豊岡地区・現存
妙満寺
みょうまんじ
妙満寺(みょうまんじ)は、磐田市上野部(旧磐田郡豊岡村域)にある日蓮宗の寺院です。『静岡県磐田郡誌』によれば、浜松の古刹・妙恩寺の末寺で、妙恩寺第13世日閑の草創と伝わります。天竜川扇頂部の左岸、天竜浜名湖鉄道上野部駅にほど近い集落に位置し、磐田市内の日蓮宗5か寺の中で最も北にあって、法華の教えを守り伝えてきた寺院です。
- 寺院名
- 妙満寺
- 地区
- 豊岡
- 住所
- 静岡県磐田市上野部738番地
- 宗派
- 日蓮宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 妙満寺
- 読み方
- みょうまんじ
- 地区
- 豊岡
- 宗派
- 日蓮宗
- ご本尊(資料上)
- 調査中・加筆待ち
- ご本尊の現在の確認状況
- 未確認
- 住所
- 静岡県磐田市上野部738番地
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 未確認
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 未確認(寺院へご確認ください)
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 確認中(文化財・札所・境内の見どころを調査中)
- 最終確認日
- 2026.07.19
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 妙満寺
- 宗派
- 日蓮宗
- 本尊
- 未確認
- 創建
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市上野部738番地
- 地区
- 豊岡
Database 02
沿革
『静岡県磐田郡誌』にみえる由緒
妙満寺の由緒を伝える現存最古級の公刊資料は、大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』です。同郡誌の日蓮宗寺院の項には、「妙満寺(野部村)」として「野部村上野部字栗下に在り。浜名郡和田村橋羽妙恩寺末にして」本尊を安置し、「妙恩寺第13世日閑の草創なりといふ」と記されています。妙恩寺の歴代住職が天竜川を越えた対岸の野部郷に末寺を開いたという由緒は、日蓮宗の教線が浜松側から天竜川左岸の村々へ延びていったことを示しています。なお草創年代について同郡誌の刊本は「宝永十七年」と記しますが、宝永は8年(1711年)までしかなく、この年代表記には疑義があります(応永・寛永などの誤植の可能性)。草創年代の確定は今後の調査課題です。
本寺・妙恩寺と日蓮宗の法系
本寺の妙恩寺(はしわ妙恩寺)は、公式サイトによれば創建からおよそ700年を数える日蓮宗寺院で、日蓮聖人の孫弟子にあたる日像上人を開山とし、金原法橋と日像上人のきょうだいである妙恩尼の出会いから、金原家の屋敷内の小さな堂として始まったと伝えています。徳川家康とのゆかりでも知られる浜松の古刹です。妙満寺の草創者と伝わる日閑は、この妙恩寺の第13世にあたります。妙恩寺の歴代をめぐる公式サイトの旧記事には、第13世を円詔院日閑上人とし、野部の妙満寺を開いたとする記述があったことが検索結果上で確認できますが、当該ページは現在閲覧できないため、この点の確認は調査課題としています。
上野部村の暮らしと妙満寺
『日本歴史地名大系』の上野部村の項によれば、上野部は天竜川が山岳地帯を離れて遠州平野に流れ出ようとする扇頂部の左岸に位置し、中世野部郷の遺称地です。江戸時代のはじめは幕府領で、宝永年間からは幕府と旗本気賀近藤氏の相給、宝暦13年(1763年)からは幕府と掛川藩の相給とされました。慶長16年(1611年)の検地では高282石余、元禄郷帳では359石余、天保郷帳では384石余と村高は少しずつ増えており、天竜川沿いの村の開発が進んだことがうかがえます。また正保郷帳には上野部村の寺社領合計16石が記録されており、村内の寺社が一定の所領を保っていたことが分かります(このうち妙満寺分の有無・内訳は確認できていません)。妙満寺は、この村の法華信仰の檀家を支える寺として近世を歩んだと考えられますが、近世の寺の具体的な営みを伝える資料は確認できていません。
磐田市の日蓮宗寺院の中での位置
日蓮宗公式の全寺院マップによれば、磐田市内で同宗に包括される寺院は、妙福寺(福田)・本性寺(国府台)・玄妙寺(見付)・妙満寺(上野部)・智教院(白羽)の5か寺です。福田・白羽など海に近い南部と、見付・国府台の旧市街に対し、天竜川扇頂部の上野部に位置する妙満寺は、市内の日蓮宗寺院としては最も北にあり、旧豊岡村域では唯一の日蓮宗寺院にあたります。曹洞宗・臨済宗の寺院が大半を占める磐田市北部の山あいで、浜松の妙恩寺から届いた法華の法灯を一手に守ってきた存在といえます。
近代から磐田市へ
上野部は明治22年(1889年)に野部村の大字となり、昭和30年(1955年)に広瀬村・野部村・敷地村の合併で発足した磐田郡豊岡村に属し、平成17年(2005年)の合併で磐田市の住所表示となりました。現在の妙満寺は日蓮宗公式の全寺院マップに磐田市の寺院として掲載されており、包括宗派との関係が続いていることが確認できます。同マップには寺名・住所のみで由緒欄はなく、山号・本尊・沿革を伝える公開資料は乏しいのが現状です。当ページでは『静岡県磐田郡誌』の由緒を軸に、確認できた事実のみを記載しています。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 未確認
- 宗教的意味
- 妙満寺は日蓮宗に属し、浜松の古刹妙恩寺の末寺として、日蓮聖人の孫弟子・日像上人以来の法華の法系に連なります。妙恩寺第13世日閑の草創と伝わる由緒は、天竜川を挟んだ浜松と野部郷の行き来の中で題目の信仰がこの村へ届いたことを物語ります。上野部では曹洞宗の天龍院と並び立ち、禅と法華という2つの教えが1つの集落で受け継がれてきました。磐田市内の日蓮宗5か寺の中で最も北に位置する寺でもあります。なお本尊の形態(日蓮宗では十界曼荼羅や三宝尊など)は寺院側資料で確認できておらず、調査課題としています。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 06
年中法要
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
妙満寺のある上野部は、天竜川が山あいを抜けて遠州平野へ開ける扇頂部の左岸に位置する集落です。天竜浜名湖鉄道の上野部駅は天竜川の堤防近くにある無人駅で、駅名は旧野部の上流に位置することに由来し、夏には天竜川の鮎釣りの人々が降り立つと紹介されています。妙満寺は民間の寺院情報サイトでこの駅から徒歩3分と案内され、川沿いの集落の暮らしとともにある寺院です。
上野部の集落には妙満寺(日蓮宗)と天龍院(曹洞宗)の2か寺が並び立ちます。天龍院が掛川方面の曹洞宗の本寺と結ばれているのに対し、妙満寺は浜松の妙恩寺と結ばれており、1つの村に東西2つの方向から法系が届いていることは、天竜川扇頂部という交通の結節点に開けた上野部の性格をよく示しています。上野部駅の周辺には仏教美術を収蔵する浜名梱包輸送シルクロード・ミュージアムが所在し、令和3年(2021年)12月からは副駅名が「シルクロード上野部」となるなど、仏教文化との縁が今も続く土地柄です。
旧豊岡村域にあたる豊岡地区は、天竜川下流域左岸に広がる土地で、『日本歴史地名大系』によれば村域には約50の遺跡が登録され、天竜川左岸の段丘に立地する古墳群が主体です。昭和30年(1955年)に広瀬村・野部村・敷地村が合併して豊岡村となり、平成17年(2005年)に磐田市の一部となりました。豊岡駅北東の丘陵地帯には県西部で最大規模とされる約4,000本の豊岡梅園が広がるなど、農業と歴史の重なる地域であり、妙満寺はその北端近くで法華の灯を守ってきました。年中行事など現在の営みの詳細は確認できていませんが、宗派公式の名簿に掲載され続けていることが、上野部の檀家とともに歩む寺であることを示しています。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9394
- 宗派公式資料磐田市|日蓮宗全寺院マップ(日蓮宗ポータルサイト)
磐田市の日蓮宗寺院一覧に「妙満寺 〒438-0111 静岡県磐田市上野部738」と掲載されていることを本文で確認。
- 民間二次情報上野部 - Wikipedia
上野部地区の寺院として妙満寺(日蓮宗)が記載されていることを本文で確認。
- 行政・公的資料旧豊岡村の住所表示|磐田市公式ウェブサイト
上野部が旧豊岡村の大字であることを確認。
- 民間二次情報磐田市の寺院一覧|ホームメイト神社・寺院検索
「天竜浜名湖鉄道上野部駅から妙満寺まで徒歩3分」の掲載を本文で確認。
- 郷土資料『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編(大正10年・1921年)第13章 神社及宗教 日蓮宗寺院の項(4 妙満寺)
国立国会図書館デジタルコレクション(インターネット公開)。471コマ目の本文画像で由緒全文を確認(拡大画像で「寶永十七年」の表記も確認)。
最終更新日 2026.07.19
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01
この寺院について
妙満寺は磐田市上野部738番地に所在する日蓮宗の寺院です。日蓮宗公式ポータルサイトの全寺院マップ(磐田市)に「妙満寺 〒438-0111 静岡県磐田市上野部738」として掲載されており、宗派公式情報で日蓮宗所属が確認できます。静岡県知事所轄宗教法人名簿にも磐田市内の宗教法人として掲載されており、宗門・行政の両方の名簿でその存在が確認できます。
大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』によれば、野部村上野部字栗下に所在し、浜名郡和田村橋羽(現在の浜松市中央区天龍川町)の妙恩寺の末寺で、妙恩寺第13世日閑の草創と伝えます。本寺の妙恩寺は創建からおよそ700年を数える日蓮宗の古刹で、妙満寺は浜松側の日蓮宗法系に連なる寺院です。
民間の寺院情報サイトでは天竜浜名湖鉄道上野部駅から徒歩3分と案内されており、上野部の集落では曹洞宗の天龍院とともに村の2か寺を構成してきました。なお、妙満寺という寺号は京都市の顕本法華宗総本山妙満寺をはじめ全国に複数あり、いずれとも別の寺院です。当ページでは磐田市上野部の妙満寺に関する資料のみを扱います。
02
歴史と背景
『静岡県磐田郡誌』にみえる由緒
妙満寺の由緒を伝える現存最古級の公刊資料は、大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』です。同郡誌の日蓮宗寺院の項には、「妙満寺(野部村)」として「野部村上野部字栗下に在り。浜名郡和田村橋羽妙恩寺末にして」本尊を安置し、「妙恩寺第13世日閑の草創なりといふ」と記されています。妙恩寺の歴代住職が天竜川を越えた対岸の野部郷に末寺を開いたという由緒は、日蓮宗の教線が浜松側から天竜川左岸の村々へ延びていったことを示しています。なお草創年代について同郡誌の刊本は「宝永十七年」と記しますが、宝永は8年(1711年)までしかなく、この年代表記には疑義があります(応永・寛永などの誤植の可能性)。草創年代の確定は今後の調査課題です。
本寺・妙恩寺と日蓮宗の法系
本寺の妙恩寺(はしわ妙恩寺)は、公式サイトによれば創建からおよそ700年を数える日蓮宗寺院で、日蓮聖人の孫弟子にあたる日像上人を開山とし、金原法橋と日像上人のきょうだいである妙恩尼の出会いから、金原家の屋敷内の小さな堂として始まったと伝えています。徳川家康とのゆかりでも知られる浜松の古刹です。妙満寺の草創者と伝わる日閑は、この妙恩寺の第13世にあたります。妙恩寺の歴代をめぐる公式サイトの旧記事には、第13世を円詔院日閑上人とし、野部の妙満寺を開いたとする記述があったことが検索結果上で確認できますが、当該ページは現在閲覧できないため、この点の確認は調査課題としています。
上野部村の暮らしと妙満寺
『日本歴史地名大系』の上野部村の項によれば、上野部は天竜川が山岳地帯を離れて遠州平野に流れ出ようとする扇頂部の左岸に位置し、中世野部郷の遺称地です。江戸時代のはじめは幕府領で、宝永年間からは幕府と旗本気賀近藤氏の相給、宝暦13年(1763年)からは幕府と掛川藩の相給とされました。慶長16年(1611年)の検地では高282石余、元禄郷帳では359石余、天保郷帳では384石余と村高は少しずつ増えており、天竜川沿いの村の開発が進んだことがうかがえます。また正保郷帳には上野部村の寺社領合計16石が記録されており、村内の寺社が一定の所領を保っていたことが分かります(このうち妙満寺分の有無・内訳は確認できていません)。妙満寺は、この村の法華信仰の檀家を支える寺として近世を歩んだと考えられますが、近世の寺の具体的な営みを伝える資料は確認できていません。
磐田市の日蓮宗寺院の中での位置
日蓮宗公式の全寺院マップによれば、磐田市内で同宗に包括される寺院は、妙福寺(福田)・本性寺(国府台)・玄妙寺(見付)・妙満寺(上野部)・智教院(白羽)の5か寺です。福田・白羽など海に近い南部と、見付・国府台の旧市街に対し、天竜川扇頂部の上野部に位置する妙満寺は、市内の日蓮宗寺院としては最も北にあり、旧豊岡村域では唯一の日蓮宗寺院にあたります。曹洞宗・臨済宗の寺院が大半を占める磐田市北部の山あいで、浜松の妙恩寺から届いた法華の法灯を一手に守ってきた存在といえます。
近代から磐田市へ
上野部は明治22年(1889年)に野部村の大字となり、昭和30年(1955年)に広瀬村・野部村・敷地村の合併で発足した磐田郡豊岡村に属し、平成17年(2005年)の合併で磐田市の住所表示となりました。現在の妙満寺は日蓮宗公式の全寺院マップに磐田市の寺院として掲載されており、包括宗派との関係が続いていることが確認できます。同マップには寺名・住所のみで由緒欄はなく、山号・本尊・沿革を伝える公開資料は乏しいのが現状です。当ページでは『静岡県磐田郡誌』の由緒を軸に、確認できた事実のみを記載しています。
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宗派と本尊を知る
妙満寺は日蓮宗に属し、浜松の古刹妙恩寺の末寺として、日蓮聖人の孫弟子・日像上人以来の法華の法系に連なります。妙恩寺第13世日閑の草創と伝わる由緒は、天竜川を挟んだ浜松と野部郷の行き来の中で題目の信仰がこの村へ届いたことを物語ります。上野部では曹洞宗の天龍院と並び立ち、禅と法華という2つの教えが1つの集落で受け継がれてきました。磐田市内の日蓮宗5か寺の中で最も北に位置する寺でもあります。なお本尊の形態(日蓮宗では十界曼荼羅や三宝尊など)は寺院側資料で確認できておらず、調査課題としています。
日蓮宗とは
日蓮宗は、日蓮聖人(1222年〜1282年)を宗祖とする宗派です。建長5年(1253年)4月28日、日蓮聖人が「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えて立教開宗されたことに始まります。総本山は山梨県身延町の身延山久遠寺で、文永11年(1274年)に聖人が入山して晩年を過ごされた霊跡です。
教えの中心は、法華経こそお釈迦さまの真意を説いた経典であるという確信にあります。「南無妙法蓮華経」の7文字のお題目に法華経のすべてが込められていると説き、お題目を唱えることで誰もがその功徳にあずかれるとします。日蓮聖人は「立正安国論」を著して幕府に諫言するなど、教えを社会に生かすことを重んじました。
檀家の法要では、太鼓や木鉦の音に合わせて参列者もお題目を唱和するのが日蓮宗らしい光景です。塔婆にお題目を記して供養する習わしも受け継がれています。日蓮聖人のご命日に営まれる「お会式」は宗門で大切にされる行事のひとつで、菩提寺でも毎年の法要として受け継がれています。
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地域とのつながり
妙満寺のある上野部は、天竜川が山あいを抜けて遠州平野へ開ける扇頂部の左岸に位置する集落です。天竜浜名湖鉄道の上野部駅は天竜川の堤防近くにある無人駅で、駅名は旧野部の上流に位置することに由来し、夏には天竜川の鮎釣りの人々が降り立つと紹介されています。妙満寺は民間の寺院情報サイトでこの駅から徒歩3分と案内され、川沿いの集落の暮らしとともにある寺院です。
上野部の集落には妙満寺(日蓮宗)と天龍院(曹洞宗)の2か寺が並び立ちます。天龍院が掛川方面の曹洞宗の本寺と結ばれているのに対し、妙満寺は浜松の妙恩寺と結ばれており、1つの村に東西2つの方向から法系が届いていることは、天竜川扇頂部という交通の結節点に開けた上野部の性格をよく示しています。上野部駅の周辺には仏教美術を収蔵する浜名梱包輸送シルクロード・ミュージアムが所在し、令和3年(2021年)12月からは副駅名が「シルクロード上野部」となるなど、仏教文化との縁が今も続く土地柄です。
旧豊岡村域にあたる豊岡地区は、天竜川下流域左岸に広がる土地で、『日本歴史地名大系』によれば村域には約50の遺跡が登録され、天竜川左岸の段丘に立地する古墳群が主体です。昭和30年(1955年)に広瀬村・野部村・敷地村が合併して豊岡村となり、平成17年(2005年)に磐田市の一部となりました。豊岡駅北東の丘陵地帯には県西部で最大規模とされる約4,000本の豊岡梅園が広がるなど、農業と歴史の重なる地域であり、妙満寺はその北端近くで法華の灯を守ってきました。年中行事など現在の営みの詳細は確認できていませんが、宗派公式の名簿に掲載され続けていることが、上野部の檀家とともに歩む寺であることを示しています。
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年中行事・参拝の手引き
参拝・法要で訪れる方へ
法要・供養の相談は、日蓮宗公式ポータルサイトの全寺院マップ掲載情報を手掛かりに、寺院へ直接確認してください。
最寄りの天竜浜名湖鉄道上野部駅から徒歩3分と案内されています。駐車場の有無は確認できていないため、法事で車を利用する場合は事前に寺院へ確認すると安心です。
- 年中行事(お会式・彼岸法要・盂蘭盆会など)の有無・日程は未確認
- 墓地・永代供養・納骨堂の取扱いは未確認
- 山号・本尊の形態・現在の伽藍や堂宇の様子は未確認
- 檀家組織(護持会・世話人会等)の有無は未確認
- 正保郷帳の上野部村寺社領16石のうち妙満寺分の有無・内訳は未確認
- 駐車場の有無・台数は未確認
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
06
よくある質問
- 妙満寺の読み方は?
-
「みょうまんじ」と読みます。京都市の顕本法華宗総本山妙満寺など全国の同名寺院とは別の、磐田市上野部の日蓮宗寺院です。
本文「この寺院について」を読む - 宗派と本尊は?
-
日蓮宗の寺院で、日蓮宗公式の全寺院マップに掲載されています。本尊の形態は寺院側資料で確認できておらず、調査課題としています。
本文「宗派と本尊」を読む - いつ誰が開いたお寺ですか?
-
『静岡県磐田郡誌』は、浜松の妙恩寺第13世日閑の草創と伝えます。郡誌刊本の草創年代「宝永十七年」は実在しない年号表記のため誤植の可能性があり、確定は調査課題です。
本文「歴史と背景」を読む - 本寺の妙恩寺とはどんなお寺ですか?
-
現在の浜松市中央区天龍川町にある日蓮宗の古刹で、公式サイトによれば創建からおよそ700年、日蓮聖人の孫弟子・日像上人を開山とし、徳川家康とのゆかりでも知られます。
本文「歴史と背景」を読む - 上野部の天龍院とはどんな関係ですか?
-
同じ上野部集落の寺院ですが宗派が異なり、天龍院は曹洞宗、妙満寺は日蓮宗です。1つの村に2つの法系が並び立ってきたことが上野部の特色です。
本文「地域とのつながり」を読む - 磐田市に日蓮宗のお寺は何か寺ありますか?
-
日蓮宗公式の全寺院マップには妙福寺・本性寺・玄妙寺・妙満寺・智教院の5か寺が掲載されています。妙満寺はその中で最も北、旧豊岡村域では唯一の日蓮宗寺院です。
本文「歴史と背景」を読む - 草創年代はいつですか?
-
確定できていません。『静岡県磐田郡誌』の刊本は「宝永十七年」と記しますが、宝永は8年(1711年)までしかない年号のため誤植の可能性が高く、原拠の確認を調査課題としています。
本文「歴史と背景」を読む - お参りの際のアクセスは?
-
民間の寺院情報サイトでは天竜浜名湖鉄道上野部駅から徒歩3分と案内されています。駐車場の有無は未確認のため、法事で車を利用する場合は寺院へ確認してください。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
07
写真で見る境内
08
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9394。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照
- 宗派公式資料 磐田市|日蓮宗全寺院マップ(日蓮宗ポータルサイト)
磐田市の日蓮宗寺院一覧に「妙満寺 〒438-0111 静岡県磐田市上野部738」と掲載されていることを本文で確認
- 民間二次情報 上野部 - Wikipedia
上野部地区の寺院として妙満寺(日蓮宗)・天龍院(曹洞宗)が記載されていることを本文で確認(発見用の手掛かりとして参照)
- 行政・公的資料 旧豊岡村の住所表示|磐田市公式ウェブサイト
上野部が旧豊岡村の大字であり、合併により磐田市の住所表示となったことを確認
- 民間二次情報 磐田市の寺院一覧|ホームメイト神社・寺院検索
「天竜浜名湖鉄道上野部駅から妙満寺まで徒歩3分」の掲載を本文で確認
- 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編(大正10年・1921年)第13章 神社及宗教 日蓮宗寺院の項(4 妙満寺)
国立国会図書館デジタルコレクション。471コマ目の本文画像で由緒全文を確認(拡大画像で「寶永十七年」の表記も確認)
- 宗派公式資料 妙恩寺とは|日蓮宗 はしわ妙恩寺 公式サイト
本寺妙恩寺の創建(約700年前)・開山日像上人・開基金原法橋と妙恩尼・所在地(浜松市中央区天龍川町179)・日蓮宗所属を確認(2026年7月19日参照)
- 郷土資料 コトバンク「上野部村」(日本歴史地名大系)
上野部村が天竜川扇頂部左岸に位置する中世野部郷の遺称地であること、江戸時代の支配の変遷と村高の推移(慶長16年282石余→天保郷帳384石余)を確認(2026年7月19日参照)
- 民間二次情報 上野部|天浜線(天竜浜名湖鉄道株式会社)駅紹介
上野部駅が天竜川の堤防近くの無人駅であること、駅名の由来、副駅名「シルクロード上野部」(2021年12月から)、周辺の浜名梱包輸送シルクロード・ミュージアム(仏教美術館)を確認(2026年7月19日参照)
- 郷土資料 コトバンク「豊岡村」(日本歴史地名大系)
旧磐田郡豊岡村が天竜川下流域左岸に位置すること、村域の遺跡・古墳群を確認(2026年7月19日参照)
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
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