見付地区・現存
宣光寺
せんこうじ
宣光寺は旧見付宿にある曹洞宗の寺院で、山号は珠玉山、遠州三十三観音霊場第17番札所です。延命地蔵菩薩への信仰で知られ、天正15年(1587年)に徳川家康が施主となって地蔵菩薩のために寄進した梵鐘(市指定文化財)が伝わります。平安時代の木造地蔵菩薩坐像・木造毘沙門天立像は静岡県指定文化財です。
別称・関連名称珠玉山/身代わり地蔵
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この寺院について
宣光寺は旧見付宿にある曹洞宗の寺院で、山号は珠玉山、遠州三十三観音霊場第17番札所です。延命地蔵菩薩への信仰で知られ、天正15年(1587年)に徳川家康が施主となって地蔵菩薩のために寄進した梵鐘(市指定文化財)が伝わります。平安時代の木造地蔵菩薩坐像・木造毘沙門天立像は静岡県指定文化財です。
02
歴史と背景
地蔵信仰と地蔵小路
宣光寺は延命地蔵菩薩への信仰で知られる寺院です。磐田市観光協会の紹介では、戦国時代に戦死した多くの武将のために、徳川家康の信仰の厚かった延命地蔵菩薩にその冥福を祈って寄進された釣鐘が境内に伝わるとされています。旧東海道(見付宿の通り)から宣光寺へ続く小路は「地蔵小路」と呼ばれ、地蔵信仰の門前としての歴史を今に伝えています。
徳川家康寄進の梵鐘
境内の梵鐘は、天正15年(1587年)に徳川家康が施主となり、宣光寺の地蔵菩薩のために寄進されたものです。銘文から、当時中泉御殿が造営されていた時期にあたり、家康の遠江支配との関わりの中で寄進されたと考えられています。鋳造に携わった大工が見付在住の職人であったことも記録されており、磐田市指定文化財(工芸品・安土桃山時代)となっています。戦時中の金属供出を免れて現存すると伝えられます。
県指定の平安仏
宣光寺には平安時代の木造地蔵菩薩坐像と木造毘沙門天立像が伝わり、いずれも昭和59年(1984年)11月30日に静岡県指定文化財(彫刻)に指定されています。このほか市指定文化財として、江戸時代の子育如来像・子育地蔵菩薩像(彫刻)と、安永5年(1776年)奉納の和算額(歴史資料)が伝わります。
03
文化財・見どころ
木造地蔵菩薩坐像
平安時代の作とされる地蔵菩薩の坐像で、昭和59年(1984年)11月30日に県指定文化財に指定されました。宣光寺の地蔵信仰の中心となってきた仏像です。
木造毘沙門天立像
平安時代の作とされる毘沙門天像で、木造地蔵菩薩坐像と同日の昭和59年(1984年)11月30日に県指定文化財に指定されました。
梵鐘
天正15年(1587年)に徳川家康が施主となって宣光寺の地蔵菩薩のために寄進した安土桃山時代の梵鐘です。中泉御殿造営期の家康の遠江支配を物語る資料とされ、鋳造には見付在住の大工が携わったと記録されています。
子育如来像・子育地蔵菩薩像
江戸時代の作とされる子育て信仰の仏像で、磐田市の市指定文化財一覧に見付所在の彫刻として掲載されています。
和算額
江戸時代の安永5年(1776年)に奉納された和算の算額で、磐田市の市指定文化財一覧に見付所在の歴史資料として掲載されています。
04
写真で見る境内
初回訪問後に掲載します。
05
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9121
- 行政・公的資料 県指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
木造地蔵菩薩坐像・木造毘沙門天立像(彫刻・平安時代・見付・昭和59年11月30日指定)を確認。
- 行政・公的資料 市指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
梵鐘(工芸品・安土桃山時代・天正15年徳川家康寄進)、子育如来像・子育地蔵菩薩像(彫刻・江戸時代)、和算額(歴史資料・江戸時代・安永5年奉納)の掲載を確認。
- 行政・公的資料 宣光寺 | 磐田市観光協会
戦国時代に戦死した武将のため延命地蔵菩薩に冥福を祈って寄進された釣鐘が境内にあることを確認。所在地見付1340-1。
- 行政・公的資料 宣光寺の梵鐘(徳川家康公ゆかりの地 出世の街 浜松)
天正15年(1587)に家康が施主となり宣光寺地蔵菩薩のために寄進した梵鐘であること、中泉御殿造営期の遠江支配との関連、見付在住の大工が鋳造に携わった記録を確認。
- 民間二次情報 遠州三十三観音霊場 - Wikipedia
第17番札所・珠玉山宣光寺・曹洞宗・札所本尊十一面観世音菩薩・磐田市見付1340-1を確認。
- 民間二次情報 宣光寺(アソビュー)
県指定文化財の木造地蔵菩薩坐像・木造毘沙門天立像、家康寄進の釣鐘、東海道から続く「地蔵小路」の呼称を確認。
- 民間二次情報 宣光寺(いこーよ)
釣鐘に「家康」の刻印があること、戦時中の供出を免れて現存すると言われること、地蔵小路の由来を確認。