見付地区・現存

慶岩寺

けいがんじ

ページ充実度 標準 最終確認 2026.07.19

慶岩寺(けいがんじ)は、磐田市見付にある浄土宗の寺院です。山号は松光山。『静岡県磐田郡誌』によれば京都知恩院の直末で、永禄5年(1562年)に能公和尚が開いた念仏の道場です。本尊は阿弥陀如来。旧東海道見付宿の町並みの中で460年余り法灯を伝え、境内の北向地蔵尊は毎年8月23日の大祭とともに地域の信仰を集めています。

別称・関連名称松光山慶岩寺

寺院名
慶岩寺
地区
見付
住所
静岡県磐田市見付2735番地の1
宗派
浄土宗

Basic Information

基本情報

ATAWI TEMPLEは各寺院の公式サイトではありません。
寺院名
慶岩寺
読み方
けいがんじ
地区
見付
宗派
浄土宗
ご本尊(資料上)
阿弥陀如来(『静岡県磐田郡誌』の由緒および浄土宗寺院一覧表による)
ご本尊の現在の確認状況
公開資料で確認済み
住所
静岡県磐田市見付2735番地の1
Googleマップ
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寺院公式サイト
未確認
電話番号
未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
法要・参拝情報
1件の年中行事・法要情報を掲載
駐車場情報
確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
アクセス・交通手段
確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
周辺の目印
確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
文化財・特記事項
阿弥陀三尊・両大師・釈迦涅槃図絵/北向地蔵尊
最終確認日
2026.07.12

不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ

法要や墓参りで帰省される方へ

法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。

結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。

法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

慶岩寺本堂の外観
現地写真・本堂・堂宇
慶岩寺本堂正面の入口
本堂・堂宇
慶岩寺本堂入口上の扁額
本堂・堂宇
慶岩寺の現地説明板
説明板・案内板
慶岩寺境内の地蔵堂
本堂・堂宇
慶岩寺境内の小祠
石造物・手水
宗派浄土宗
創建・年代永禄5年(1562年)創建。開山は金蓮社住誉上人能公大和尚(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
本尊阿弥陀如来(『静岡県磐田郡誌』の由緒および浄土宗寺院一覧表による)
墓地調査中
文化財・史跡調査中
所在地見付・磐田市

Database 01

寺院概要

山号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
院号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
寺号
慶岩寺
宗派
浄土宗
本尊
阿弥陀如来(『静岡県磐田郡誌』の由緒および浄土宗寺院一覧表による)
創建
永禄5年(1562年)創建。開山は金蓮社住誉上人能公大和尚(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
開山
調査中(確認できた情報から順次更新します)
開基
調査中(確認できた情報から順次更新します)
所在地
静岡県磐田市見付2735番地の1
地区
見付

Database 02

沿革

永禄5年の開創と能公和尚

『静岡県磐田郡誌』の由緒は、慶岩寺が永禄5年(1562年)2月、「宗祖第九世の法孫」とされる能公和尚の開創にかかることを記しています。開山の能公和尚は天正5年(1577年)7月10日に亡くなり、以後も法脈が連綿と受け継がれてきました。永禄5年(1562年)は桶狭間の戦いの2年後にあたり、遠江の支配が今川氏から徳川氏へと移り変わっていく戦国時代末期です。東海道の要地であった見付の町に、この動乱の時代に念仏の道場が開かれたことになります。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介が記す開山「金蓮社住誉上人能公大和尚」・開基永禄5年(1562年)とも一致しています。

京都知恩院の直末寺として

『静岡県磐田郡誌』によれば、慶岩寺は法然上人ゆかりの総本山である京都知恩院の末寺で、浄土宗のうち鎮西白旗派の法系に属します。所在地は「見付町字倉小路」と記されており、東海道屈指の規模を誇り「十七小路」と呼ばれる小路が延びていた宿場町見付の、小路のひとつに寺が構えられていたことがうかがえます。同誌の浄土宗寺院一覧表では山号は松光山、1921年当時の境内地は693坪でした。字名「倉小路」が現在のどの位置にあたるかは、確認できていません。なお『静岡県磐田郡誌』は磐田郡教育会が大正10年(1921年)に編さんした郡誌で、郡内の寺社の由緒を集成した、この地域の寺院史の基礎資料です。

境内の地蔵堂と北向地蔵尊

『静岡県磐田郡誌』は、慶岩寺の境内に仏堂が1宇あり、地蔵菩薩の石像を安置すること、その創立は天正年間にさかのぼること、明治33年(1900年)9月28日に堂宇が倒壊し、翌明治34年(1901年)4月18日に再建されたことを記しています。現在も境内には北向地蔵尊が祀られ、毎年8月23日に北向地蔵尊大祭が営まれています。天正年間創立と伝わる地蔵堂と現在の北向地蔵尊の系譜的なつながりがうかがえますが、両者の同一性を明記した資料は現時点では確認できていません。

現在に伝わる寺宝と行事

静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によれば、慶岩寺には寺宝として阿弥陀三尊、両大師、釈迦涅槃図絵が伝わります。年間行事は、1月の御忌会(宗祖法然上人の忌日法要)、2月15日の涅槃会(お釈迦さまの入滅を偲ぶ法要)、4月の花まつり(お釈迦さまの誕生を祝う行事)、8月10日の山門大施餓鬼会、8月23日の北向地蔵尊大祭です。また浄土宗の公式寺院検索には、別時会・写経会・法話会・詠唱(吉水流)などの行事が登録されており、檀家や地域の人が念仏の教えに触れる機会が設けられています。行事の案内は文書通信で行われていることも、宗派の寺院紹介から確認できます。

Database 03

歴代住職

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 04

本尊

本尊名
阿弥陀如来(『静岡県磐田郡誌』の由緒および浄土宗寺院一覧表による)
宗教的意味
慶岩寺は浄土宗に属し、総本山知恩院の直末という格式を『静岡県磐田郡誌』が伝えています。本尊は阿弥陀如来で、寺宝の阿弥陀三尊とあわせて念仏の教えの中心をなしています。毎年1月には宗祖法然上人を偲ぶ御忌会が営まれ、詠唱(吉水流)や写経会など、檀家がお念仏に親しむ行事が続けられています。
由来
調査中(確認できた情報から順次更新します)
安置場所
調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 05

寺宝・文化財

寺宝

阿弥陀三尊・両大師・釈迦涅槃図絵

静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介に寺宝として挙げられています。阿弥陀三尊は本尊の阿弥陀如来と観音・勢至の両菩薩の組み合わせ、釈迦涅槃図絵は2月の涅槃会に掛けられる種類の仏画です。「両大師」がどの祖師を指すかは資料に明記がなく、確認できていません。

境内の信仰

北向地蔵尊

境内に祀られる地蔵尊で、毎年8月23日に北向地蔵尊大祭が営まれています。『静岡県磐田郡誌』には、天正年間創立と伝わる地蔵堂が明治33年(1900年)に倒壊し翌年再建されたことが記されており、地蔵信仰が長くこの寺で続いてきたことがうかがえます。

現地確認資料

本堂・地蔵堂と境内の現況

現地写真では、本堂と境内、地蔵堂、寺の由緒を記した説明板、書院の案内が確認できます。宿場町見付の市街地の中にあって、まとまった伽藍と境内が保たれており、郡誌が伝える地蔵堂の系譜が現在の堂宇に引き継がれている様子を実際に見ることができます。

Database 06

年中法要

  • 御忌会1月

    宗祖法然上人の忌日法要

  • 涅槃会2月15日

    お釈迦さまの入滅を偲ぶ法要

  • 花まつり4月

    お釈迦さまの誕生を祝う行事

  • 山門大施餓鬼会8月10日

    先祖供養の法要

  • 北向地蔵尊大祭8月23日

    境内の北向地蔵尊の大祭

Database 07

墓地情報

調査中(確認できた情報から順次更新します)

一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

Database 08

檀家地域

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 09

地域との関係

慶岩寺のある見付は、江戸時代に東海道五十三次の28番目の宿場・見付宿として栄えた町です。東海道屈指の規模を誇った宿場には「十七小路」と呼ばれる小路が延び、寺社や蔵が今も点在しています。郡誌が慶岩寺の所在地として記す「倉小路」という字名も、こうした宿場の小路の記憶を伝えるものです。見付はさらに古く、奈良時代には遠江国府と遠江国分寺が置かれた遠江国の中心地でもありました。

明治8年(1875年)には、慶岩寺と同じ見付の町に旧見付学校(国指定史跡・現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎)が落成し、宿場町から近代の学びの町へと歩みを進めました。旧見付学校の北側には、元治元年(1864年)に総社の神官大久保忠尚が創建し、図書館のような役割を果たして一般にも開放されていた磐田文庫が残ります。磐田市は現在も見付本通線沿線で歴史の趣が感じられる街並みづくりを支援しており、永禄以来この地で念仏の法灯を守ってきた慶岩寺と北向地蔵尊への信仰は、宿場町見付の暮らしの記憶の一部として受け継がれています。

Database 11

出典・更新記録

  1. 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9061

  2. 宗派公式資料静岡教区浄土宗青年会「144 慶岩寺 磐田市見付」

    山号(松光山)、開山金蓮社住誉上人能公大和尚、開基永禄5年(1562)、寺宝(阿弥陀三尊・両大師・釈迦涅槃図絵)、北向地蔵尊大祭を含む年間行事を確認

  3. 宗派公式資料浄土宗 寺院検索「慶岩寺」

    浄土宗寺院であること、山号「松光山」、所在地(磐田市見付2735番地の1)、別時会・写経会・法話会などの行事を確認

  4. 郷土資料『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ

    国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)に永禄5年2月能公和尚開創・本尊阿弥陀如来・地蔵堂の記録、一覧表(413コマ)に山号松光山・境内693坪

最終更新日 2026.07.19

01

この寺院について

慶岩寺は磐田市見付2735番地の1に所在する浄土宗の寺院です。静岡県知事所轄宗教法人名簿に磐田市内の宗教法人(系統は仏教、包括団体は浄土宗)として掲載され、浄土宗の公式寺院検索にも山号を松光山とする寺院として登録されています。旧東海道の宿場町として栄えた見付の市街地に位置します。

大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』の由緒によれば、慶岩寺は見付町字倉小路にあり、京都知恩院の末寺で浄土宗鎮西白旗派に属し、本尊は阿弥陀如来です。永禄5年(1562年)2月に能公和尚が開創し、1921年当時の境内地は693坪でした。戦国時代の開創から数えて460年余り、宿場町見付の移り変わりとともに念仏の法灯を守り続けてきた寺です。

静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介では、開山は金蓮社住誉上人能公大和尚、開基は永禄5年(1562年)とされ、郡誌の記述と一致します。寺宝として阿弥陀三尊、両大師、釈迦涅槃図絵が伝わり、年間を通じて御忌会や山門大施餓鬼会、北向地蔵尊大祭などの行事が営まれています。

02

歴史と背景

永禄5年の開創と能公和尚

『静岡県磐田郡誌』の由緒は、慶岩寺が永禄5年(1562年)2月、「宗祖第九世の法孫」とされる能公和尚の開創にかかることを記しています。開山の能公和尚は天正5年(1577年)7月10日に亡くなり、以後も法脈が連綿と受け継がれてきました。永禄5年(1562年)は桶狭間の戦いの2年後にあたり、遠江の支配が今川氏から徳川氏へと移り変わっていく戦国時代末期です。東海道の要地であった見付の町に、この動乱の時代に念仏の道場が開かれたことになります。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介が記す開山「金蓮社住誉上人能公大和尚」・開基永禄5年(1562年)とも一致しています。

京都知恩院の直末寺として

『静岡県磐田郡誌』によれば、慶岩寺は法然上人ゆかりの総本山である京都知恩院の末寺で、浄土宗のうち鎮西白旗派の法系に属します。所在地は「見付町字倉小路」と記されており、東海道屈指の規模を誇り「十七小路」と呼ばれる小路が延びていた宿場町見付の、小路のひとつに寺が構えられていたことがうかがえます。同誌の浄土宗寺院一覧表では山号は松光山、1921年当時の境内地は693坪でした。字名「倉小路」が現在のどの位置にあたるかは、確認できていません。なお『静岡県磐田郡誌』は磐田郡教育会が大正10年(1921年)に編さんした郡誌で、郡内の寺社の由緒を集成した、この地域の寺院史の基礎資料です。

境内の地蔵堂と北向地蔵尊

『静岡県磐田郡誌』は、慶岩寺の境内に仏堂が1宇あり、地蔵菩薩の石像を安置すること、その創立は天正年間にさかのぼること、明治33年(1900年)9月28日に堂宇が倒壊し、翌明治34年(1901年)4月18日に再建されたことを記しています。現在も境内には北向地蔵尊が祀られ、毎年8月23日に北向地蔵尊大祭が営まれています。天正年間創立と伝わる地蔵堂と現在の北向地蔵尊の系譜的なつながりがうかがえますが、両者の同一性を明記した資料は現時点では確認できていません。

現在に伝わる寺宝と行事

静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によれば、慶岩寺には寺宝として阿弥陀三尊、両大師、釈迦涅槃図絵が伝わります。年間行事は、1月の御忌会(宗祖法然上人の忌日法要)、2月15日の涅槃会(お釈迦さまの入滅を偲ぶ法要)、4月の花まつり(お釈迦さまの誕生を祝う行事)、8月10日の山門大施餓鬼会、8月23日の北向地蔵尊大祭です。また浄土宗の公式寺院検索には、別時会・写経会・法話会・詠唱(吉水流)などの行事が登録されており、檀家や地域の人が念仏の教えに触れる機会が設けられています。行事の案内は文書通信で行われていることも、宗派の寺院紹介から確認できます。

03

文化財・見どころ

寺宝

阿弥陀三尊・両大師・釈迦涅槃図絵

静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介に寺宝として挙げられています。阿弥陀三尊は本尊の阿弥陀如来と観音・勢至の両菩薩の組み合わせ、釈迦涅槃図絵は2月の涅槃会に掛けられる種類の仏画です。「両大師」がどの祖師を指すかは資料に明記がなく、確認できていません。

境内の信仰

北向地蔵尊

境内に祀られる地蔵尊で、毎年8月23日に北向地蔵尊大祭が営まれています。『静岡県磐田郡誌』には、天正年間創立と伝わる地蔵堂が明治33年(1900年)に倒壊し翌年再建されたことが記されており、地蔵信仰が長くこの寺で続いてきたことがうかがえます。

現地確認資料

本堂・地蔵堂と境内の現況

現地写真では、本堂と境内、地蔵堂、寺の由緒を記した説明板、書院の案内が確認できます。宿場町見付の市街地の中にあって、まとまった伽藍と境内が保たれており、郡誌が伝える地蔵堂の系譜が現在の堂宇に引き継がれている様子を実際に見ることができます。

04

宗派と本尊を知る

慶岩寺は浄土宗に属し、総本山知恩院の直末という格式を『静岡県磐田郡誌』が伝えています。本尊は阿弥陀如来で、寺宝の阿弥陀三尊とあわせて念仏の教えの中心をなしています。毎年1月には宗祖法然上人を偲ぶ御忌会が営まれ、詠唱(吉水流)や写経会など、檀家がお念仏に親しむ行事が続けられています。

浄土宗とは

浄土宗は、法然上人が承安5年(1175年)に開いた宗派です。43歳で比叡山を下りた法然上人は、京都東山の吉水に草庵を結び、阿弥陀仏の本願を信じて「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えれば誰もが救われるという専修念仏の教えを説き広めました。総本山は、法然上人が晩年を過ごされた吉水の地に建つ京都の知恩院です。

教えの要は、特別な修行や学問ができなくても、お念仏ひとつで阿弥陀仏の極楽浄土に往生できるという点にあります。身分や境遇を問わないこの教えは、鎌倉時代以来、多くの人々の心のよりどころとなってきました。法然上人の教えの核心は、主著「選択本願念仏集」にまとめられています。

檀家の法要では、木魚に合わせて参列者も一緒にお念仏を唱和するのが浄土宗らしいひとときです。葬儀や年回法要でも、故人が極楽浄土へ往生することを願ってお念仏が重ねられます。10回のお念仏「十念」を大切にするなど、日々の暮らしの中でお念仏に親しむ工夫が伝えられています。

参考: 開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)

阿弥陀如来という仏さま

阿弥陀如来の「阿弥陀」は「量りしれない」という意味で、限りない光(無量光)と限りない命(無量寿)を備えた仏さまであることを表します。西方の極楽浄土の教主で、はるか昔、法蔵菩薩として修行していた時に48の願を立て、なかでも第18願では、念仏する者を必ず浄土に迎え取ると誓われたと経典に説かれています。

この誓いを頼りとして「南無阿弥陀仏」と称えるのがお念仏です。浄土宗や浄土真宗など念仏の教えに立つ宗派では阿弥陀如来を本尊と仰ぎ、仏壇の中央に絵像や木像でお迎えして、朝夕のお勤めで手を合わせます。本尊のお姿は、目に見えない救いのはたらきを、私たちに受け取りやすいよう姿かたちで表したものと受け止められています。

葬儀や年忌法要、お彼岸やお盆など、亡き人を偲ぶ場面で最も身近な仏さまでもあります。亡き人を浄土に迎え取り、残された私たちをも光の中で照らし続けてくださる。そのはたらきへの感謝とともに称えるのがお念仏だと受け止められています。

参考: よくあるご質問(浄土宗 公式サイト)ご本尊をお迎えする(真宗大谷派・東本願寺 公式サイト)阿弥陀如来の四十八願について(浄土宗 善想寺)

05

地域とのつながり

慶岩寺のある見付は、江戸時代に東海道五十三次の28番目の宿場・見付宿として栄えた町です。東海道屈指の規模を誇った宿場には「十七小路」と呼ばれる小路が延び、寺社や蔵が今も点在しています。郡誌が慶岩寺の所在地として記す「倉小路」という字名も、こうした宿場の小路の記憶を伝えるものです。見付はさらに古く、奈良時代には遠江国府と遠江国分寺が置かれた遠江国の中心地でもありました。

明治8年(1875年)には、慶岩寺と同じ見付の町に旧見付学校(国指定史跡・現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎)が落成し、宿場町から近代の学びの町へと歩みを進めました。旧見付学校の北側には、元治元年(1864年)に総社の神官大久保忠尚が創建し、図書館のような役割を果たして一般にも開放されていた磐田文庫が残ります。磐田市は現在も見付本通線沿線で歴史の趣が感じられる街並みづくりを支援しており、永禄以来この地で念仏の法灯を守ってきた慶岩寺と北向地蔵尊への信仰は、宿場町見付の暮らしの記憶の一部として受け継がれています。

06

年中行事・参拝の手引き

年中行事・法要

  • 御忌会(1月)

    宗祖法然上人の忌日法要

  • 涅槃会(2月15日)

    お釈迦さまの入滅を偲ぶ法要

  • 花まつり(4月)

    お釈迦さまの誕生を祝う行事

  • 山門大施餓鬼会(8月10日)

    先祖供養の法要

  • 北向地蔵尊大祭(8月23日)

    境内の北向地蔵尊の大祭

参拝・法要で訪れる方へ

浄土宗の公式寺院検索には駐車場ありと登録されています。行事の案内は文書通信で行われているため、日程や参加方法の詳細は寺院へ直接確認してください。

境内には本堂のほか地蔵堂・書院があります。お墓参りなどで訪れる際は、現地の案内表示に従ってください。

調査中の項目
  • 各行事への一般参加の可否は未確認
  • 永代供養・護持会等の檀家向け情報は未確認
  • 本堂・書院の利用条件は未確認

行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

07

よくある質問

慶岩寺の読み方は?

「けいがんじ」と読みます。山号は松光山(しょうこうざん)で、正式には松光山慶岩寺と称します。

本文「この寺院について」を読む
宗派と本尊は?

浄土宗の寺院で、『静岡県磐田郡誌』によれば京都知恩院の末寺、鎮西白旗派に属します。本尊は阿弥陀如来で、寺宝には阿弥陀三尊も伝わっています。

本文「宗派と本尊」を読む
いつ誰が開いたお寺ですか?

永禄5年(1562年)2月、能公和尚(金蓮社住誉上人能公大和尚)の開創と伝わります。開山の能公和尚は天正5年(1577年)に亡くなり、以後も法脈が受け継がれてきました。戦国時代末期の見付での開基です。

本文「歴史と背景」を読む
北向地蔵尊とは何ですか?

境内に祀られる地蔵尊で、毎年8月23日に大祭が営まれます。郡誌には天正年間創立と伝わる地蔵堂が明治33年(1900年)に倒壊し翌年再建されたと記されていますが、現在の北向地蔵尊との同一性は確認できていません。

本文「文化財・見どころ」を読む
どんな年間行事がありますか?

1月の御忌会、2月15日の涅槃会、4月の花まつり、8月10日の山門大施餓鬼会、8月23日の北向地蔵尊大祭のほか、別時会・写経会・法話会・詠唱(吉水流)が営まれています。

本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
寺宝には何が伝わっていますか?

阿弥陀三尊、両大師、釈迦涅槃図絵が寺宝として伝わります。「両大師」の具体的な尊名は確認できていません。

本文「文化財・見どころ」を読む
法要やお墓の相談はできますか?

浄土宗の公式寺院検索には駐車場ありと登録され、行事の案内は文書通信で行われています。法要・供養やお墓に関する相談は、寺院へ直接確認してください。永代供養などの取扱いは現時点では確認できていません。

本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
慶岩寺のある見付はどんな町ですか?

奈良時代に遠江国府と遠江国分寺が置かれ、江戸時代には東海道五十三次の28番目の宿場・見付宿として栄えた町です。明治8年(1875年)落成の旧見付学校(国指定史跡)も残ります。

本文「地域とのつながり」を読む

08

写真で見る境内

慶岩寺本堂の外観
本堂・堂宇 境内から見た慶岩寺の本堂外観。正面階段、玄関、周囲の植栽を含めて記録。
慶岩寺本堂正面の入口
本堂・堂宇 本堂正面の入口。扁額、ガラス戸、階段、左右の手すりを確認できる。
慶岩寺本堂入口上の扁額
本堂・堂宇 本堂入口上部の扁額と玄関まわりを近くから記録。
慶岩寺の現地説明板
説明板・案内板 磐田市教育委員会文化財課による慶岩寺の説明板。延命地蔵堂や北向地蔵の由緒を伝える。
慶岩寺境内の地蔵堂
本堂・堂宇 境内に建つ小堂。説明板とあわせて、北向地蔵尊信仰を確認するための現地写真として掲載。
慶岩寺境内の小祠
石造物・手水 境内の樹木の下に祀られた小祠と周囲の石組みを記録。
慶岩寺の境内全景
境内全景 本堂側から見た境内全景。小祠、植栽、通路、建物配置が分かる写真。
慶岩寺境内の書院案内板
説明板・案内板 境内に設置された「書院」案内板。参拝者向け動線の記録として掲載。
慶岩寺の書院入口
本堂・堂宇 書院案内の先にある建物入口。境内の補助施設として外観を記録。

09

出典・参考資料

  1. 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市の宗教法人として「浄土宗 慶岩寺 磐田市見付2735番地の1」の登載を確認。参照行: L9061。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照

  2. 宗派公式資料 静岡教区浄土宗青年会「144 慶岩寺 磐田市見付」

    山号(松光山)、開山金蓮社住誉上人能公大和尚、開基永禄5年(1562年)、寺宝(阿弥陀三尊・両大師・釈迦涅槃図絵)、年間行事(御忌会・涅槃会・花まつり・山門大施餓鬼会・北向地蔵尊大祭)、行事案内が文書通信であることを確認(2026年7月19日再確認)

  3. 宗派公式資料 浄土宗 寺院検索「慶岩寺」

    浄土宗寺院であること、山号「松光山」、所在地(磐田市見付2735番地の1)、別時会・写経会・法話会・詠唱(吉水流)などの行事、駐車場の登録を確認(2026年7月19日再確認)

  4. 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ

    国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)に見付町字倉小路・知恩院末・鎮西白旗派・本尊阿弥陀如来・永禄5年2月能公和尚開創・天正5年7月10日寂・天正年間創立の地蔵堂(明治33年倒壊・翌年再建)、一覧表(413コマ)に山号松光山・境内693坪を確認

  5. 地域資料 磐田市観光協会「〜遠江国はじまりの地〜磐田に刻まれた歴史をたどる旅」

    見付宿が東海道五十三次の28番目の宿場で東海道屈指の規模を誇ったこと、十七小路の存在を確認

  6. 行政・公的資料 磐田市公式サイト「磐田市の概要」

    奈良時代に遠江国府・遠江国分寺が置かれ、江戸時代に東海道の見付宿として繁栄した見付の歴史的背景を確認

  7. 行政・文化財情報 磐田市公式サイト「旧見付学校附磐田文庫(旧見付学校)」

    明治8年落成・開校、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎、国の史跡指定を確認

  8. 行政・公的資料 磐田市公式サイト「見付地区景観形成モデル事業」

    見付本通線沿線で歴史の趣が感じられる街並み形成のための修景補助制度が実施されていることを確認

  9. 現地確認 現地写真(2026年撮影)

    本堂、境内、地蔵堂、説明板、書院案内の写真で境内の現況を確認

For Families

このお寺が菩提寺のご家族へ

菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。

法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。

  • お墓の場所
  • 墓地の区画
  • 次回の法要
  • 仏壇の場所
  • 位牌の有無
  • お寺からの連絡を受ける人
  • お寺の連絡先
  • 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
  • 実家の名義
  • 実家を今後誰が管理するか
家族で確認しておきたいことを見る →

Next Step

次に確認しておきたいこと

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