御厨地区・現存
連城寺
れんじょうじ
連城寺(れんじょうじ)は、磐田市新貝にある曹洞宗の寺院で、山号は三白山です。寺伝では治承3年(1179年)、平重盛が遠江守のときに建立したと伝わり、江戸時代には中泉代官の大草太郎左衛門政信により再興されました。裏山の稲荷山古墳・秋葉山古墳は国指定史跡「御厨古墳群」を構成する古墳です。
別称・関連名称三白山
- 寺院名
- 連城寺
- 地区
- 御厨
- 住所
- 静岡県磐田市新貝1丁目29-2
- 宗派
- 曹洞宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 連城寺
- 読み方
- れんじょうじ
- 地区
- 御厨
- 宗派
- 曹洞宗
- ご本尊(資料上)
- 聖観世音菩薩
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市新貝1丁目29-2
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 公式サイトあり
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 6件の年中行事・法要情報を掲載
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 国指定史跡御厨古墳群構成古墳・静岡県指定文化財あり
- 最終確認日
- 2026.07.13
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 連城寺
- 宗派
- 曹洞宗
- 本尊
- 聖観世音菩薩
- 創建
- 治承3年(1179年)創建と伝わる
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市新貝1丁目29-2
- 地区
- 御厨
Database 02
沿革
治承3年の創建伝承と遠州三連寺
寺伝によれば、連城寺は平清盛の長男である平重盛が遠江守であった時期に建立されたと伝えられています。既存の調査記録では創建は治承3年(1179年)とされ、当初は天台宗の寺院でした。磐田市内には重盛ゆかりと伝わる寺が3か寺あり、二之宮の連福寺、竜洋中島の蓮覚寺、そして当寺を合わせて「遠州三連寺」と呼び習わされてきました。いずれも寺号に「連(蓮)」の字を持つことがその名の由来です。平重盛の遠江守在任と創建を直接裏づける同時代史料は現時点では確認できていませんが、境内の供養塔とともに、平家一門の記憶を伝える寺として語り継がれてきました。
正保元年—中泉代官大草太郎左衛門政信による再興
中世以降に荒廃した連城寺は、江戸時代に入って中泉代官の大草太郎左衛門政信によって再び興されました。寺院公式サイトは、正保元年(1644年)に政信がその荒廃を嘆き、曹洞宗の寺院として再興したと記しています。既存の調査記録では、この改宗は遠州曹洞宗の中心寺院であった可睡斎(袋井市)の系譜を通じてのものと伝えられています。以来、連城寺は天台宗の古刹の記憶を残しながら、坐禅と読経の曹洞宗寺院として今日まで法灯を継いできました。
大草家代々の墓所と改名の伝承
寺を再興した大草太郎左衛門政信について、寺院公式サイトは、3代目の中泉代官として13歳で就任し、71年間その職を務めたと伝えています。また同サイトには、政信がもと「太郎右馬政次」と名乗っていたころ、江戸へ年貢米を運ぶ船の海難事故が相次いだため、名前に含まれる「馬」の字を忌んで「右馬」を「左衛門」に改めたところ事故がなくなった、という改名の伝承も収められています。連城寺の裏山には大草家歴代の墓所があり、現在は大草顕彰会によって管理・供養が続けられています。毎年10月頃には大草家先祖供養の法要が営まれ、代官家への報恩の営みが今も受け継がれています。
平清盛・平重盛の供養塔
境内墓地には、平清盛・平重盛の供養塔と伝わる石塔が祀られています。創建伝承に平重盛の名が残ることとあわせて、源平争乱で滅んだ平家一門の鎮魂を伝える場所として位置づけられてきました。天台宗時代の面影を伝える具体的な堂宇は残っていませんが、供養塔への手向けは、寺の最も古い記憶につながる営みといえます。
裏山の古墳群と経塚古墳出土の銅鏡
連城寺の裏山には稲荷山古墳と秋葉山古墳があります。両古墳は、磐田原台地南東部の鎌田・新貝地区に分布する古墳群のうち、松林山古墳・高根山古墳・御厨堂山古墳とともに5基で国指定史跡「御厨古墳群」を構成しており、平成13年(2001年)3月26日に指定されました。文化庁の解説によれば稲荷山古墳は墳長48メートルの前方後円墳、秋葉山古墳は直径54メートルの円墳です。また寺の南側には墳長約90メートルの前方後円墳と伝わる経塚古墳がありましたが、明治19年(1886年)の東海道線鉄道工事により失われました。このとき出土した三角縁の神獣鏡(直径22センチメートル)は昭和33年(1958年)9月2日に静岡県指定有形文化財となり、連城寺が保管しています。寺院公式サイトは、稲荷山古墳から壺形埴輪、秋葉山古墳から土器の破片が出土したこと、経塚古墳は約1700年前の4世紀前半に築かれたことを紹介しており、古墳時代前期の首長墓の上に立つ寺として、連城寺は古代御厨の歴史とじかに接しています。
四脚門と現在の境内
近年、境内入口には木造の四脚門が整えられました。施工者の公開情報に四脚門の落慶が紹介されており、門越しに本堂へ向かう参道、寺号石柱、山号「三白山」の石柱、本堂前の福神像などが現在の参拝動線を形づくっています。裏山の秋葉山古墳の上には高台の墓地が設けられ、東に富士山、南に田園地帯や遠く遠州灘を望むと寺院公式サイトは案内しています。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 聖観世音菩薩
- 宗教的意味
- 連城寺はもと天台宗の寺院でしたが、正保元年(1644年)に中泉代官大草太郎左衛門政信により曹洞宗の寺院として再興されたと寺院公式サイトは伝えています。本尊は聖観世音菩薩で、2月15日の涅槃会、4月8日の降誕会(花祭り)、12月8日の成道会と、お釈迦様の三仏忌がいずれも年中行事として営まれているところに、禅宗寺院らしい信仰の形がよく表れています。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
三角縁四神四獣鏡
新貝の経塚古墳から出土した古墳時代の銅鏡で、昭和33年(1958年)9月2日に県指定文化財となり、連城寺が保管しています。磐田市の県指定文化財一覧には「三角縁四神四獣鏡」として掲載され、寺院公式サイトは「三角縁唐草文帯四神四獣鏡」(直径22センチメートル、重さ1053グラム)として紹介し、大阪府の万年山古墳から同型の鏡が出土していると解説しています。名称表記の違いは指定台帳での要確認事項です。
稲荷山古墳・秋葉山古墳
連城寺の裏山に所在する2基の古墳で、松林山古墳・高根山古墳・御厨堂山古墳とともに国指定史跡「御厨古墳群」(平成13年〈2001年〉3月26日指定)を構成しています。文化庁の解説によれば稲荷山古墳は墳長48メートルの前方後円墳、秋葉山古墳は直径54メートルの円墳で、古墳群は古墳時代前期を中心とする遠江地方の有力な首長墓群とされます。
涅槃図
連城寺に伝わる釈迦の臨終を描いた絵図で、寺院公式サイトは江戸時代初期に描かれたものと紹介しています。毎年2月15日のお釈迦様涅槃会にあわせて参拝できると案内されており、制作年や寄進者などの詳細は寺院資料での確認事項としています。
四脚門(山門)
境内入口に建つ木造の四脚門です。施工者の株式会社天峰建設が落慶の様子を公開しており、寺号石柱とともに、参道から本堂へ入る現在の入口景観を形づくっています。
Database 06
年中法要
- 新年祈祷会1月1日
寺院公式サイトの年中行事による
- 節分会2月の日曜日
寺院公式サイトの年中行事による
- お釈迦様涅槃会2月15日
江戸時代初期に描かれた涅槃図に参拝できると公式サイトが案内
- 春の彼岸会法要3月春分の日
寺院公式サイトの年中行事による
- お釈迦様降誕会(花祭り)4月8日
寺院公式サイトの年中行事による
- 山門大施食会8月14日
お盆の施餓鬼法要として紹介
- 秋の彼岸会供養・両祖忌9月秋分の日
曹洞宗両祖の法要と祖先供養として紹介
- 大草家先祖供養10月頃
中泉代官大草太郎左衛門政信家への報恩感謝の法要として紹介
- 大本山参拝旅行隔年10月
永平寺・總持寺への参拝旅行として紹介
- お釈迦様成道会12月8日
寺院公式サイトの年中行事による
- 歳末諷経12月31日
寺院公式サイトの年中行事による
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
連城寺のある新貝の地は、磐田原台地の南東部に当たり、隣接する鎌田とともに古墳時代前期の有力な古墳が集中してきた場所です。国指定史跡「御厨古墳群」は旧御厨村の村名を冠した指定名称で、その構成古墳のうち2基が連城寺の裏山にあります。最大の松林山古墳では昭和6年(1931年)の調査で鏡4面や玉類、鉄製武器類、短甲などの豊かな副葬品が埋葬当時の状態で出土しており、この一帯が遠江地方の古墳時代を理解するうえで欠かせない場所とされています。「御厨」の地名は、平安時代に伊勢神宮の御厨(神領)「鎌田御厨」が置かれたことに由来し、鎌田御厨の総鎮守とされる鎌田神明宮の社伝は、寛平2年(890年)に伊勢神宮の領地として寄進され、19の村々から神宮へ貢納が行われたと伝えています。連城寺は、古代の首長墓と中世の伊勢信仰が重なるこの御厨の地で、平家伝承を抱く寺として歩んできました。
江戸時代には、幕府直轄領を治めた中泉代官所の大草家が寺の再興者となり、裏山に代々の墓所を構えました。現在も大草顕彰会による管理・供養と、毎年10月頃の大草家先祖供養の法要が続いており、地域統治の歴史が寺の年中行事の中に生きています。また檀家組織として護持会があり、護持会総会や墓地奉仕作業などの活動が行われています。古墳の上の高台墓地から永代供養塔「ありが塔」まで、古代以来の葬送の記憶を受け継ぐ場所として、連城寺は新貝の暮らしとともにあります。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9116
- 寺院公式情報曹洞宗 三白山 連城寺(公式サイト)
山号三白山、もと天台宗、平重盛建立の寺伝、大草太郎左衛門政信による曹洞宗再興、平清盛・平重盛供養塔、大草家代々の墓、経塚古墳出土の県指定文化財の鏡、裏手の稲荷山・秋葉山・経塚古墳を確認。
- 行政・公的資料県指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
「三角縁四神四獣鏡」(考古資料・古墳時代・新貝・昭和33年9月2日指定)の掲載を確認。
- 宗派公式資料曹洞禅ナビ 磐田市寺院一覧
磐田市の公式一覧(全61寺)に「連城寺」として掲載を確認(一覧掲載のみ確認)。詳細ページはサーバー障害で未取得
- 寺院公式情報永代供養・墓地 - 連城寺公式サイト
永代供養塔「ありが塔」・墓地区画・費用の詳細を確認
- 寺院公式情報アクセス - 連城寺公式サイト
駐車場・地域史跡情報を確認
- 寺院公式情報年間行事 - 連城寺公式サイト
新年祈祷会、節分会、涅槃会、降誕会、山門大施食会、秋の彼岸・両祖忌、大草家先祖供養などの年中行事を確認。
- 寺院公式情報稲荷山・秋葉山・経塚古墳 - 連城寺公式サイト
境内背後の古墳群と経塚古墳出土鏡に関する寺院公式情報を確認。
- 寺院公式情報大草太郎左衛門 - 連城寺公式サイト
中泉代官大草太郎左衛門政信と連城寺再興に関する寺院公式情報を確認。
- 施工者公開情報山門落慶式 - 株式会社天峰建設
連城寺の四脚門落慶に関する施工者公開情報を確認。
- 現地確認現地写真・説明板(2026年7月13日添付写真)
四脚門、本堂、三白山石柱、境内説明板、頌徳碑、福神像、石碑群を確認。
- 調査メモ添付資料「磐田市連城寺の調査」
本尊、沿革、古墳群、年中行事、永代供養、山門整備に関する整理資料として参照。
最終更新日 2026.07.19
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この寺院について
連城寺は磐田市新貝1丁目29番地の2、御厨地区に所在する曹洞宗の寺院です。山号は三白山、本尊は聖観世音菩薩です。寺伝では平清盛の長男・平重盛が遠江守であった時期の建立と伝えられ、もとは天台宗の寺院でした。磐田市二之宮の連福寺、竜洋中島の蓮覚寺とともに、重盛ゆかりの「遠州三連寺」として語られてきた寺です。
境内の裏山には国指定史跡「御厨古墳群」を構成する稲荷山古墳・秋葉山古墳があり、寺の南側にかつてあった経塚古墳から出土した銅鏡は静岡県指定有形文化財として当寺が保管しています。境内墓地には平清盛・平重盛の供養塔と伝わる石塔、江戸時代に寺を再興した中泉代官大草家代々の墓所が祀られ、古代から近世までの地域の歴史が一つの境内に重なっています。
檀家に向けては、新年祈祷会から歳末諷経まで年間を通じて法要・行事が営まれているほか、永代供養塔「ありが塔」と高台・平地2種類の墓地が設けられています。寺院公式サイトが開設されており、由緒・行事・供養の案内が公開されています。
02
歴史と背景
治承3年の創建伝承と遠州三連寺
寺伝によれば、連城寺は平清盛の長男である平重盛が遠江守であった時期に建立されたと伝えられています。既存の調査記録では創建は治承3年(1179年)とされ、当初は天台宗の寺院でした。磐田市内には重盛ゆかりと伝わる寺が3か寺あり、二之宮の連福寺、竜洋中島の蓮覚寺、そして当寺を合わせて「遠州三連寺」と呼び習わされてきました。いずれも寺号に「連(蓮)」の字を持つことがその名の由来です。平重盛の遠江守在任と創建を直接裏づける同時代史料は現時点では確認できていませんが、境内の供養塔とともに、平家一門の記憶を伝える寺として語り継がれてきました。
正保元年—中泉代官大草太郎左衛門政信による再興
中世以降に荒廃した連城寺は、江戸時代に入って中泉代官の大草太郎左衛門政信によって再び興されました。寺院公式サイトは、正保元年(1644年)に政信がその荒廃を嘆き、曹洞宗の寺院として再興したと記しています。既存の調査記録では、この改宗は遠州曹洞宗の中心寺院であった可睡斎(袋井市)の系譜を通じてのものと伝えられています。以来、連城寺は天台宗の古刹の記憶を残しながら、坐禅と読経の曹洞宗寺院として今日まで法灯を継いできました。
大草家代々の墓所と改名の伝承
寺を再興した大草太郎左衛門政信について、寺院公式サイトは、3代目の中泉代官として13歳で就任し、71年間その職を務めたと伝えています。また同サイトには、政信がもと「太郎右馬政次」と名乗っていたころ、江戸へ年貢米を運ぶ船の海難事故が相次いだため、名前に含まれる「馬」の字を忌んで「右馬」を「左衛門」に改めたところ事故がなくなった、という改名の伝承も収められています。連城寺の裏山には大草家歴代の墓所があり、現在は大草顕彰会によって管理・供養が続けられています。毎年10月頃には大草家先祖供養の法要が営まれ、代官家への報恩の営みが今も受け継がれています。
平清盛・平重盛の供養塔
境内墓地には、平清盛・平重盛の供養塔と伝わる石塔が祀られています。創建伝承に平重盛の名が残ることとあわせて、源平争乱で滅んだ平家一門の鎮魂を伝える場所として位置づけられてきました。天台宗時代の面影を伝える具体的な堂宇は残っていませんが、供養塔への手向けは、寺の最も古い記憶につながる営みといえます。
裏山の古墳群と経塚古墳出土の銅鏡
連城寺の裏山には稲荷山古墳と秋葉山古墳があります。両古墳は、磐田原台地南東部の鎌田・新貝地区に分布する古墳群のうち、松林山古墳・高根山古墳・御厨堂山古墳とともに5基で国指定史跡「御厨古墳群」を構成しており、平成13年(2001年)3月26日に指定されました。文化庁の解説によれば稲荷山古墳は墳長48メートルの前方後円墳、秋葉山古墳は直径54メートルの円墳です。また寺の南側には墳長約90メートルの前方後円墳と伝わる経塚古墳がありましたが、明治19年(1886年)の東海道線鉄道工事により失われました。このとき出土した三角縁の神獣鏡(直径22センチメートル)は昭和33年(1958年)9月2日に静岡県指定有形文化財となり、連城寺が保管しています。寺院公式サイトは、稲荷山古墳から壺形埴輪、秋葉山古墳から土器の破片が出土したこと、経塚古墳は約1700年前の4世紀前半に築かれたことを紹介しており、古墳時代前期の首長墓の上に立つ寺として、連城寺は古代御厨の歴史とじかに接しています。
四脚門と現在の境内
近年、境内入口には木造の四脚門が整えられました。施工者の公開情報に四脚門の落慶が紹介されており、門越しに本堂へ向かう参道、寺号石柱、山号「三白山」の石柱、本堂前の福神像などが現在の参拝動線を形づくっています。裏山の秋葉山古墳の上には高台の墓地が設けられ、東に富士山、南に田園地帯や遠く遠州灘を望むと寺院公式サイトは案内しています。
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文化財・見どころ
三角縁四神四獣鏡
新貝の経塚古墳から出土した古墳時代の銅鏡で、昭和33年(1958年)9月2日に県指定文化財となり、連城寺が保管しています。磐田市の県指定文化財一覧には「三角縁四神四獣鏡」として掲載され、寺院公式サイトは「三角縁唐草文帯四神四獣鏡」(直径22センチメートル、重さ1053グラム)として紹介し、大阪府の万年山古墳から同型の鏡が出土していると解説しています。名称表記の違いは指定台帳での要確認事項です。
稲荷山古墳・秋葉山古墳
連城寺の裏山に所在する2基の古墳で、松林山古墳・高根山古墳・御厨堂山古墳とともに国指定史跡「御厨古墳群」(平成13年〈2001年〉3月26日指定)を構成しています。文化庁の解説によれば稲荷山古墳は墳長48メートルの前方後円墳、秋葉山古墳は直径54メートルの円墳で、古墳群は古墳時代前期を中心とする遠江地方の有力な首長墓群とされます。
涅槃図
連城寺に伝わる釈迦の臨終を描いた絵図で、寺院公式サイトは江戸時代初期に描かれたものと紹介しています。毎年2月15日のお釈迦様涅槃会にあわせて参拝できると案内されており、制作年や寄進者などの詳細は寺院資料での確認事項としています。
四脚門(山門)
境内入口に建つ木造の四脚門です。施工者の株式会社天峰建設が落慶の様子を公開しており、寺号石柱とともに、参道から本堂へ入る現在の入口景観を形づくっています。
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宗派と本尊を知る
連城寺はもと天台宗の寺院でしたが、正保元年(1644年)に中泉代官大草太郎左衛門政信により曹洞宗の寺院として再興されたと寺院公式サイトは伝えています。本尊は聖観世音菩薩で、2月15日の涅槃会、4月8日の降誕会(花祭り)、12月8日の成道会と、お釈迦様の三仏忌がいずれも年中行事として営まれているところに、禅宗寺院らしい信仰の形がよく表れています。
曹洞宗とは
曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。
教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。
檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。
観音菩薩という仏さま
観音菩薩は、正式には観世音菩薩といい、世の人びとの苦しみの声を観じて、ただちに救いに赴くとされる菩薩です。『法華経』の観世音菩薩普門品(観音経)には、相手に応じて33の姿に身を変えて救うと説かれています。その姿は、老人や子ども、僧侶や天女など、救う相手に最もふさわしいものへと臨機応変に変わるとされ、この教えから観音さまは古くから最も広く信仰を集めてきました。
基本の姿である聖観音のほか、あらゆる方向に顔を向けて見守る十一面観音、千の手と眼で漏れなく救いの手を差し伸べる千手観音、憤怒の形相をとる馬頭観音など、多彩な変化観音が生み出され、それぞれの姿で人びとのさまざまな願いに応えてきました。
病気平癒や家内安全など現世のご利益を願う信仰に加え、観音霊場を順に巡る三十三所の巡礼も各地で育まれてきました。地域の観音堂や観音講を通じて、身近な悩みを聞き届けてくださる仏さまとして、今も厚く親しまれています。
05
地域とのつながり
連城寺のある新貝の地は、磐田原台地の南東部に当たり、隣接する鎌田とともに古墳時代前期の有力な古墳が集中してきた場所です。国指定史跡「御厨古墳群」は旧御厨村の村名を冠した指定名称で、その構成古墳のうち2基が連城寺の裏山にあります。最大の松林山古墳では昭和6年(1931年)の調査で鏡4面や玉類、鉄製武器類、短甲などの豊かな副葬品が埋葬当時の状態で出土しており、この一帯が遠江地方の古墳時代を理解するうえで欠かせない場所とされています。「御厨」の地名は、平安時代に伊勢神宮の御厨(神領)「鎌田御厨」が置かれたことに由来し、鎌田御厨の総鎮守とされる鎌田神明宮の社伝は、寛平2年(890年)に伊勢神宮の領地として寄進され、19の村々から神宮へ貢納が行われたと伝えています。連城寺は、古代の首長墓と中世の伊勢信仰が重なるこの御厨の地で、平家伝承を抱く寺として歩んできました。
江戸時代には、幕府直轄領を治めた中泉代官所の大草家が寺の再興者となり、裏山に代々の墓所を構えました。現在も大草顕彰会による管理・供養と、毎年10月頃の大草家先祖供養の法要が続いており、地域統治の歴史が寺の年中行事の中に生きています。また檀家組織として護持会があり、護持会総会や墓地奉仕作業などの活動が行われています。古墳の上の高台墓地から永代供養塔「ありが塔」まで、古代以来の葬送の記憶を受け継ぐ場所として、連城寺は新貝の暮らしとともにあります。
06
年中行事・参拝の手引き
年中行事・法要
- 新年祈祷会(1月1日)
寺院公式サイトの年中行事による
- 節分会(2月の日曜日)
寺院公式サイトの年中行事による
- お釈迦様涅槃会(2月15日)
江戸時代初期に描かれた涅槃図に参拝できると公式サイトが案内
- 春の彼岸会法要(3月春分の日)
寺院公式サイトの年中行事による
- お釈迦様降誕会(花祭り)(4月8日)
寺院公式サイトの年中行事による
- 山門大施食会(8月14日)
お盆の施餓鬼法要として紹介
- 秋の彼岸会供養・両祖忌(9月秋分の日)
曹洞宗両祖の法要と祖先供養として紹介
- 大草家先祖供養(10月頃)
中泉代官大草太郎左衛門政信家への報恩感謝の法要として紹介
- 大本山参拝旅行(隔年10月)
永平寺・總持寺への参拝旅行として紹介
- お釈迦様成道会(12月8日)
寺院公式サイトの年中行事による
- 歳末諷経(12月31日)
寺院公式サイトの年中行事による
参拝・法要で訪れる方へ
永代供養塔「ありが塔」は檀家にならなくても利用でき、個人20万円、納骨から1年間は個別安置ののち合祀、春彼岸・お盆・秋彼岸の年3回合同供養があり、管理費・会費・離檀料は不要と寺院公式サイトが案内しています。位牌堂に合同位牌を安置して毎朝読経が行われ、永代供養墓には戒名または俗名のプレートが設けられます。宗派を問わず、生前の申込みもできると案内されています。
墓地は、秋葉山古墳上の高台墓地(一区画10万円)と、車で乗り付けられる段差のない平地墓地(一区画20万円)の2種類で、いずれも連城寺の檀家になることが条件です。年会費(護持会費・管理費)の目安は8,000円程度とされています。
駐車場があり、公式サイトのアクセスページに墓地までの案内が掲載されています。
行事の日時・内容や供養の条件は変わることがあります。参列や申込みを検討する際は、寺院公式サイトの最新の案内や寺院への直接の確認をおすすめします。
- 涅槃図の制作年・寄進者の詳細
- 四脚門の落慶年月
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
07
よくある質問
- 連城寺の読み方と山号は?
-
「れんじょうじ」と読みます。山号は三白山(さんぱくさん)で、境内には山号「三白山」を刻んだ石柱と寺号石柱が立っています。所在地は磐田市新貝1丁目29番地の2で、御厨地区に当たります。
本文「この寺院について」を読む - 宗派と本尊は?
-
曹洞宗で、本尊は聖観世音菩薩です。もとは天台宗の寺院で、正保元年(1644年)に中泉代官大草太郎左衛門政信により曹洞宗の寺院として再興されたと伝えられます。
本文「宗派と本尊」を読む - 誰が建てたお寺ですか?
-
寺伝では、平清盛の長男・平重盛が遠江守のときに建立したと伝えられ、既存の調査記録では治承3年(1179年)の創建とされます。境内墓地には平清盛・平重盛の供養塔と伝わる石塔が祀られています。
本文「歴史と背景」を読む - 遠州三連寺とは何ですか?
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平重盛ゆかりと伝わる磐田市内の3か寺、二之宮の連福寺、竜洋中島の蓮覚寺、新貝の連城寺の総称です。いずれも寺号に「連(蓮)」の字を持ちます。
本文「歴史と背景」を読む - 大草太郎左衛門とはどんな人ですか?
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江戸時代に中泉代官を務めた大草家の3代目当主・大草太郎左衛門政信です。荒廃していた連城寺を正保元年(1644年)に再興したと伝えられ、裏山に大草家代々の墓所があり、今も毎年10月頃に先祖供養の法要が営まれています。
本文「歴史と背景」を読む - どんな文化財がありますか?
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経塚古墳出土の三角縁の神獣鏡が静岡県指定有形文化財で、当寺が保管しています。また裏山の稲荷山古墳・秋葉山古墳は国指定史跡「御厨古墳群」の構成古墳です。寺宝として江戸時代初期の涅槃図も伝わっています。
本文「文化財・見どころ」を読む - 檀家でなくてもお墓(納骨)をお願いできますか?
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永代供養塔「ありが塔」は檀家にならなくても利用でき、宗派を問わず生前の申込みもできると寺院公式サイトが案内しています。一方、高台墓地・平地墓地の2種類の墓地区画は連城寺の檀家になり、葬儀・法事を連城寺で行うことが条件とされています。最新の詳細は寺院へ直接ご確認ください。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む - 年間行事で特徴的なものは?
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2月15日の涅槃会では江戸時代初期の涅槃図に参拝でき、降誕会・成道会と合わせてお釈迦様の三仏忌がすべて営まれています。10月頃には再興者の大草家先祖供養、隔年10月には大本山永平寺・總持寺への参拝旅行も行われています。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む
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写真で見る境内
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9116。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照
- 寺院公式情報 曹洞宗 三白山 連城寺(公式サイト)
山号三白山、もと天台宗、平重盛建立の寺伝、大草太郎左衛門政信による曹洞宗再興、平清盛・平重盛供養塔、大草家代々の墓、経塚古墳出土の県指定文化財の鏡、裏手の稲荷山・秋葉山・経塚古墳を確認
- 寺院公式情報 沿革・大草太郎左衛門 - 連城寺公式サイト
3代目代官として13歳で就任し71年間在職、太郎右馬政次からの改名伝承、正保元年(1644年)の曹洞宗としての再興、大草顕彰会による墓所管理を確認
- 寺院公式情報 稲荷山・秋葉山・経塚古墳 - 連城寺公式サイト
古墳群の国史跡指定、経塚古墳の明治19年鉄道工事による消滅、出土鏡の名称(三角縁唐草文帯四神四獣鏡)・直径22cm・重さ1053g・県指定有形文化財第201号・大阪府万年山古墳の同型鏡を確認
- 行政・公的資料 御厨古墳群(文化遺産オンライン・文化庁)
平成13年(2001年)3月26日指定、構成5古墳(松林山・稲荷山・秋葉山・高根山・御厨堂山)、稲荷山古墳=前方後円墳48m・秋葉山古墳=円墳54m、古墳時代前期中心の評価を確認
- 行政・公的資料 御厨古墳群|磐田市公式ウェブサイト
御厨古墳群を構成する5基のうち稲荷山古墳・秋葉山古墳が連城寺の裏山に位置すること、経塚古墳出土の三角縁四神四獣鏡が県指定有形文化財であることを確認
- 行政・公的資料 県指定文化財|磐田市公式ウェブサイト
「三角縁四神四獣鏡」(考古資料・古墳時代・新貝・昭和33年9月2日指定)の掲載を確認
- 寺院公式情報 永代供養・墓地 - 連城寺公式サイト
永代供養塔「ありが塔」(個人20万円・1年個別安置後合祀・年3回合同供養・檀家不要・管理費等不要)、高台墓地10万円・平地墓地20万円、檀家条件、年会費約8,000円、離檀料なしを確認
- 寺院公式情報 年間行事 - 連城寺公式サイト
新年祈祷会、節分会、涅槃会(涅槃図参拝)、春彼岸会、降誕会、山門大施食会、秋彼岸・両祖忌、大草家先祖供養、大本山参拝旅行、成道会、歳末諷経の年中行事を確認
- 寺院公式情報 アクセス - 連城寺公式サイト
駐車場・墓地までの案内・地域史跡情報を確認
- 神社公式情報 鎌田神明宮 公式サイト「御由緒」
鎌田御厨が寛平2年(890年)に伊勢神宮の領地として寄進されたとする社伝、19の村々からの貢納、鎌田神明宮が御厨の総鎮守であることを確認(御厨地区の歴史文脈として使用)
- 施工者公開情報 山門落慶式 - 株式会社天峰建設
連城寺の四脚門落慶に関する施工者公開情報を確認
- 宗派公式資料 曹洞禅ナビ 磐田市寺院一覧
磐田市の公式一覧に「連城寺」として掲載を確認(一覧掲載のみ確認)。詳細ページはサーバー障害で未取得
- 現地確認 現地写真・説明板(2026年7月13日添付写真)
四脚門、本堂、三白山石柱、境内説明板、頌徳碑、福神像、石碑群を確認
- 調査メモ 添付資料「磐田市連城寺の調査」
本尊、沿革、古墳群、年中行事、永代供養、山門整備に関する整理資料として参照
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
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