向陽地区・現存
法雲寺
ほううんじ
法雲寺(ほううんじ)は、磐田市向笠西にある曹洞宗の寺院です。山号は八幡山、本尊は聖観世音菩薩で、寛永11年(1634年)に向笠の本寺新豊院の法系のもと法雲庵として開かれたと伝わります。遠州三十三観音霊場の第29番札所であり、約400株のあじさいが咲く「磐田あじさい寺」として地域に親しまれています。
別称・関連名称八幡山/磐田あじさい寺/法雲庵
- 寺院名
- 法雲寺
- 地区
- 向陽
- 住所
- 静岡県磐田市向笠西374番地
- 宗派
- 曹洞宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 法雲寺
- 読み方
- ほううんじ
- 地区
- 向陽
- 宗派
- 曹洞宗
- ご本尊(資料上)
- 聖観世音菩薩
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市向笠西374番地
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 未確認
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 未確認(寺院へご確認ください)
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 仏足石/老夫婦の像が寄り添う観音像
- 最終確認日
- 2026.07.16
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 法雲寺
- 宗派
- 曹洞宗
- 本尊
- 聖観世音菩薩
- 創建
- 寛永11年(1634年)に法雲庵として開創されたと伝わる
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市向笠西374番地
- 地区
- 向陽
Database 02
沿革
寛永11年の開創と法雲庵
遠州三十三観音霊場会の縁起によれば、寺の開創は寺伝によると寛永11年(1634年)で、開山は新豊院4世の観天是音大和尚と記されています。『静岡県磐田郡誌』の向笠村法雲庵の項も、向笠村向笠西に在り、八幡山と号し、当村新豊院の末寺で、寛永年中に本寺4世是音の開創する所と記しており、寺伝と郡誌の記述が一致します。磐田市観光協会の資料では、寛永11年(1634年)に法雲庵として開創され、8代目の住職のときに法雲寺と改められたとされています。なお郡誌は当時の本尊を阿弥陀如来と記しており、現在の本尊聖観世音菩薩とは異なることから、近代以降のどこかの時点で本尊が改められた可能性があります。
開山是音和尚と向笠の寺々
開山と伝わる観天是音大和尚は、『静岡県磐田郡誌』によれば法雲庵のほかにも向笠の寺々の開山として名が見える人物です。篠原の正林寺(慶長9年〈1604年〉草創)では開山に請じられ、向笠新屋の正林庵(寛永3年〈1626年〉開創)でも開山を務めたと記されています。本寺の新豊院は、天正年間(1573年から1591年)に可睡斎(袋井市)の等膳和尚を招いて曹洞宗に改宗したと伝わる向笠の古刹で、江戸時代前期の向笠では、この新豊院を本寺として歴代住職が周辺の集落に庵や寺を開いていく動きが盛んでした。郡誌には正林寺・見應寺・正林庵・正福寺・定福寺など多くの寺庵が新豊院の末寺として記されており、法雲庵の開創もその流れの一つでした。村の小さな庵として始まった法雲寺が、やがて向笠西の菩提寺として育っていく出発点です。
法地昇格と伽藍の整備
遠州三十三観音霊場会の縁起によれば、近代に法地(住職の常住する寺格)へ昇格し、10世の清巌良規大和尚によって本堂が建立され、開山堂・牌堂・庫裡が増築されました。同縁起には、先代住職が戦後に日曜学校や法雲寺子供会を設けて青少年の育成に努め、その功績による正力松太郎賞の賞金に私財を加えて坐禅堂「養心閣」を建立したことも記されています。庵から寺へ、そして地域の子どもたちの学びの場へと役割を広げてきた歩みがうかがえます。
札所と境内の信仰
遠州三十三観音霊場は遠州一円の観音札所をめぐる霊場で、法雲寺はその第29番札所として、聖観世音菩薩を札所本尊に巡拝者を迎えてきました。御詠歌「のりのくも あさなゆうなに たなびきて みちびきたもう ただしきわざえ」は、寺号の「法雲」を、朝な夕なにたなびいて人々を正しい行いへ導く仏法の雲になぞらえたものです。磐田市観光協会の資料によれば、遠州七福神めぐりでは大黒天の札所とされています。境内は向笠城の砦跡と伝えられ、入口には乗ってお参りすると足が丈夫になると言われる「仏足石」があります。境内にはまた、足元に老夫婦の像が寄り添う、ぼけずに長生きのご利益があるとされる観音像も立ち、健脚や健やかな老いを願う庶民信仰の場として親しまれています。札所と花と石造物が一体となった境内は、檀家の法要の場であると同時に、巡拝の人々を受け入れてきた信仰の場でもあります。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 聖観世音菩薩
- 宗教的意味
- 法雲寺は、可睡斎の末寺であった向笠の新豊院の法系に連なる曹洞宗寺院で、開山は新豊院4世の観天是音大和尚と伝わります。本尊は聖観世音菩薩で、遠州三十三観音霊場第29番の札所本尊として巡拝者を迎えてきました。『静岡県磐田郡誌』は江戸期の本尊を阿弥陀如来と記しており、観音信仰の寺としての現在の姿は近代以降に定まったとみられます。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
仏足石
参道入口にある、釈迦の足跡を刻んだ石です。磐田市観光協会の資料によれば、乗ってお参りすると足が丈夫になると言われており、健脚を願う参拝者に親しまれています。
老夫婦の像が寄り添う観音像
境内に立つ観音像で、足元に老夫婦の像が寄り添う姿が特徴です。磐田市観光協会の資料では、ぼけずに長生きのご利益があるとされると紹介されており、長寿と健やかな老いを願う地域の信仰を集めています。
あじさい(約400株)
「磐田あじさい寺」の名の由来となった境内のあじさいです。磐田市観光協会によれば約400株が植えられ、見頃は6月上旬から中旬です。霊場会の資料には、早春から初夏にかけて梅・桜・藤・ツツジ・紫陽花が咲き競うと記されており、四季の花が境内を彩ります。
Database 06
年中法要
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
法雲寺のある向笠地区は、太田川・敷地川沿いに水田の広がる「里」と、磐田原台地の上に茶園の広がる「原」からなる農業地帯で、向笠地域づくり協議会によれば11の自治会で構成されています。法雲寺が立つ向笠西は太田川に近い里の集落の一つで、明治の町村制以降は磐田郡向笠村の大字でした。地区の拠点である磐田市の向笠交流センターは寺の東方、向笠竹之内に置かれています。
境内が向笠城の砦跡と伝えられるように、この一帯は戦国期に向笠氏が拠った土地で、本寺の新豊院(向笠竹之内)も向笠城主の祈願所であったと伝わります。江戸時代には新豊院の歴代住職が向笠の各集落に庵を開き、法雲庵もその一つとして向笠西の人々の菩提を弔ってきました。現代では「磐田あじさい寺」として、梅雨の時期に多くの人が花を見に訪れる寺となり、戦後の日曜学校や子供会の歩みも含めて、村の庵から地域に開かれた寺へという向笠の暮らしの変化をそのまま映しています。田植えを終えた里の水田があじさいの時期と重なる初夏の風景は、農村向笠の季節の巡りとともにあるこの寺らしい眺めです。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9108
- 宗派公式資料法雲寺(磐田市向笠西・29番札所)遠州三十三観音霊場めぐり
霊場会公式サイト。山号八幡山・曹洞宗・本尊聖観世音菩薩、第29番札所、御詠歌、寛永11年(1634)開創・開山観天是音大和尚(新豊院四世)、法地昇格・本堂建立・養心閣建立の縁起を確認。
- 行政・公的資料磐田北部ありがた歩記(磐田市観光協会パンフレット)
寛永11年(1634)法雲庵として開創、8代目住職のとき法雲寺に改称、遠州三十三観音29番札所・遠州七福神大黒天札所、境内は向笠城の砦跡との伝承、仏足石・観音像の記述を確認。
- 行政・公的資料法雲寺(あじさい)磐田市観光協会
「磐田あじさい寺」、約400株のあじさい、見頃6月上旬〜中旬、入園無料、所在地磐田市向笠西374を確認。
- 寺院公式情報遠州三十三観音霊場めぐり 法雲寺(29番札所)
八幡山法雲寺(向笠西374)のご本尊が聖観世音菩薩であることを公式ページで確認。
- 民間二次情報ニッポンの霊場 静岡県の七福神(遠州七福神)
遠州七福神(昭和期開創・曹洞宗寺院のみで構成)の大黒天=法雲寺を確認。七福神めぐり資料集(rokumeibunko.com/shichifukujin/22shizuoka/enshu.html)の記載とも一致し、既存注記(磐田市観光協会資料)を裏付け。
最終更新日 2026.07.19
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この寺院について
法雲寺は磐田市向笠西374番地、向陽地区(旧向笠村域)に所在する曹洞宗の寺院です。山号は八幡山、本尊は聖観世音菩薩で、静岡県知事所轄宗教法人名簿にも磐田市内の宗教法人として掲載されています。太田川流域の水田地帯に位置し、集落の暮らしとともに歩んできた里の寺です。『静岡県磐田郡誌』(大正10年〈1921年〉)には「法雲庵」の名で、同じ向笠村の新豊院(向笠竹之内)の末寺として記されており、向笠の本寺新豊院の法系に連なる寺院です。
遠州三十三観音霊場の第29番札所で、御詠歌は「のりのくも あさなゆうなに たなびきて みちびきたもう ただしきわざえ」です。磐田市観光協会の資料では、遠州七福神めぐりの大黒天の札所でもあると記されています。境内は戦国期の向笠城の砦跡と伝えられ、入口の仏足石や、足元に老夫婦の像が寄り添う観音像など、参拝の楽しみとなる石造物も知られています。
初夏には境内を約400株のあじさいが彩り、「磐田あじさい寺」の名で磐田市観光協会が紹介しています。早春から初夏にかけて梅・桜・藤・ツツジ・紫陽花が咲き競う花の寺として、檀家だけでなく地域の人々に親しまれてきました。
02
歴史と背景
寛永11年の開創と法雲庵
遠州三十三観音霊場会の縁起によれば、寺の開創は寺伝によると寛永11年(1634年)で、開山は新豊院4世の観天是音大和尚と記されています。『静岡県磐田郡誌』の向笠村法雲庵の項も、向笠村向笠西に在り、八幡山と号し、当村新豊院の末寺で、寛永年中に本寺4世是音の開創する所と記しており、寺伝と郡誌の記述が一致します。磐田市観光協会の資料では、寛永11年(1634年)に法雲庵として開創され、8代目の住職のときに法雲寺と改められたとされています。なお郡誌は当時の本尊を阿弥陀如来と記しており、現在の本尊聖観世音菩薩とは異なることから、近代以降のどこかの時点で本尊が改められた可能性があります。
開山是音和尚と向笠の寺々
開山と伝わる観天是音大和尚は、『静岡県磐田郡誌』によれば法雲庵のほかにも向笠の寺々の開山として名が見える人物です。篠原の正林寺(慶長9年〈1604年〉草創)では開山に請じられ、向笠新屋の正林庵(寛永3年〈1626年〉開創)でも開山を務めたと記されています。本寺の新豊院は、天正年間(1573年から1591年)に可睡斎(袋井市)の等膳和尚を招いて曹洞宗に改宗したと伝わる向笠の古刹で、江戸時代前期の向笠では、この新豊院を本寺として歴代住職が周辺の集落に庵や寺を開いていく動きが盛んでした。郡誌には正林寺・見應寺・正林庵・正福寺・定福寺など多くの寺庵が新豊院の末寺として記されており、法雲庵の開創もその流れの一つでした。村の小さな庵として始まった法雲寺が、やがて向笠西の菩提寺として育っていく出発点です。
法地昇格と伽藍の整備
遠州三十三観音霊場会の縁起によれば、近代に法地(住職の常住する寺格)へ昇格し、10世の清巌良規大和尚によって本堂が建立され、開山堂・牌堂・庫裡が増築されました。同縁起には、先代住職が戦後に日曜学校や法雲寺子供会を設けて青少年の育成に努め、その功績による正力松太郎賞の賞金に私財を加えて坐禅堂「養心閣」を建立したことも記されています。庵から寺へ、そして地域の子どもたちの学びの場へと役割を広げてきた歩みがうかがえます。
札所と境内の信仰
遠州三十三観音霊場は遠州一円の観音札所をめぐる霊場で、法雲寺はその第29番札所として、聖観世音菩薩を札所本尊に巡拝者を迎えてきました。御詠歌「のりのくも あさなゆうなに たなびきて みちびきたもう ただしきわざえ」は、寺号の「法雲」を、朝な夕なにたなびいて人々を正しい行いへ導く仏法の雲になぞらえたものです。磐田市観光協会の資料によれば、遠州七福神めぐりでは大黒天の札所とされています。境内は向笠城の砦跡と伝えられ、入口には乗ってお参りすると足が丈夫になると言われる「仏足石」があります。境内にはまた、足元に老夫婦の像が寄り添う、ぼけずに長生きのご利益があるとされる観音像も立ち、健脚や健やかな老いを願う庶民信仰の場として親しまれています。札所と花と石造物が一体となった境内は、檀家の法要の場であると同時に、巡拝の人々を受け入れてきた信仰の場でもあります。
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文化財・見どころ
仏足石
参道入口にある、釈迦の足跡を刻んだ石です。磐田市観光協会の資料によれば、乗ってお参りすると足が丈夫になると言われており、健脚を願う参拝者に親しまれています。
老夫婦の像が寄り添う観音像
境内に立つ観音像で、足元に老夫婦の像が寄り添う姿が特徴です。磐田市観光協会の資料では、ぼけずに長生きのご利益があるとされると紹介されており、長寿と健やかな老いを願う地域の信仰を集めています。
あじさい(約400株)
「磐田あじさい寺」の名の由来となった境内のあじさいです。磐田市観光協会によれば約400株が植えられ、見頃は6月上旬から中旬です。霊場会の資料には、早春から初夏にかけて梅・桜・藤・ツツジ・紫陽花が咲き競うと記されており、四季の花が境内を彩ります。
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宗派と本尊を知る
法雲寺は、可睡斎の末寺であった向笠の新豊院の法系に連なる曹洞宗寺院で、開山は新豊院4世の観天是音大和尚と伝わります。本尊は聖観世音菩薩で、遠州三十三観音霊場第29番の札所本尊として巡拝者を迎えてきました。『静岡県磐田郡誌』は江戸期の本尊を阿弥陀如来と記しており、観音信仰の寺としての現在の姿は近代以降に定まったとみられます。
曹洞宗とは
曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。
教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。
檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。
観音菩薩という仏さま
観音菩薩は、正式には観世音菩薩といい、世の人びとの苦しみの声を観じて、ただちに救いに赴くとされる菩薩です。『法華経』の観世音菩薩普門品(観音経)には、相手に応じて33の姿に身を変えて救うと説かれています。その姿は、老人や子ども、僧侶や天女など、救う相手に最もふさわしいものへと臨機応変に変わるとされ、この教えから観音さまは古くから最も広く信仰を集めてきました。
基本の姿である聖観音のほか、あらゆる方向に顔を向けて見守る十一面観音、千の手と眼で漏れなく救いの手を差し伸べる千手観音、憤怒の形相をとる馬頭観音など、多彩な変化観音が生み出され、それぞれの姿で人びとのさまざまな願いに応えてきました。
病気平癒や家内安全など現世のご利益を願う信仰に加え、観音霊場を順に巡る三十三所の巡礼も各地で育まれてきました。地域の観音堂や観音講を通じて、身近な悩みを聞き届けてくださる仏さまとして、今も厚く親しまれています。
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地域とのつながり
法雲寺のある向笠地区は、太田川・敷地川沿いに水田の広がる「里」と、磐田原台地の上に茶園の広がる「原」からなる農業地帯で、向笠地域づくり協議会によれば11の自治会で構成されています。法雲寺が立つ向笠西は太田川に近い里の集落の一つで、明治の町村制以降は磐田郡向笠村の大字でした。地区の拠点である磐田市の向笠交流センターは寺の東方、向笠竹之内に置かれています。
境内が向笠城の砦跡と伝えられるように、この一帯は戦国期に向笠氏が拠った土地で、本寺の新豊院(向笠竹之内)も向笠城主の祈願所であったと伝わります。江戸時代には新豊院の歴代住職が向笠の各集落に庵を開き、法雲庵もその一つとして向笠西の人々の菩提を弔ってきました。現代では「磐田あじさい寺」として、梅雨の時期に多くの人が花を見に訪れる寺となり、戦後の日曜学校や子供会の歩みも含めて、村の庵から地域に開かれた寺へという向笠の暮らしの変化をそのまま映しています。田植えを終えた里の水田があじさいの時期と重なる初夏の風景は、農村向笠の季節の巡りとともにあるこの寺らしい眺めです。
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年中行事・参拝の手引き
参拝・法要で訪れる方へ
あじさいの見頃は磐田市観光協会によれば6月上旬から中旬です。花の時期は見学の方も多いため、法要やお墓参りで訪れる際は境内の混み合いに留意してください。
年間行事・法要の日程は公開資料では確認できていません。檀家の方は寺院へ直接確認してください。
- 施餓鬼会・彼岸法要など年間行事の日程
- 護持会など檀家組織の有無・活動内容
- 墓地・永代供養に関する寺院の対応
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
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よくある質問
- 法雲寺の読み方と山号は?
-
「ほううんじ」と読みます。山号は八幡山で、磐田市向笠西にあります。かつては法雲庵と称しました。
本文「この寺院について」を読む - 宗派と本尊は?
-
曹洞宗の寺院で、本尊は聖観世音菩薩です。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)には江戸期の本尊として阿弥陀如来が記されています。
本文「宗派と本尊」を読む - いつ誰が開いたお寺ですか?
-
寺伝では寛永11年(1634年)の開創で、開山は向笠の新豊院4世・観天是音大和尚と伝わります。当初は法雲庵と称し、8代目住職のときに法雲寺と改められたとされます。
本文「歴史と背景」を読む - 「磐田あじさい寺」とはこの寺のことですか?
-
はい。磐田市観光協会によれば境内には約400株のあじさいが植えられており、見頃の6月上旬から中旬には「磐田あじさい寺」として紹介されています。
本文「文化財・見どころ」を読む - 札所になっていますか?
-
遠州三十三観音霊場の第29番札所です。磐田市観光協会の資料では、遠州七福神めぐりの大黒天の札所でもあるとされています。
本文「年中行事・参拝の手引き」を読む - 境内にはどんな見どころがありますか?
-
乗ってお参りすると足が丈夫になると言われる仏足石や、足元に老夫婦の像が寄り添う観音像があります。境内は向笠城の砦跡と伝えられています。
本文「文化財・見どころ」を読む - 新豊院とはどんな関係ですか?
-
『静岡県磐田郡誌』に、法雲寺(法雲庵)は向笠竹之内の新豊院の末寺と記されています。開山の観天是音大和尚も新豊院4世で、向笠の本寺新豊院の法系に連なる寺院です。
本文「歴史と背景」を読む - 坐禅堂「養心閣」とは何ですか?
-
霊場会の縁起によれば、先代住職が戦後に日曜学校や法雲寺子供会を設けて青少年育成に努め、その功績による正力松太郎賞の賞金に私財を加えて建立した坐禅堂です。
本文「歴史と背景」を読む
08
写真で見る境内
09
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9108。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照
- 宗派公式資料 法雲寺(磐田市向笠西・29番札所)遠州三十三観音霊場めぐり
霊場会公式サイト。山号八幡山・曹洞宗・本尊聖観世音菩薩、第29番札所、御詠歌、寛永11年(1634)開創・開山観天是音大和尚(新豊院四世)、法地昇格・本堂建立・養心閣建立の縁起を確認。2026年7月19日にページの取得を再確認。
- 行政・公的資料 磐田北部ありがた歩記(磐田市観光協会パンフレット)
寛永11年(1634)法雲庵として開創、8代目住職のとき法雲寺に改称、遠州三十三観音29番札所・遠州七福神大黒天札所、境内は向笠城の砦跡との伝承、仏足石・観音像の記述を確認。
- 行政・公的資料 法雲寺(あじさい)磐田市観光協会
「磐田あじさい寺」、約400株のあじさい、見頃6月上旬〜中旬、所在地磐田市向笠西374を確認。
- 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編(大正10年)コマ463(法雲庵の由緒)
国立国会図書館デジタルコレクション。向笠村向笠西所在・八幡山・新豊院末寺・当時の本尊阿弥陀如来・寛永年中に本寺4世是音が開創した旨、および是音が正林寺・正林庵の開山でもある旨を確認。
- 民間二次情報 ニッポンの霊場 静岡県の七福神(遠州七福神)
遠州七福神(昭和期開創・曹洞宗寺院のみで構成)の大黒天=法雲寺を確認。磐田市観光協会資料の記載とも一致。
- 地域団体資料 向笠地域づくり協議会(静岡県 磐田市)
向笠地区が11自治会で構成され、太田川・敷地川沿いの水田の広がる里と磐田原台地の茶園の広がる原に分かれることを確認(地域文脈として使用)。
- 現地確認 現地確認(2026年7月、ATAWI TEMPLE編集部)
本堂、山門、寺号石柱、境内の石仏・小堂、稲荷堂、案内板等を現地写真で確認。
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
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