豊田地区・現存

大圓寺

だいえんじ

ページ充実度 基礎情報・調査中 最終確認 2026.07.11

大圓寺(大円寺)は磐田市加茂にある曹洞宗の寺院で、山号は久松山です。起源は神亀3年(726年)と伝えられ、寛永15年(1638年)に現在の寺号に改められました。寺谷用水を開いた平野重定の墓所であり、市指定文化財の豊臣秀吉朱印状を所蔵しています。

別称・関連名称久松山/大円寺

写真を準備しています 現地訪問後に、本堂・境内・入口・説明板の写真を掲載します。
宗派曹洞宗
創建・年代起源は神亀3年(726年)と伝わり、寛永15年(1638年)に久松山大円寺と改めた
文化財・史跡磐田市指定文化財あり(豊臣秀吉朱印状)
所在地豊田・磐田市

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この寺院について

大圓寺(大円寺)は磐田市加茂にある曹洞宗の寺院で、山号は久松山です。起源は神亀3年(726年)と伝えられ、寛永15年(1638年)に現在の寺号に改められました。寺谷用水を開いた平野重定の墓所であり、市指定文化財の豊臣秀吉朱印状を所蔵しています。

ご本尊調査中・加筆待ち寺院資料・現地聞き取りで確認予定

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歴史と背景

創建と寺号の変遷

観光情報サイトじゃらんnetの解説によると、大円寺の起源は神亀3年(726年)といわれ、天慶5年(942年)に円光寺が再建されて臥竜山大淵寺と命名されたと伝えられます。その寺跡は賀茂神社に近い台地の西縁と伝えられています。その後、寺谷用水の開祖である平野重定を開基に推戴し、平野家二代重政と大円寺五世久岩全良が寛永15年(1638年)に久松山大円寺と改めて現在に至ると記されています。

寺谷用水開祖・平野重定の墓所

寺谷用水土地改良区の沿革資料によると、平野重定は天正16年(1588年)に寺谷村地先に大圦樋(取入口)を建設し、天正18年(1590年)には寺谷から浜部村までの大井堀(用水路)約12キロメートルを完成させました。重定は寛永元年(1624年)に没し、久松山大円寺に葬られたと同資料に記されています。毎年10月8日には命日を追悼する例祭が同寺で執り行われています。寺谷用水は徳川家康の時代から磐田原台地西側の米づくりを支えてきた用水です。

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文化財・見どころ

磐田市指定文化財(古文書・平成17年11月21日指定)

豊臣秀吉朱印状

安土桃山時代の古文書で、磐田市の解説によると天正17年(1589年)12月に小田原攻めに先立ち各地に出された禁制文書です。歴史史料として貴重とされています。

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写真で見る境内

現地写真を準備しています

初回訪問後に掲載します。

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出典・参考資料

  1. 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9376

  2. 行政・公的資料 市指定文化財|磐田市公式ウェブサイト

    豊臣秀吉朱印状(古文書・平成17年11月21日指定・安土桃山時代・所在地加茂・所有者大円寺)「天正17年12月、小田原攻めに先立ち各地に出された禁制文書」を本文で確認(市ページの年表記「15989」は1589年の誤植とみられる)。

  3. 行政・公的資料 寺谷用水の歩み|寺谷用水土地改良区

    1588年(天正16年)大圦樋建設、1590年大井堀12km完成、1624年(寛永元年)平野重定没・「久松山大円寺に葬る」、毎年10月8日の例祭を本文で確認。

  4. 民間二次情報 大円寺|じゃらんnet観光ガイド

    「起源は神亀3年(726)といわれ、天慶5年(942)円光寺が再建、臥竜山大淵寺と命名された。その寺跡は賀茂神社に近い台地の西縁と伝えられる。寺谷用水開祖、平野重定公を開基に推戴し、平野家二代重政・大円寺五世久岩全良が寛永15年(1638)に久松山大円寺に改め現在に至っている」(所在地:磐田市加茂123)を本文で確認。