豊田地区・現存
養福寺
ようふくじ
養福寺(ようふくじ)は、磐田市下本郷にある曹洞宗の寺院で、山号は龍祥山、本尊は阿弥陀如来です。慶長4年(1599年)に阿弥陀如来を祀る庵室として始まり、享保9年(1724年)に皇益蜜山大和尚により正式に開かれました。火災と地震の苦難を村人とともに乗り越えた歴史を持ち、今日は坐禅会などを通じて広く開かれた寺院活動を続けています。
別称・関連名称龍祥山
- 寺院名
- 養福寺
- 地区
- 豊田
- 住所
- 静岡県磐田市下本郷1363番地の1
- 宗派
- 曹洞宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 養福寺
- 読み方
- ようふくじ
- 地区
- 豊田
- 宗派
- 曹洞宗
- ご本尊(資料上)
- 阿弥陀如来
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市下本郷1363番地の1
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 公式サイトあり
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 6件の年中行事・法要情報を掲載
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 稲荷社(伏見稲荷大明神)/山号扁額「龍祥山」と入口の地蔵尊
- 最終確認日
- 2026.07.18
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 養福寺
- 宗派
- 曹洞宗
- 本尊
- 阿弥陀如来
- 創建
- 享保9年(1724年)に開かれた(曹洞禅ナビの公式紹介文に「1724年に開かれた」と明記)
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市下本郷1363番地の1
- 地区
- 豊田
Database 02
沿革
慶長4年の庵室と享保9年の開創
寺院公式サイトの由緒によれば、今からおよそ400年前の慶長4年(1599年)、現在の寺地には阿弥陀如来を祀る庵室がありました。その後、享保9年(1724年)9月、皇益蜜山大和尚により養福寺が正式に開かれました。開山の皇益蜜山大和尚は元文5年(1740年)8月29日に亡くなっています。なお大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』には、下本郷の養福寺が森本の福王寺(慈現山・曹洞宗)の末寺として立項されており、井川(現静岡市葵区)の龍泉院の法系に連なる森本福王寺のもとで寺格を整えたことがうかがえます。『日本歴史地名大系』の下本郷村の項には、正保郷帳の寺領として「養福寺(現曹洞宗)領一石」がみえ、江戸前期にはすでに幕府から寺領を認められていたことが知られます。
2度の火災と安政東海地震からの再建
寺院公式サイトによれば、養福寺は文化元年(1804年)に火災に遭い、直ちに再建されたものの、文化13年(1816年)に再び本堂が焼失しました。12年間に2度の火災という打撃に加え、安政元年(1854年)の安政東海地震では堂宇が倒壊します。このとき当時の住職と村人たちは力を合わせ、東海道を行き交う人びとに1000日間にわたって寄付を募り、養福寺を再建したと伝えられています。東海道筋の村ならではの再建の物語であり、寺が村人の手で守られてきたことを物語る歴史です。
伏見稲荷の勧請とお稲荷様の祭典
安政元年(1854年)、相次ぐ火災・地震という天変地異から養福寺と村人を守り、五穀豊穣を祈願するため、京都の伏見稲荷大社から札を授かり、伏見稲荷大明神を祀る稲荷社が建立されたと寺院公式サイトは伝えています。この稲荷社の祭りは「お稲荷様の祭典」として現在も毎年3月に行われ、下本郷地区の人びとに受け継がれています。祭典では家内安全・生業繁栄などの祈祷とともに、英霊・戦没者の慰霊供養の法要も営まれ、平和への祈りが捧げられています。寺と鎮守の稲荷が一体となって集落の暮らしを守るという、江戸期以来の信仰のかたちが今日まで続いている行事です。
現代の伽藍と開かれた寺づくり
平成26年(2014年)10月5日には本堂と位牌堂の新築落慶法要が行われたと日本語版Wikipediaの記事は伝えています。寺院公式サイトによれば、現在の本堂は広さ72畳で正面に須弥壇を備え、位牌堂には全檀家の先祖と歴代住職の位牌が祀られています。境内の入口では地蔵尊が参拝者を迎え、隣接して霊園が整備されています。現住職は長年高校教師を務めた経歴を持ち、毎月の坐禅会や写経会、文化講演会、ベビーマッサージ(タッチケア)、ヨガ教室など、幅広い世代に向けた活動を続けており、本堂を趣味の発表会(音楽・落語・手芸・絵画など)の場として開放する取り組みも行われています。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 阿弥陀如来
- 宗教的意味
- 養福寺は永平寺・總持寺を両大本山とする曹洞宗の寺院ですが、本尊には阿弥陀如来を祀ります。これは慶長4年(1599年)の草創時にこの地にあった庵室が阿弥陀如来を祀っていたことに由来し、禅の修行と念仏の仏さまが一つの寺で結びついた、当寺ならではの姿です。毎月の坐禅会で「只管打坐」の教えに触れられる一方、本堂では阿弥陀如来の御前で葬儀・法要が営まれ、降誕会から成道会まで釈迦の生涯をたどる年中行事も勤められています。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
稲荷社(伏見稲荷大明神)
安政元年(1854年)、相次ぐ火災・地震から寺と村人を守り五穀豊穣を祈願するため、伏見稲荷大社から札を授かって建立されたと伝わる境内社です。毎年3月の「お稲荷様の祭典」は下本郷の人びとに受け継がれ、戦没者慰霊法要とあわせて営まれています。
山号扁額「龍祥山」と入口の地蔵尊
本堂正面には山号「龍祥山」の扁額が掲げられています。境内入口では地蔵尊が参拝者を迎え、参道沿いには石仏が並びます。2026年7月18日の現地確認で、本堂正面・参道・入口石柱・扁額・石仏列・境内掲示板を確認しています。また境内には古くから伝わる不動明王像が安置されていると伝えられます。
Database 06
年中法要
- お稲荷様の祭典・戦没者慰霊法要3月
下本郷地区に伝わる稲荷大明神の祈祷と英霊・戦没者慰霊供養の法要。寺院公式サイトによる
- 降誕会4月8日
釈迦の誕生を祝う法要。甘茶をかけ誕生仏に参拝する。寺院公式情報による
- 山門大施食会(盂蘭盆会)8月11日午前7時
お盆の大法要。檀信徒が参列すると案内されている。寺院公式情報による
- 両祖忌9月29日
道元禅師・瑩山禅師の命日法要。寺院公式情報による
- 達磨忌10月5日
達磨大師の命日法要。寺院公式情報による
- 成道会12月8日
釈迦が悟りを開いた日を記念する法要。寺院公式情報による
- 涅槃会時期未確認
釈迦の命日の法要。寺院公式サイトに記載があるが実施時期は未確認
- 坐禅会毎月1回程度
初心者対象。希望者は寺院へ問い合わせ。寺院公式サイトによる
- お寺でのんびりヨガ毎月1回程度
寺院公式サイトのお知らせ欄で毎月案内されている
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
養福寺のある下本郷は、天竜川東岸の平野に開けた集落です。『日本歴史地名大系』によれば、下本郷村は上本郷村の南にあり、中央部を僧川、西部を前野用水が南流する村で、正保年間(1644年から1648年)以前に上本郷村から分かれたと『遠江国風土記伝』に記されています。正保郷帳では幕府領で、元禄11年(1698年)からは旗本秋元氏の領地となって幕末に至りました。養福寺の再建に東海道を行き交う人びとの寄付が集められたように、この地は東海道筋の往来と結びついた村であり、寺もまたその歴史の中で育まれてきました。
安政元年(1854年)の稲荷社建立以来、毎年3月の「お稲荷様の祭典」は下本郷地区の行事として受け継がれ、家内安全・生業繁栄の祈祷と戦没者慰霊の法要が営まれています。また現在の養福寺は、坐禅会・写経会・文化講演会・ヨガ教室・ベビーマッサージなど、檀家に限らず地域の幅広い世代が集う場となっており、本堂を趣味の発表会に開放する取り組みも行われています。江戸期には村人の寄進で再建され、現代には地域の集いの場として開かれる。養福寺は400年にわたり、下本郷の人びとの暮らしとともに歩み続けている寺です。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9370
- 民間二次情報養福寺 (磐田市) - Wikipedia
山号龍祥山・本尊阿弥陀如来・慶長4年(1599年)庵室起源・享保9年(1724年)建立・文化元年と文化13年の火災・安政東海地震での倒壊・東海道の通行人への勧募による再建・2014年10月5日本堂位牌堂新築落慶法要を本文で確認。
- 宗派公式資料養福寺 - 曹洞禅ナビ(曹洞宗公式寺院ポータル)
磐田市下本郷の曹洞宗寺院としての登載(検索結果で確認)。
- 民間二次情報磐田市(静岡県)の寺院墓地|寺院墓地.com
「曹洞宗 龍祥山 養福寺」磐田市下本郷1363-1の掲載を本文で確認。山号表記の傍証。
- 寺院公式情報養福寺 - 曹洞禅ナビー寺院検索(沿革・年間行事)
寺院自身が登録する公式ポータルページ。年間行事・由緒を記載
- 寺院公式情報養福寺 - 曹洞禅ナビー寺院検索(お役立ち)
永代供養塔・動物供養墓の案内を記載
- 寺院公式情報養福寺 公式ホームページ
曹洞禅ナビに登録された公式サイトURL(今回は直接閲覧不可のためURL記録のみ)
最終更新日 2026.07.19
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この寺院について
養福寺は磐田市下本郷1363番地の1、JR東海道本線豊田町駅から徒歩10分ほどの地に所在する曹洞宗の寺院です。山号は龍祥山、本尊は阿弥陀如来で、福井県の大本山永平寺と神奈川県(横浜市鶴見区)の大本山總持寺の両大本山に連なります。寺院公式サイトによれば、慶長4年(1599年)にこの地に阿弥陀如来を祀る庵室があり、享保9年(1724年)9月に皇益蜜山(こうえきみっさん)大和尚により養福寺が正式に開かれました。
江戸後期には文化元年(1804年)と文化13年(1816年)の2度の火災、さらに安政元年(1854年)の安政東海地震による倒壊という苦難が続きましたが、そのたびに住職と村人たちが力を合わせ、東海道を行き交う人びとにも寄付を募って再建を果たしてきました。同じ年には伏見稲荷大社から札を授かって稲荷社が建立されたと伝わり、毎年3月の「お稲荷様の祭典」は今も下本郷の人びとに受け継がれています。
現在は毎月1回程度の坐禅会(初心者対象)をはじめ、写経会・文化講演会・ベビーマッサージ(タッチケア)などが開かれ、本堂・境内を広く開放する「地域に開かれた寺」としての活動が続けられています。永代供養塔や動物供養墓も設けられ、檀家に限らず幅広い相談に応じています。
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歴史と背景
慶長4年の庵室と享保9年の開創
寺院公式サイトの由緒によれば、今からおよそ400年前の慶長4年(1599年)、現在の寺地には阿弥陀如来を祀る庵室がありました。その後、享保9年(1724年)9月、皇益蜜山大和尚により養福寺が正式に開かれました。開山の皇益蜜山大和尚は元文5年(1740年)8月29日に亡くなっています。なお大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』には、下本郷の養福寺が森本の福王寺(慈現山・曹洞宗)の末寺として立項されており、井川(現静岡市葵区)の龍泉院の法系に連なる森本福王寺のもとで寺格を整えたことがうかがえます。『日本歴史地名大系』の下本郷村の項には、正保郷帳の寺領として「養福寺(現曹洞宗)領一石」がみえ、江戸前期にはすでに幕府から寺領を認められていたことが知られます。
2度の火災と安政東海地震からの再建
寺院公式サイトによれば、養福寺は文化元年(1804年)に火災に遭い、直ちに再建されたものの、文化13年(1816年)に再び本堂が焼失しました。12年間に2度の火災という打撃に加え、安政元年(1854年)の安政東海地震では堂宇が倒壊します。このとき当時の住職と村人たちは力を合わせ、東海道を行き交う人びとに1000日間にわたって寄付を募り、養福寺を再建したと伝えられています。東海道筋の村ならではの再建の物語であり、寺が村人の手で守られてきたことを物語る歴史です。
伏見稲荷の勧請とお稲荷様の祭典
安政元年(1854年)、相次ぐ火災・地震という天変地異から養福寺と村人を守り、五穀豊穣を祈願するため、京都の伏見稲荷大社から札を授かり、伏見稲荷大明神を祀る稲荷社が建立されたと寺院公式サイトは伝えています。この稲荷社の祭りは「お稲荷様の祭典」として現在も毎年3月に行われ、下本郷地区の人びとに受け継がれています。祭典では家内安全・生業繁栄などの祈祷とともに、英霊・戦没者の慰霊供養の法要も営まれ、平和への祈りが捧げられています。寺と鎮守の稲荷が一体となって集落の暮らしを守るという、江戸期以来の信仰のかたちが今日まで続いている行事です。
現代の伽藍と開かれた寺づくり
平成26年(2014年)10月5日には本堂と位牌堂の新築落慶法要が行われたと日本語版Wikipediaの記事は伝えています。寺院公式サイトによれば、現在の本堂は広さ72畳で正面に須弥壇を備え、位牌堂には全檀家の先祖と歴代住職の位牌が祀られています。境内の入口では地蔵尊が参拝者を迎え、隣接して霊園が整備されています。現住職は長年高校教師を務めた経歴を持ち、毎月の坐禅会や写経会、文化講演会、ベビーマッサージ(タッチケア)、ヨガ教室など、幅広い世代に向けた活動を続けており、本堂を趣味の発表会(音楽・落語・手芸・絵画など)の場として開放する取り組みも行われています。
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文化財・見どころ
稲荷社(伏見稲荷大明神)
安政元年(1854年)、相次ぐ火災・地震から寺と村人を守り五穀豊穣を祈願するため、伏見稲荷大社から札を授かって建立されたと伝わる境内社です。毎年3月の「お稲荷様の祭典」は下本郷の人びとに受け継がれ、戦没者慰霊法要とあわせて営まれています。
山号扁額「龍祥山」と入口の地蔵尊
本堂正面には山号「龍祥山」の扁額が掲げられています。境内入口では地蔵尊が参拝者を迎え、参道沿いには石仏が並びます。2026年7月18日の現地確認で、本堂正面・参道・入口石柱・扁額・石仏列・境内掲示板を確認しています。また境内には古くから伝わる不動明王像が安置されていると伝えられます。
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宗派と本尊を知る
養福寺は永平寺・總持寺を両大本山とする曹洞宗の寺院ですが、本尊には阿弥陀如来を祀ります。これは慶長4年(1599年)の草創時にこの地にあった庵室が阿弥陀如来を祀っていたことに由来し、禅の修行と念仏の仏さまが一つの寺で結びついた、当寺ならではの姿です。毎月の坐禅会で「只管打坐」の教えに触れられる一方、本堂では阿弥陀如来の御前で葬儀・法要が営まれ、降誕会から成道会まで釈迦の生涯をたどる年中行事も勤められています。
曹洞宗とは
曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。
教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。
檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。
阿弥陀如来という仏さま
阿弥陀如来の「阿弥陀」は「量りしれない」という意味で、限りない光(無量光)と限りない命(無量寿)を備えた仏さまであることを表します。西方の極楽浄土の教主で、はるか昔、法蔵菩薩として修行していた時に48の願を立て、なかでも第18願では、念仏する者を必ず浄土に迎え取ると誓われたと経典に説かれています。
この誓いを頼りとして「南無阿弥陀仏」と称えるのがお念仏です。浄土宗や浄土真宗など念仏の教えに立つ宗派では阿弥陀如来を本尊と仰ぎ、仏壇の中央に絵像や木像でお迎えして、朝夕のお勤めで手を合わせます。本尊のお姿は、目に見えない救いのはたらきを、私たちに受け取りやすいよう姿かたちで表したものと受け止められています。
葬儀や年忌法要、お彼岸やお盆など、亡き人を偲ぶ場面で最も身近な仏さまでもあります。亡き人を浄土に迎え取り、残された私たちをも光の中で照らし続けてくださる。そのはたらきへの感謝とともに称えるのがお念仏だと受け止められています。
参考: よくあるご質問(浄土宗 公式サイト)/ご本尊をお迎えする(真宗大谷派・東本願寺 公式サイト)/阿弥陀如来の四十八願について(浄土宗 善想寺)
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地域とのつながり
養福寺のある下本郷は、天竜川東岸の平野に開けた集落です。『日本歴史地名大系』によれば、下本郷村は上本郷村の南にあり、中央部を僧川、西部を前野用水が南流する村で、正保年間(1644年から1648年)以前に上本郷村から分かれたと『遠江国風土記伝』に記されています。正保郷帳では幕府領で、元禄11年(1698年)からは旗本秋元氏の領地となって幕末に至りました。養福寺の再建に東海道を行き交う人びとの寄付が集められたように、この地は東海道筋の往来と結びついた村であり、寺もまたその歴史の中で育まれてきました。
安政元年(1854年)の稲荷社建立以来、毎年3月の「お稲荷様の祭典」は下本郷地区の行事として受け継がれ、家内安全・生業繁栄の祈祷と戦没者慰霊の法要が営まれています。また現在の養福寺は、坐禅会・写経会・文化講演会・ヨガ教室・ベビーマッサージなど、檀家に限らず地域の幅広い世代が集う場となっており、本堂を趣味の発表会に開放する取り組みも行われています。江戸期には村人の寄進で再建され、現代には地域の集いの場として開かれる。養福寺は400年にわたり、下本郷の人びとの暮らしとともに歩み続けている寺です。
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年中行事・参拝の手引き
年中行事・法要
- お稲荷様の祭典・戦没者慰霊法要(3月)
下本郷地区に伝わる稲荷大明神の祈祷と英霊・戦没者慰霊供養の法要。寺院公式サイトによる
- 降誕会(4月8日)
釈迦の誕生を祝う法要。甘茶をかけ誕生仏に参拝する。寺院公式情報による
- 山門大施食会(盂蘭盆会)(8月11日午前7時)
お盆の大法要。檀信徒が参列すると案内されている。寺院公式情報による
- 両祖忌(9月29日)
道元禅師・瑩山禅師の命日法要。寺院公式情報による
- 達磨忌(10月5日)
達磨大師の命日法要。寺院公式情報による
- 成道会(12月8日)
釈迦が悟りを開いた日を記念する法要。寺院公式情報による
- 涅槃会(時期未確認)
釈迦の命日の法要。寺院公式サイトに記載があるが実施時期は未確認
- 坐禅会(毎月1回程度)
初心者対象。希望者は寺院へ問い合わせ。寺院公式サイトによる
- お寺でのんびりヨガ(毎月1回程度)
寺院公式サイトのお知らせ欄で毎月案内されている
参拝・法要で訪れる方へ
境内から入るとすぐに駐車場があり、車での参拝に対応しています(寺院公式サイトによる)。公共交通機関ではJR東海道本線豊田町駅から徒歩10分ほどです。
永代供養塔(観音像を奉安)と動物供養墓が設けられており、朝の勤行やお盆には永代供養の故人への読経供養が行われています。詳細は寺院へ直接確認してください。
行事の日時・内容は年により変わることがあります。参列を予定する際は、寺院公式サイトのお知らせ欄で最新の案内を確認してください。
- 護持会・世話人会等の名称を持つ檀家組織の有無(公式サイトでは「檀信徒」の語で言及)
- 涅槃会の実施時期
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
07
よくある質問
- 養福寺の読み方と山号は?
-
「ようふくじ」と読みます。山号は龍祥山で、本堂正面に山号の扁額が掲げられています。
本文「この寺院について」を読む - 宗派と本尊は?
-
永平寺・總持寺を両大本山とする曹洞宗です。本尊は阿弥陀如来で、慶長4年(1599年)の草創時の庵室が阿弥陀如来を祀っていたことに由来します。
本文「宗派と本尊」を読む - いつ開かれたお寺ですか?
-
慶長4年(1599年)に阿弥陀如来を祀る庵室として始まり、享保9年(1724年)9月に皇益蜜山大和尚により正式に開かれました。開山の皇益蜜山大和尚は元文5年(1740年)に亡くなっています。
本文「歴史と背景」を読む - 火事や地震に遭ったと聞きましたが?
-
文化元年(1804年)と文化13年(1816年)の2度の火災で本堂が焼失し、安政元年(1854年)の安政東海地震でも倒壊しました。住職と村人が力を合わせ、東海道を行き交う人びとに1000日間寄付を募って再建したと伝えられています。
本文「歴史と背景」を読む - 坐禅会には誰でも参加できますか?
-
初心者を主な対象として毎月1回程度開かれており、希望する方は寺院へ問い合わせるよう案内されています。写経会や文化講演会、ヨガ教室なども開催されています。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む - 永代供養やペットの供養はできますか?
-
様々な事情でお墓を持てない方のための永代供養塔(観音像を奉安)と、動物供養墓が設けられています。朝の勤行やお盆には読経供養が行われています。詳細は寺院へ直接確認してください。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む - お稲荷様の祭典とは何ですか?
-
安政元年(1854年)に伏見稲荷大社から札を授かって建立されたと伝わる境内の稲荷社の祭典で、毎年3月に行われます。家内安全・生業繁栄の祈祷とともに戦没者慰霊の法要も営まれ、下本郷地区の人びとに受け継がれています。
本文「地域とのつながり」を読む
08
写真で見る境内
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9370。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照
- 民間二次情報 養福寺 (磐田市) - Wikipedia
2014年10月5日の本堂・位牌堂新築落慶法要、境内の不動明王像の記載を確認(発見用。由緒は寺院公式サイトで裏取り済み)
- 宗派公式資料 養福寺 - 曹洞禅ナビ(曹洞宗公式寺院ポータル)
磐田市下本郷の曹洞宗寺院としての登載を確認
- 民間二次情報 磐田市(静岡県)の寺院墓地|寺院墓地.com
「曹洞宗 龍祥山 養福寺」磐田市下本郷1363-1の掲載を本文で確認。山号表記の傍証
- 寺院公式情報 養福寺 - 曹洞禅ナビー寺院検索(沿革・年間行事)
寺院自身が登録する公式ポータルページ。年間行事・由緒の記載を確認
- 寺院公式情報 養福寺 - 曹洞禅ナビー寺院検索(お役立ち)
永代供養塔・動物供養墓の案内を確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ(トップ・お知らせ)
住職挨拶(高校教師の経歴・心の空洞化への取り組み)、毎月の坐禅会・お寺でのんびりヨガ等の開催案内を本文で確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ「養福寺について」
慶長4年(1599年)の庵室、享保9年(1724年)9月の皇益蜜山大和尚による開創、文化元年・文化13年の火災、安政元年の地震倒壊と東海道での1000日間の寄付による再建、伏見稲荷勧請と稲荷社建立、毎年3月のお稲荷様の祭典、本尊阿弥陀如来、開山皇益蜜山大和尚(元文5年8月29日寂)を確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ「年間行事のご案内」
坐禅会(毎月1回程度・初心者対象)、お稲荷様の祭典と戦没者慰霊法要、降誕会、盂蘭盆会山門大施食会(午前7時開始・檀信徒参列)、両祖忌、達磨忌、成道会、涅槃会、本堂開放(趣味の発表会等)の案内を確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ「境内施設のご案内」
本尊阿弥陀如来の解説、広さ72畳の本堂と須弥壇、全檀家の先祖と歴代住職の位牌を祀る位牌堂、境内入口の地蔵尊、駐車場、隣接する霊園を確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ「ご葬儀・永代供養、ペットのご供養」
本堂(最大100名)・位牌堂(最大30名)での葬儀告別式、永代供養塔(観音像奉安)と朝の勤行・お盆の読経供養、動物供養墓、墓地分譲の案内を確認
- 寺院公式情報 養福寺 公式ホームページ「養福寺への行き方」
所在地(磐田市下本郷1363-1)、JR豊田町駅から徒歩10分、境内すぐの駐車場を確認
- 郷土資料 コトバンク「下本郷村」(日本歴史地名大系)
上本郷村の南・僧川と前野用水の流路、正保以前の分村(『遠江国風土記伝』)、正保郷帳の「養福寺(現曹洞宗)領一石」、元禄11年以降の旗本秋元領を確認
- 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡編(1921年)
国立国会図書館デジタルコレクション。下本郷の養福寺が森本の福王寺の末寺として立項されていることを確認
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
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