見付地区・現存

大見寺

だいけんじ

ページ充実度 充実 最終確認 2026.07.19

大見寺(だいけんじ)は、静岡県磐田市見付2510番地の1に所在する浄土宗の現存する寺院です。大見寺(日照山光明院大見寺)は磐田市見付にある浄土宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来立像です。創建は鎌倉時代に遡ると伝えられ、境内一帯は今川氏時代に遠江支配の拠点となった見付端城の跡地で、周囲に土塁の一部が残ります。

別称・関連名称日照山光明院大見寺

寺院名
大見寺
地区
見付
住所
静岡県磐田市見付2510番地の1
宗派
浄土宗

Basic Information

基本情報

ATAWI TEMPLEは各寺院の公式サイトではありません。
寺院名
大見寺
読み方
だいけんじ
地区
見付
宗派
浄土宗
ご本尊(資料上)
阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)
ご本尊の現在の確認状況
公開資料で確認済み
住所
静岡県磐田市見付2510番地の1
Googleマップ
Googleマップで開く
寺院公式サイト
未確認
電話番号
未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
法要・参拝情報
1件の年中行事・法要情報を掲載
駐車場情報
確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
アクセス・交通手段
確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
周辺の目印
確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
文化財・特記事項
大見寺の境内・寺号標
最終確認日
2026.07.12

不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ

法要や墓参りで帰省される方へ

法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。

結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。

法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

大見寺本堂正面
現地写真・本堂・堂宇
大見寺境内、本堂と朱塗りの鳥居のある境内社
本堂・堂宇
大見寺の山門
入口・石標
境内の石碑と地蔵尊像
石造物・手水
本堂軒下の扁額
説明板・案内板
「大見寺三十五世 乗誉一海晋山記念」の石碑
説明板・案内板
宗派浄土宗
創建・年代開山は法蓮社誠誉演甫上人。宗派資料の創建年次欄は「正和四年(1345)」と表記されるが、正和4年は西暦1315年にあたり年号と西暦が一致しないため要確認
本尊阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)
墓地調査中
文化財・史跡調査中
所在地見付・磐田市

Database 01

寺院概要

山号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
院号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
寺号
大見寺
宗派
浄土宗
本尊
阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)
創建
開山は法蓮社誠誉演甫上人。宗派資料の創建年次欄は「正和四年(1345)」と表記されるが、正和4年は西暦1315年にあたり年号と西暦が一致しないため要確認
開山
調査中(確認できた情報から順次更新します)
開基
調査中(確認できた情報から順次更新します)
所在地
静岡県磐田市見付2510番地の1
地区
見付

Database 02

沿革

創建と見付端城

現地案内板をもとにした郷土サイトによれば、大見寺の創建は鎌倉時代にまで遡ると伝えられます。今川氏の支配下では当地に見付端城が築かれ、遠江支配の拠点となりました。永禄12年(1569年)に徳川家康が遠江に侵攻するとその役割は終わりましたが、現在でも境内の周囲には土塁の一部が残っています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介では、開山上人を法蓮社誠誉演甫上人と記し、寺宝として元禄時代の境内絵図面が伝わるとしています。

良純法親王供養塔と徳翁院との縁

11世の呑誉禿翁上人は、後陽成天皇の第8皇子である良純法親王の弟子だった人物と伝えられ、親王の死後に分骨を賜り境内に供養塔を建立したと紹介されています。また呑誉禿翁上人は、同じ見付の浄土宗寺院・徳翁院の開山上人でもあります。

鳥人幸吉(浮田幸吉)の墓

江戸時代中期の天明6年(1786年)に岡山で日本初期の人力滑空を試みたと伝わる浮田幸吉は、その咎で所払いとなり、駿府でも再び空を飛んで追放された後、見付宿に移り住んで飯屋を営んだと伝えられます。中遠地域の広域行政組合が公開する郷土読み物(『磐田ものがたり』より)によれば、幸吉は弘化4年(1847年)8月21日に90歳で没し、二番町の大見寺墓地に「演誉清岳信士」と刻まれた墓石が現存し、過去帳にも記載されているとされます。境内には幸吉の飛行機の模型(実物の約2分の1)も置かれています。

誠誉演甫上人の開山と創建年の謎

浄土宗の公式寺院検索には、山号を日照山、院号を光明院として登録されています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によると、開山は法蓮社誠誉演甫上人で、創建年次の欄には「正和四年(1345)」と記されています。ただし正和4年は西暦1315年にあたり、1345年は興国6年・康永4年にあたるため、年号と西暦のどちらが正しいかは資料上確認できません。いずれにしても鎌倉時代末期から南北朝時代にさかのぼる古い草創が伝えられています。

運慶作と伝える本尊と元禄の境内絵図面

本尊は阿弥陀如来立像で、宗派資料では運慶作と記されています。寺宝としてはこのほかに元禄時代の境内絵図面が保管されており、江戸時代中期の伽藍の姿を知る手がかりとなっています。年中行事は元旦の修正会、3月の御忌会、8月9日の施餓鬼会、10月の十夜法要で、毎週火曜には吉水流の詠唱が行われています。

公開資料の限界と確認順序

大見寺のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。

Database 03

歴代住職

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 04

本尊

本尊名
阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)
宗教的意味
大見寺は浄土宗として記録されます。本尊については「阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。
由来
調査中(確認できた情報から順次更新します)
安置場所
調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 05

寺宝・文化財

現地確認資料

大見寺の境内・寺号標

2026-07-19までの現地写真整理で、大見寺の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。

Database 06

年中法要

  • 年中行事

    修正会(元旦)、御忌会(3月)、施餓鬼会(8月9日)、十夜法要(10月)、詠唱(毎週火曜)

Database 07

墓地情報

調査中(確認できた情報から順次更新します)

一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

Database 08

檀家地域

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 09

地域との関係

大見寺の所在地である見付は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。見付地区は、遠江国府、遠江国分寺、東海道見付宿の記憶が重なる磐田市中心部の歴史地区です。寺院は旧街道、宿場、国府関連の史跡、近世の町場と結びついて分布し、時宗、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗など宗派も多様です。この整理では、寺院名・住所・宗派に加え、文化財、旧地名、磐田物語の記事との関係を確認しながら、見付周辺のお寺を体系的に整理します。

大見寺は、静岡県磐田市見付2510番地の1という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。

今後は、宗派資料の開基年次「正和四年(1345)」の表記矛盾(正和4年=1315年)を寺院・宗派資料で確認する、本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」という記載の典拠と学術的評価を確認する、見付端城の土塁遺構の現況と市の遺跡台帳上の扱いを確認する、良純法親王供養塔の現地確認と分骨伝承の典拠調査を確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。

大見寺については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。

見付地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。

大見寺(だいけんじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9063(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡教区浄土宗青年会「145 大見寺 磐田市見付」では山号院号(日照山光明院)、本尊阿弥陀如来立像(運慶作と表記)、開山法蓮社誠誉演甫上人、開基年次「正和四年(1345)」、寺宝の境内絵図面(元禄時代)を確認。浄土宗 寺院検索「大見寺」では浄土宗寺院であること、山号「日照山」・院号「光明院」、所在地(磐田市見付2510-1-1)を確認。静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」では鎌倉時代創建の伝承、見付端城と土塁、永禄12年(1569)家康侵攻、11代呑誉禿翁と良純親王供養塔、浮田幸吉の菩提寺、山門・本堂の建築形式を確認(典拠は磐田市教育委員会文化財課の現地案内板と明記)。中遠昔ばなし 第89話「鳥人幸吉の墓(磐田市)」(中遠地域広域行政組合系サイト)では浮田幸吉の経歴(天明6年の滑空、駿府追放、見付宿で飯屋)、弘化4年(1847)8月21日に90歳で死去、二番町大見寺墓地の「演誉清岳信士」の墓石と過去帳記載、境内の2分の1模型を確認(出典『磐田ものがたり』)。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。

今後の確認事項として、宗派資料の開基年次「正和四年(1345)」の表記矛盾(正和4年=1315年)を寺院・宗派資料で確認する、本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」という記載の典拠と学術的評価を確認する、見付端城の土塁遺構の現況と市の遺跡台帳上の扱いを確認する、良純法親王供養塔の現地確認と分骨伝承の典拠調査、寺宝「境内絵図面(元禄時代)」の内容確認が残ります。これらは本文で推測して埋めるのではなく、寺院公式、宗派資料、郷土資料、現地の碑文や聞き取りで裏取りしてから追記すべき項目です。未確認事項を明示することは、檀家や地域の人が後から情報を補える余地を残すためにも大切です。

大見寺では、現在の住所表示だけでなく、古い資料に出る旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合して読みます。寺院は地図上の一点ではなく、檀家の墓参、村の講、学校や集会、川や街道に沿った生活圏と結び付いてきました。名称や所在地が同じように見える寺院が他地域にある場合でも、住所・宗派・出典の組み合わせを確認することで、同名寺院の混同を避けられます。

大見寺(だいけんじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。いわた文化財だより第232号では令和6年7月発行。企画展「磐田の城と戦国大名―今川から徳川へ―」の紹介中で「大見寺絵図(見付古城図)【大見寺所蔵】」として掲載。いわた文化財だより第247号では令和7年10月発行。磐田市歴史文書館第29回企画展関連イベント「見付宿を歩こう」の予定コースに大見寺を掲載。現地写真(2026年撮影)では大見寺の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照。開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)では承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認。知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)では知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。

Database 11

出典・更新記録

  1. 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9063

  2. 宗派公式資料静岡教区浄土宗青年会「145 大見寺 磐田市見付」

    山号院号(日照山光明院)、本尊阿弥陀如来立像(運慶作と表記)、開山法蓮社誠誉演甫上人、開基年次「正和四年(1345)」、寺宝の境内絵図面(元禄時代)を確認

  3. 宗派公式資料浄土宗 寺院検索「大見寺」

    浄土宗寺院であること、山号「日照山」・院号「光明院」、所在地(磐田市見付2510-1-1)を確認

  4. 民間二次情報静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」

    鎌倉時代創建の伝承、見付端城と土塁、永禄12年(1569)家康侵攻、11代呑誉禿翁と良純親王供養塔、浮田幸吉の菩提寺、山門・本堂の建築形式を確認(典拠は磐田市教育委員会文化財課の現地案内板と明記)

  5. 郷土資料中遠昔ばなし 第89話「鳥人幸吉の墓(磐田市)」(中遠地域広域行政組合系サイト)

    浮田幸吉の経歴(天明6年の滑空、駿府追放、見付宿で飯屋)、弘化4年(1847)8月21日に90歳で死去、二番町大見寺墓地の「演誉清岳信士」の墓石と過去帳記載、境内の2分の1模型を確認(出典『磐田ものがたり』)

  6. 行政・公的資料いわた文化財だより第232号

    令和6年7月発行。企画展「磐田の城と戦国大名―今川から徳川へ―」の紹介中で「大見寺絵図(見付古城図)【大見寺所蔵】」として掲載。

  7. 行政・公的資料いわた文化財だより第247号

    令和7年10月発行。磐田市歴史文書館第29回企画展関連イベント「見付宿を歩こう」の予定コースに大見寺を掲載。

最終更新日 2026.07.19

01

この寺院について

大見寺は見付地区の浄土宗です。所在地は静岡県磐田市見付2510番地の1。別称・山号として日照山光明院大見寺が記録されています。宗教法人名簿上の所在地と寺院データの所在地を照合し、現存寺院として扱います。

大見寺(日照山光明院大見寺)は磐田市見付にある浄土宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来立像です。創建は鎌倉時代に遡ると伝えられ、境内一帯は今川氏時代に遠江支配の拠点となった見付端城の跡地で、周囲に土塁の一部が残ります。江戸時代中期に人力飛行を試みた「鳥人幸吉」こと浮田幸吉の墓があることでも知られます。創建・草創については、開山は法蓮社誠誉演甫上人。宗派資料の創建年次欄は「正和四年(1345)」と表記されるが、正和4年は西暦1315年にあたり年号と西暦が一致しないため要確認と整理されています。

調査状況は「現地写真あり」です。本ページでは、出典で確認できる事実、寺伝として扱うべき伝承、未確認の論点を分け、檀家・地域の記憶をたどるための入口として整理します。

02

歴史と背景

創建と見付端城

現地案内板をもとにした郷土サイトによれば、大見寺の創建は鎌倉時代にまで遡ると伝えられます。今川氏の支配下では当地に見付端城が築かれ、遠江支配の拠点となりました。永禄12年(1569年)に徳川家康が遠江に侵攻するとその役割は終わりましたが、現在でも境内の周囲には土塁の一部が残っています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介では、開山上人を法蓮社誠誉演甫上人と記し、寺宝として元禄時代の境内絵図面が伝わるとしています。

良純法親王供養塔と徳翁院との縁

11世の呑誉禿翁上人は、後陽成天皇の第8皇子である良純法親王の弟子だった人物と伝えられ、親王の死後に分骨を賜り境内に供養塔を建立したと紹介されています。また呑誉禿翁上人は、同じ見付の浄土宗寺院・徳翁院の開山上人でもあります。

鳥人幸吉(浮田幸吉)の墓

江戸時代中期の天明6年(1786年)に岡山で日本初期の人力滑空を試みたと伝わる浮田幸吉は、その咎で所払いとなり、駿府でも再び空を飛んで追放された後、見付宿に移り住んで飯屋を営んだと伝えられます。中遠地域の広域行政組合が公開する郷土読み物(『磐田ものがたり』より)によれば、幸吉は弘化4年(1847年)8月21日に90歳で没し、二番町の大見寺墓地に「演誉清岳信士」と刻まれた墓石が現存し、過去帳にも記載されているとされます。境内には幸吉の飛行機の模型(実物の約2分の1)も置かれています。

誠誉演甫上人の開山と創建年の謎

浄土宗の公式寺院検索には、山号を日照山、院号を光明院として登録されています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によると、開山は法蓮社誠誉演甫上人で、創建年次の欄には「正和四年(1345)」と記されています。ただし正和4年は西暦1315年にあたり、1345年は興国6年・康永4年にあたるため、年号と西暦のどちらが正しいかは資料上確認できません。いずれにしても鎌倉時代末期から南北朝時代にさかのぼる古い草創が伝えられています。

運慶作と伝える本尊と元禄の境内絵図面

本尊は阿弥陀如来立像で、宗派資料では運慶作と記されています。寺宝としてはこのほかに元禄時代の境内絵図面が保管されており、江戸時代中期の伽藍の姿を知る手がかりとなっています。年中行事は元旦の修正会、3月の御忌会、8月9日の施餓鬼会、10月の十夜法要で、毎週火曜には吉水流の詠唱が行われています。

公開資料の限界と確認順序

大見寺のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。

03

文化財・見どころ

現地確認資料

大見寺の境内・寺号標

2026-07-19までの現地写真整理で、大見寺の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。

04

宗派と本尊を知る

大見寺は浄土宗として記録されます。本尊については「阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。

浄土宗とは

浄土宗は、法然上人が承安5年(1175年)に開いた宗派です。43歳で比叡山を下りた法然上人は、京都東山の吉水に草庵を結び、阿弥陀仏の本願を信じて「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えれば誰もが救われるという専修念仏の教えを説き広めました。総本山は、法然上人が晩年を過ごされた吉水の地に建つ京都の知恩院です。

教えの要は、特別な修行や学問ができなくても、お念仏ひとつで阿弥陀仏の極楽浄土に往生できるという点にあります。身分や境遇を問わないこの教えは、鎌倉時代以来、多くの人々の心のよりどころとなってきました。法然上人の教えの核心は、主著「選択本願念仏集」にまとめられています。

檀家の法要では、木魚に合わせて参列者も一緒にお念仏を唱和するのが浄土宗らしいひとときです。葬儀や年回法要でも、故人が極楽浄土へ往生することを願ってお念仏が重ねられます。10回のお念仏「十念」を大切にするなど、日々の暮らしの中でお念仏に親しむ工夫が伝えられています。

参考: 開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)

阿弥陀如来という仏さま

阿弥陀如来の「阿弥陀」は「量りしれない」という意味で、限りない光(無量光)と限りない命(無量寿)を備えた仏さまであることを表します。西方の極楽浄土の教主で、はるか昔、法蔵菩薩として修行していた時に48の願を立て、なかでも第18願では、念仏する者を必ず浄土に迎え取ると誓われたと経典に説かれています。

この誓いを頼りとして「南無阿弥陀仏」と称えるのがお念仏です。浄土宗や浄土真宗など念仏の教えに立つ宗派では阿弥陀如来を本尊と仰ぎ、仏壇の中央に絵像や木像でお迎えして、朝夕のお勤めで手を合わせます。本尊のお姿は、目に見えない救いのはたらきを、私たちに受け取りやすいよう姿かたちで表したものと受け止められています。

葬儀や年忌法要、お彼岸やお盆など、亡き人を偲ぶ場面で最も身近な仏さまでもあります。亡き人を浄土に迎え取り、残された私たちをも光の中で照らし続けてくださる。そのはたらきへの感謝とともに称えるのがお念仏だと受け止められています。

参考: よくあるご質問(浄土宗 公式サイト)ご本尊をお迎えする(真宗大谷派・東本願寺 公式サイト)阿弥陀如来の四十八願について(浄土宗 善想寺)

05

地域とのつながり

大見寺の所在地である見付は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。見付地区は、遠江国府、遠江国分寺、東海道見付宿の記憶が重なる磐田市中心部の歴史地区です。寺院は旧街道、宿場、国府関連の史跡、近世の町場と結びついて分布し、時宗、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗など宗派も多様です。この整理では、寺院名・住所・宗派に加え、文化財、旧地名、磐田物語の記事との関係を確認しながら、見付周辺のお寺を体系的に整理します。

大見寺は、静岡県磐田市見付2510番地の1という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。

今後は、宗派資料の開基年次「正和四年(1345)」の表記矛盾(正和4年=1315年)を寺院・宗派資料で確認する、本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」という記載の典拠と学術的評価を確認する、見付端城の土塁遺構の現況と市の遺跡台帳上の扱いを確認する、良純法親王供養塔の現地確認と分骨伝承の典拠調査を確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。

大見寺については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。

見付地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。

大見寺(だいけんじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9063(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡教区浄土宗青年会「145 大見寺 磐田市見付」では山号院号(日照山光明院)、本尊阿弥陀如来立像(運慶作と表記)、開山法蓮社誠誉演甫上人、開基年次「正和四年(1345)」、寺宝の境内絵図面(元禄時代)を確認。浄土宗 寺院検索「大見寺」では浄土宗寺院であること、山号「日照山」・院号「光明院」、所在地(磐田市見付2510-1-1)を確認。静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」では鎌倉時代創建の伝承、見付端城と土塁、永禄12年(1569)家康侵攻、11代呑誉禿翁と良純親王供養塔、浮田幸吉の菩提寺、山門・本堂の建築形式を確認(典拠は磐田市教育委員会文化財課の現地案内板と明記)。中遠昔ばなし 第89話「鳥人幸吉の墓(磐田市)」(中遠地域広域行政組合系サイト)では浮田幸吉の経歴(天明6年の滑空、駿府追放、見付宿で飯屋)、弘化4年(1847)8月21日に90歳で死去、二番町大見寺墓地の「演誉清岳信士」の墓石と過去帳記載、境内の2分の1模型を確認(出典『磐田ものがたり』)。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。

今後の確認事項として、宗派資料の開基年次「正和四年(1345)」の表記矛盾(正和4年=1315年)を寺院・宗派資料で確認する、本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」という記載の典拠と学術的評価を確認する、見付端城の土塁遺構の現況と市の遺跡台帳上の扱いを確認する、良純法親王供養塔の現地確認と分骨伝承の典拠調査、寺宝「境内絵図面(元禄時代)」の内容確認が残ります。これらは本文で推測して埋めるのではなく、寺院公式、宗派資料、郷土資料、現地の碑文や聞き取りで裏取りしてから追記すべき項目です。未確認事項を明示することは、檀家や地域の人が後から情報を補える余地を残すためにも大切です。

大見寺では、現在の住所表示だけでなく、古い資料に出る旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合して読みます。寺院は地図上の一点ではなく、檀家の墓参、村の講、学校や集会、川や街道に沿った生活圏と結び付いてきました。名称や所在地が同じように見える寺院が他地域にある場合でも、住所・宗派・出典の組み合わせを確認することで、同名寺院の混同を避けられます。

大見寺(だいけんじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。いわた文化財だより第232号では令和6年7月発行。企画展「磐田の城と戦国大名―今川から徳川へ―」の紹介中で「大見寺絵図(見付古城図)【大見寺所蔵】」として掲載。いわた文化財だより第247号では令和7年10月発行。磐田市歴史文書館第29回企画展関連イベント「見付宿を歩こう」の予定コースに大見寺を掲載。現地写真(2026年撮影)では大見寺の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照。開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)では承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認。知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)では知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。

06

年中行事・参拝の手引き

年中行事・法要

  • 年中行事

    修正会(元旦)、御忌会(3月)、施餓鬼会(8月9日)、十夜法要(10月)、詠唱(毎週火曜)

参拝・法要で訪れる方へ

駐車場については、駐車場利用可との記載が浄土宗寺院検索(宗派公式)にある

法要・墓参・年中行事の具体的な日程は、公開資料だけで断定せず、寺院または檀家関係者に確認してください。

調査中の項目
  • 宗派資料の開基年次「正和四年(1345)」の表記矛盾(正和4年=1315年)を寺院・宗派資料で確認する
  • 本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」という記載の典拠と学術的評価を確認する
  • 見付端城の土塁遺構の現況と市の遺跡台帳上の扱いを確認する
  • 良純法親王供養塔の現地確認と分骨伝承の典拠調査
  • 寺宝「境内絵図面(元禄時代)」の内容確認
  • 浮田幸吉の見付での事績について磐田市誌・展示資料を確認する
  • 創建年「正和四年(1345)」の年号・西暦の矛盾を磐田市誌等の地誌で確認する
  • 本尊阿弥陀如来立像の「運慶作」伝承の裏付け(文化財指定の有無等)を確認する
  • 大見寺の法要・墓地・護持会・地域行事について、寺院公式・現地掲示・檀家関係者への確認が必要です。

行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

07

よくある質問

大見寺の読み方は?

「だいけんじ」と読みます。寺院名の表記は資料により旧字体・別称を伴う場合があるため、本文では確認できる表記を併記します。

本文「この寺院について」を読む
大見寺の宗派は?

浄土宗として整理しています。宗派は県の宗教法人名簿や宗派公式情報を優先して確認します。

本文「宗派と本尊」を読む
大見寺の所在地は?

静岡県磐田市見付2510番地の1です。古い資料では旧村名や字名で記録される場合があるため、現在の住所表示と照合して読む必要があります。

本文「この寺院について」を読む
創建や由緒は確認できますか?

開山は法蓮社誠誉演甫上人。宗派資料の創建年次欄は「正和四年(1345)」と表記されるが、正和4年は西暦1315年にあたり年号と西暦が一致しないため要確認と整理されています。由緒に伝承が含まれる場合は、郷土資料や現地資料で確認できる範囲を本文に反映しています。

本文「歴史と背景」を読む
地域との関わりは?

大見寺は見付地区の寺院として、旧村名、街道、川、学校史、寺院本末関係などの地域史とあわせて読む必要があります。

本文「地域とのつながり」を読む
本尊は何ですか?

阿弥陀如来立像(宗派資料では「運慶作」と記されるが、伝承の域を出ない可能性があり要確認)と記録されています。ただし現在の安置状況は、寺院公式または現地確認での照合が必要です。

本文「宗派と本尊」を読む
情報が少ない場合はどう扱いますか?

公開資料で確認できない事項は推測で埋めず、未確認として残します。名称・所在地・宗派など確認済みの基礎情報を軸に、郷土資料や現地確認で補う方針です。

本文「この寺院について」を読む

08

写真で見る境内

大見寺本堂正面
本堂・堂宇 大きな屋根を持つ本堂正面。向拝の彫刻や扁額があり、石段前に一対の灯籠が置かれている。
大見寺境内、本堂と朱塗りの鳥居のある境内社
本堂・堂宇 本堂前の境内。朱塗りの鳥居と小さな社殿を構える境内社、石碑や手水鉢、灯籠などが並ぶ。
大見寺の山門
入口・石標 瓦屋根の山門。右手に寺号を刻んだ石柱、左手に案内板が立ち、門の奥に本堂の屋根が見える。
境内の石碑と地蔵尊像
石造物・手水 境内に建つ大きな自然石の石碑。手前には赤い頭巾と前掛けを着けた地蔵尊の石像が置かれている。
本堂軒下の扁額
説明板・案内板 本堂正面の軒下に掲げられた木製の扁額。彫刻の施された組物や垂木とともに撮影されている。
「大見寺三十五世 乗誉一海晋山記念」の石碑
説明板・案内板 「大見寺三十五世 乗誉一海晋山記念 平成四年三月 檀信徒一同」と刻まれた石版。
「大見寺の文化財」案内板
説明板・案内板 境内にある磐田市文化財課の案内板。見付端城の土塁や、良純法親王供養塔、鳥人・幸吉の墓についての説明と、元禄11年(1698)の大見寺絵図が掲載されている。
参道から見た本堂
境内全景 松の木や墓石が並ぶ参道から見た本堂と朱塗りの鳥居。

09

出典・参考資料

  1. 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9063(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)

  2. 宗派公式資料 静岡教区浄土宗青年会「145 大見寺 磐田市見付」

    山号院号(日照山光明院)、本尊阿弥陀如来立像(運慶作と表記)、開山法蓮社誠誉演甫上人、開基年次「正和四年(1345)」、寺宝の境内絵図面(元禄時代)を確認

  3. 宗派公式資料 浄土宗 寺院検索「大見寺」

    浄土宗寺院であること、山号「日照山」・院号「光明院」、所在地(磐田市見付2510-1-1)を確認

  4. 民間二次情報 静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」

    鎌倉時代創建の伝承、見付端城と土塁、永禄12年(1569)家康侵攻、11代呑誉禿翁と良純親王供養塔、浮田幸吉の菩提寺、山門・本堂の建築形式を確認(典拠は磐田市教育委員会文化財課の現地案内板と明記)

  5. 郷土資料 中遠昔ばなし 第89話「鳥人幸吉の墓(磐田市)」(中遠地域広域行政組合系サイト)

    浮田幸吉の経歴(天明6年の滑空、駿府追放、見付宿で飯屋)、弘化4年(1847)8月21日に90歳で死去、二番町大見寺墓地の「演誉清岳信士」の墓石と過去帳記載、境内の2分の1模型を確認(出典『磐田ものがたり』)

  6. 行政・公的資料 いわた文化財だより第232号

    令和6年7月発行。企画展「磐田の城と戦国大名―今川から徳川へ―」の紹介中で「大見寺絵図(見付古城図)【大見寺所蔵】」として掲載。

  7. 行政・公的資料 いわた文化財だより第247号

    令和7年10月発行。磐田市歴史文書館第29回企画展関連イベント「見付宿を歩こう」の予定コースに大見寺を掲載。

  8. 現地確認 現地写真(2026年撮影)

    大見寺の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照

  9. 宗派公式資料 開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)

    承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認

  10. 本山公式資料 知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)

    知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認

  11. 宗派公式資料 よくあるご質問(浄土宗 公式サイト)

    阿弥陀さま=量りしれない光と命の仏、念仏の功徳、極楽浄土に迎え取る救いの説明を確認

  12. 宗派公式資料 ご本尊をお迎えする(真宗大谷派・東本願寺 公式サイト)

    本尊が阿弥陀如来であること、仏壇中央への安置と日々のお勤めの位置付けを確認

  13. 寺院公式 阿弥陀如来の四十八願について(浄土宗 善想寺)

    法蔵菩薩の48願、第18願(念仏往生)の内容を確認

  14. 地域資料 磐田市観光協会「遠江国はじまりの地 磐田に刻まれた歴史をたどる旅」

    見付宿が東海道五十三次の28番目の宿場で、遠江国府・遠江国分寺の置かれた地域であることを確認

  15. 行政・文化財情報 旧見付学校附磐田文庫(旧見付学校)|磐田市公式ウェブサイト

    旧見付学校の明治8年開校、国指定史跡としての位置づけを確認

  16. 行政・公的資料 磐田市公式サイト「磐田市の概要」

    磐田市域の歴史的背景、遠江国府・遠江国分寺・見付宿などの地域文脈を確認

  17. 行政・公的資料 磐田市文化財保存活用地域計画(令和6年9月)

    地区ごとの歴史文化のまとまり、文化財・未指定文化財の整理方針を確認

  18. 公的機関資料 宗務行政の概要(文化庁)

    宗教法人制度と宗教年鑑の位置づけを確認

  19. 法令 宗教法人法(e-Gov法令検索)

    宗教法人の制度上の位置づけを確認

For Families

このお寺が菩提寺のご家族へ

菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。

法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。

  • お墓の場所
  • 墓地の区画
  • 次回の法要
  • 仏壇の場所
  • 位牌の有無
  • お寺からの連絡を受ける人
  • お寺の連絡先
  • 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
  • 実家の名義
  • 実家を今後誰が管理するか
家族で確認しておきたいことを見る →

Next Step

次に確認しておきたいこと

Same Area

同じ地区の寺院

見付地区の寺院をもっと見る

Same Sect

同じ宗派・関連法人の寺院

磐田市の浄土宗の寺院一覧