事の日時・内容は年により変わることがあります。参列を予定する際は、寺院公式サイトの最新の案内で確認してください。

調査中の項目
  • 護持会・世話人会など檀家組織の有無・活動内容
  • 法事の際の受付方法・予約の要否

行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

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よくある質問

聖寿寺の読み方と山号は?

「しょうじゅじ」と読みます。山号は天龍山で、開創当初は「崗本山聖寿軒」と称しました。地元では「岡のお寺」と呼ばれ親しまれ、観音霊場の御詠歌にも「岡のひじりでら」と詠み込まれています。

本文「この寺院について」を読む
いつ誰が開いたお寺ですか?

文明10年(1478年)に教之一訓大和尚が草庵を結んだことに始まります。開基は今川家家人の門奈美作守正重で、54石を寄付して聖寿寺を菩提寺としたと伝えられます。本寺は掛川市大野の長松院です。

本文「歴史と背景」を読む
本尊は何ですか?

阿弥陀三尊(阿弥陀如来と観音・勢至両菩薩)です。本堂正面の須弥壇に祀られています。地元の阿弥陀巡礼四十八ヶ所第15番の札所でもあります。

本文「宗派と本尊」を読む
末寺があったというのは本当ですか?

江戸時代の聖寿寺は本寺の格を持ち、守増寺(豊岡)・願成寺(平間)・慈慶庵(駒場)・良照庵(草崎)など、旧竜洋町域の多くの寺庵がその法系に連なりました。幕府の諸宗末寺帳にも「遠州聖寿寺末寺」の記載が見えます。

本文「歴史と背景」を読む
本堂は古い建物ですか?

現在の本堂は、安政東海地震(嘉永7年=1854年)で倒壊した後に再建されたものと寺院被害の記録に伝えられています。幅7間半・奥行6間の規模で、開山堂には「うぐいす張り」の床が施されています。

本文「文化財・見どころ」を読む
一照殿とは何ですか?

令和4年(2022年)9月に落慶した堂宇で、旧磐田市草崎にあった末庵・良照庵の本尊如意輪観世音菩薩像が祀られています。良照庵は寛永元年(1624年)に聖寿寺9世の弟子龍松和尚が開創したと伝わります。

本文「文化財・見どころ」を読む
年間の行事にはどんなものがありますか?

4月8日の降誕会花祭り、8月13日の盂蘭盆会大施食会、2月11日の開山忌法要、2月の涅槃会など、年間を通じて法要が営まれています。半年に1回の手作り品フェア「ぽかぽか市」も境内で開かれます。

本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
永代供養やペット供養はできますか?

永代供養(葬儀料・年回忌供養料の予納)と永代納骨(一霊ごと50年間後合祀)を受け付けており、ペットの葬儀・納骨・彼岸法要にも対応していると寺院公式サイトが案内しています。詳細は寺院へ直接確認してください。

本文「年中行事・参拝の手引き」を読む

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写真で見る境内

聖寿寺の現地写真 1
本堂・堂宇 聖寿寺の現地写真 1
聖寿寺の現地写真 2
入口・石標 聖寿寺の現地写真 2
聖寿寺の現地写真 3
境内全景 聖寿寺の現地写真 3
聖寿寺の現地写真 4
石造物・手水 聖寿寺の現地写真 4
聖寿寺の現地写真 5
説明板・案内板 聖寿寺の現地写真 5
聖寿寺の現地写真 6
その他 聖寿寺の現地写真 6
聖寿寺の現地写真 7
本堂・堂宇 聖寿寺の現地写真 7
聖寿寺の現地写真 8
入口・石標 聖寿寺の現地写真 8
聖寿寺の現地写真 9
境内全景 聖寿寺の現地写真 9
聖寿寺の現地写真 10
石造物・手水 聖寿寺の現地写真 10
聖寿寺の現地写真 11
説明板・案内板 聖寿寺の現地写真 11
聖寿寺の現地写真 12
その他 聖寿寺の現地写真 12
聖寿寺の現地写真 13
本堂・堂宇 聖寿寺の現地写真 13
聖寿寺の現地写真 14
入口・石標 聖寿寺の現地写真 14

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出典・参考資料

  1. 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9344。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照

  2. 寺院公式情報 天龍山聖寿寺公式サイト「聖寿寺について」

    文明10年(1478年)開創、開山教之一訓大和尚、旧称崗本山聖寿軒、寺伝(今川義元の叔父)、開基門奈美作守正重(54石寄付)、本寺長松院(掛川市大野)、霊場札番・御詠歌(『竜洋町の寺院巡礼』引用)、開山袈裟(平成25年養勝寺より受領)を本文で確認。

  3. 寺院公式情報 天龍山聖寿寺公式サイト「境内・施設案内」

    本尊阿弥陀三尊、本堂の規模、開山堂のうぐいす張り、一照殿(良照庵本尊如意輪観音、令和4年落慶)、量光臺仮夢阿弥陀如来(草崎御堂由来・台風被災と修繕)を本文で確認。

  4. 宗派公式資料 曹洞禅ナビ 聖寿寺

    曹洞宗公式ポータルに磐田市岡330-1の寺院として掲載。フリガナ「ショウジュジ」を確認。

  5. 寺院公式情報 静岡県磐田市にある「岡のお寺」【天龍山聖寿寺】公式サイト トップ

    寺院概要・SNS・年間行事等への導線を確認

  6. 寺院公式情報 聖寿寺 年間行事

    年中行事の名称・時期・内容を確認

  7. 寺院公式情報 聖寿寺 永代納骨・ペット供養

    永代供養・永代納骨・ペット供養の内容を確認

  8. 郷土資料 日本歴史地名大系「岡村」(コトバンク)

    天正9年(1581年)3月7日の竜沢寺再建勧化帳写に聖寿寺が載ること、正保郷帳の「聖寿寺領五石」、岡村が幕府領で対岸が掛塚輪中であること、享保3年の家数55・人数227を確認。

  9. 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編、大正10年(第13章 寺院各説)

    国立国会図書館デジタルコレクション。守増寺(聖寿寺7世全雄開創・天正15年)、願成寺(聖寿寺5世恵才の徒弟明堂開基・天文2年)、慈慶庵(聖寿寺末)の各記事で、聖寿寺の末寺網を確認。

  10. 学術資料 『大日本近世史料 諸宗末寺帳』上(東京大学史料編纂所編)

    国立国会図書館デジタルコレクション全文検索で、寛永10年ごろの諸宗末寺帳に「遠州聖寿寺末寺慈慶庵 同国豊田郡駒場村 参石」と登載されていることを確認(聖寿寺が本寺格であったことの根拠)。

  11. 学術資料 行谷佑一・都司嘉宣「寺院の被害記録から見た安政東海地震(1854)の静岡県内の震度分布」『歴史地震』第21号(2006年)

    付表に「磐田市岡 聖寿寺」が採録され、『ふるさと竜洋』に基づき安政元年11月4日震災によって倒壊し現在の本堂はその後建立されたものであること、推定震度5〜6を確認。

  12. 行政・公的資料 旧竜洋町の住所表示|磐田市公式ウェブサイト

    平成17年合併に伴い「竜洋町岡」が「磐田市岡」と改められたこと、旧竜洋町25大字の住所表示を確認。

For Families

このお寺が菩提寺のご家族へ

菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。

法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。

  • お墓の場所
  • 墓地の区画
  • 次回の法要
  • 仏壇の場所
  • 位牌の有無
  • お寺からの連絡を受ける人
  • お寺の連絡先
  • 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
  • 実家の名義
  • 実家を今後誰が管理するか
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