御厨地区・現存
東昌寺
とうしょうじ
東昌寺(とうしょうじ)は、静岡県磐田市東貝塚1291番地に所在する曹洞宗の現存する寺院です。東昌寺は磐田市東貝塚にある曹洞宗の寺院で、山号は招宝山です。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は東貝塚字中原に在り、西貝塚の福王寺の末寺で本尊は薬師如来、法地格に列すと記します。
別称・関連名称招宝山
- 寺院名
- 東昌寺
- 地区
- 御厨
- 住所
- 静岡県磐田市東貝塚1291番地
- 宗派
- 曹洞宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 東昌寺
- 読み方
- とうしょうじ
- 地区
- 御厨
- 宗派
- 曹洞宗
- ご本尊(資料上)
- 薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市東貝塚1291番地
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 未確認
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 未確認(寺院へご確認ください)
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 東昌寺の境内・寺号標
- 最終確認日
- 2026.07.15
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 東昌寺
- 宗派
- 曹洞宗
- 本尊
- 薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)
- 創建
- 創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市東貝塚1291番地
- 地区
- 御厨
Database 02
沿革
招宝山東昌寺—福王寺末の薬師の寺
大正10年(1921年)刊『静岡県磐田郡誌』の寺院由緒には「東昌寺(御厨村)【由緒】御厨村東貝塚字中原に在り。招寳山と號す。當郡西貝村福王寺の末寺にして、本尊は藥師如來なり。法地格に列す」と記されています。本寺の福王寺(磐田市城之崎)は徳川家康から寺領の朱印状を受けた西貝塚の曹洞宗寺院で、東昌寺はその末寺として東貝塚の集落に位置してきました。創建の年代や開山については同郡誌にも記載がなく、現時点で確認できる公開資料はありません。
正保郷帳の寺領2石—近世の東昌寺
『日本歴史地名大系』(平凡社)の東貝塚村の項によれば、東貝塚村は山名郡に属し、天正17年(1589年)7月7日の徳川家七ヵ条定書写に「東かい塚百姓等」と見える村で、正保郷帳(正保年間、1644〜1648年)には村高205石余の幕府領のうち「東昌(とうしよう)寺(現曹洞宗)領二石」が記されています。可睡斎史料集 第1巻(寺誌史料、1989年)にも遠江国山名郡の御黒印高として東貝塚村の東昌寺2石が見え、幕末から明治初年の状況を示す『旧高旧領取調帳』中部編でも東貝塚村に「東昌寺除地2石」が記録されており、江戸時代を通じて2石の寺領(除地)を維持したことが分かります。
創建・草創について
東昌寺の創建・草創は、現在の整理では「創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)」とされています。ただし寺院の草創年代は、寺伝、郡誌、宗派資料、現地の碑文で表記が分かれることがあります。本文では、確認できる資料の表現を優先し、断定できない事項は調査課題として残します。
公開資料の限界と確認順序
東昌寺のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)
- 宗教的意味
- 東昌寺は曹洞宗として記録されます。本尊については「薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
東昌寺の境内・寺号標
2026-07-19までの現地写真整理で、東昌寺の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。
Database 06
年中法要
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
東昌寺の所在地である御厨は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。御厨地区は、鎌田御厨、御厨古墳群、東海道本線以東の集落史が重なる地域です。寺院は鎌田、東貝塚、西貝塚、新貝などの集落に沿って分布し、古代から中世、近世の信仰と地域の移り変わりを確認できます。この整理では、宗教法人名簿の基礎情報に加えて、寺院跡、霊場、文化財、現地写真を照合し、御厨周辺のお寺を地図や検索から調べられるよう整理しています。
東昌寺は、静岡県磐田市東貝塚1291番地という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。
今後は、山号・本尊・開山を現地の由緒書きや磐田市誌で確認する、『日本歴史地名大系』(磐田市東貝塚の項)に記載がないか図書館で確認する、曹洞宗静岡県宗務所または本寺との関係(本末関係)を調査する、東貝塚地区の郷土資料(区誌・自治会誌)での言及を探すを確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。
東昌寺については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。
御厨地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。
東昌寺(とうしょうじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9115(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡県磐田郡誌(磐田郡教育会編、大正10年)寺院由緒「東昌寺(御厨村)」ではコマ449〜450。日本歴史地名大系「東貝塚村」(平凡社、コトバンク)では正保郷帳の東昌寺領2石。可睡斎史料集 第1巻 寺誌史料(思文閣出版、1989年)では山名郡東貝塚村御黒印高2石東昌寺(NDL全文検索スニペット)。旧高旧領取調帳 中部編(木村礎校訂)では東貝塚村 東昌寺除地2.000石。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9115
- 郷土資料静岡県磐田郡誌(磐田郡教育会編、大正10年)寺院由緒「東昌寺(御厨村)」
コマ449〜450
- 郷土資料日本歴史地名大系「東貝塚村」(平凡社、コトバンク)
正保郷帳の東昌寺領2石
- 郷土資料可睡斎史料集 第1巻 寺誌史料(思文閣出版、1989年)
山名郡東貝塚村御黒印高2石東昌寺(NDL全文検索スニペット)
- 郷土資料旧高旧領取調帳 中部編(木村礎校訂)
東貝塚村 東昌寺除地2.000石
- 郷土資料昭和初期農村の子供:自然に学ぶ(袴田和夫、1992年)
目次に「東昌寺」「東昌寺由緒」の章を確認(未読・要調査)
- 民間二次情報ニッポンの霊場 遠江四十九薬師霊場
第47番=招宝山東昌寺(曹洞宗・磐田市東貝塚・御本尊薬師如来)を確認。寺名・宗派・町名がDBと一致。
- 宗派公式資料曹洞禅ナビ 磐田市寺院一覧
磐田市の公式一覧(全61寺)に「東昌寺」として掲載を確認(一覧掲載のみ確認)。詳細ページはサーバー障害で未取得
- 現地確認現地確認(2026年7月15日、ATAWI TEMPLE編集部)
入口石柱、本堂、境内庭園、祠、石灯籠、石碑等を確認し、現地写真を追加。
最終更新日 2026.07.19
Uploaded Photos
保存済み写真
01
この寺院について
東昌寺は御厨地区の曹洞宗です。所在地は静岡県磐田市東貝塚1291番地。別称・山号として招宝山が記録されています。宗教法人名簿上の所在地と寺院データの所在地を照合し、現存寺院として扱います。
東昌寺は磐田市東貝塚にある曹洞宗の寺院で、山号は招宝山です。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は東貝塚字中原に在り、西貝塚の福王寺の末寺で本尊は薬師如来、法地格に列すと記します。正保郷帳に「東昌寺領二石」と記録されるなど、江戸時代前期から寺領を有したことが確認できます。創建・草創については、創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)と整理されています。
調査状況は「現地写真あり」です。本ページでは、出典で確認できる事実、寺伝として扱うべき伝承、未確認の論点を分け、檀家・地域の記憶をたどるための入口として整理します。
02
歴史と背景
招宝山東昌寺—福王寺末の薬師の寺
大正10年(1921年)刊『静岡県磐田郡誌』の寺院由緒には「東昌寺(御厨村)【由緒】御厨村東貝塚字中原に在り。招寳山と號す。當郡西貝村福王寺の末寺にして、本尊は藥師如來なり。法地格に列す」と記されています。本寺の福王寺(磐田市城之崎)は徳川家康から寺領の朱印状を受けた西貝塚の曹洞宗寺院で、東昌寺はその末寺として東貝塚の集落に位置してきました。創建の年代や開山については同郡誌にも記載がなく、現時点で確認できる公開資料はありません。
正保郷帳の寺領2石—近世の東昌寺
『日本歴史地名大系』(平凡社)の東貝塚村の項によれば、東貝塚村は山名郡に属し、天正17年(1589年)7月7日の徳川家七ヵ条定書写に「東かい塚百姓等」と見える村で、正保郷帳(正保年間、1644〜1648年)には村高205石余の幕府領のうち「東昌(とうしよう)寺(現曹洞宗)領二石」が記されています。可睡斎史料集 第1巻(寺誌史料、1989年)にも遠江国山名郡の御黒印高として東貝塚村の東昌寺2石が見え、幕末から明治初年の状況を示す『旧高旧領取調帳』中部編でも東貝塚村に「東昌寺除地2石」が記録されており、江戸時代を通じて2石の寺領(除地)を維持したことが分かります。
創建・草創について
東昌寺の創建・草創は、現在の整理では「創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)」とされています。ただし寺院の草創年代は、寺伝、郡誌、宗派資料、現地の碑文で表記が分かれることがあります。本文では、確認できる資料の表現を優先し、断定できない事項は調査課題として残します。
公開資料の限界と確認順序
東昌寺のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。
03
文化財・見どころ
東昌寺の境内・寺号標
2026-07-19までの現地写真整理で、東昌寺の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。
04
宗派と本尊を知る
東昌寺は曹洞宗として記録されます。本尊については「薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。
曹洞宗とは
曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師(1200年〜1253年)が宋(中国)から正伝の仏法を伝え、瑩山禅師が全国へ広めた禅宗の一派です。両禅師を「両祖」と仰ぎ、ご本尊は釈迦牟尼仏です。道元禅師は寛元2年(1244年)に越前(現在の福井県)に永平寺を開き、瑩山禅師の系統からは總持寺(現在は横浜市鶴見区)が興りました。この2か寺を両大本山とし、全国におよそ1万4千か寺を数える大教団です。
教えの中心は「只管打坐」、ただひたすらに坐ることです。坐禅は悟りを得るための手段ではなく、坐る姿そのものが仏のすがたであると説き、掃除や食事といった日々の行いのすべてを修行と捉えます。道元禅師の主著「正法眼蔵」には、その思想が深く説かれています。
檀家の法要では「修証義」や「般若心経」の読誦が親しまれ、葬儀は故人に戒を授けて仏弟子として送る作法に特色があり、戒名にも仏弟子としての意味が込められています。菩提寺で坐禅会や写経会が開かれることも多く、暮らしの中で教えに触れやすい宗派です。
薬師如来という仏さま
薬師如来は、正式には薬師瑠璃光如来といい、東方の浄瑠璃世界と呼ばれる浄土の教主とされる仏さまです。菩薩として修行していた時代に12の大願を立て、その中で人びとの病を取り除き、心身を安らかにすることを誓ったと経典に説かれています。誓いには、飢えや渇きに苦しむ人を救い、衣類の乏しい人に衣を施すことも含まれ、心と身体の両面から人びとを支える仏さまです。左手に薬壺を持つ姿が広く知られ、古くから「お薬師さま」の呼び名で親しまれてきました。
来世の救いを担う阿弥陀如来に対して、薬師如来は現世で救いの手を差し伸べる仏とされ、奈良時代(8世紀)から病気平癒や健康長寿を願う現世利益の信仰を集めてきました。脇には日光菩薩と月光菩薩が控え、昼も夜も絶え間なく人びとを見守ってくださると伝えられます。
薬師如来を本尊とする寺院では、家族の病気平癒や無病息災、厄除けの祈願が折々に営まれ、暮らしに寄り添う仏として大切にされてきました。お参りの際には、日々を健やかに送れることへの感謝を込めて手を合わせたいものです。
参考: お薬師様の十二大願(奈良薬師寺 公式サイト)/ご本尊・薬師如来(薬師寺東京別院 公式サイト)/薬師如来(新薬師寺 公式ホームページ)
05
地域とのつながり
東昌寺の所在地である御厨は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。御厨地区は、鎌田御厨、御厨古墳群、東海道本線以東の集落史が重なる地域です。寺院は鎌田、東貝塚、西貝塚、新貝などの集落に沿って分布し、古代から中世、近世の信仰と地域の移り変わりを確認できます。この整理では、宗教法人名簿の基礎情報に加えて、寺院跡、霊場、文化財、現地写真を照合し、御厨周辺のお寺を地図や検索から調べられるよう整理しています。
東昌寺は、静岡県磐田市東貝塚1291番地という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。
今後は、山号・本尊・開山を現地の由緒書きや磐田市誌で確認する、『日本歴史地名大系』(磐田市東貝塚の項)に記載がないか図書館で確認する、曹洞宗静岡県宗務所または本寺との関係(本末関係)を調査する、東貝塚地区の郷土資料(区誌・自治会誌)での言及を探すを確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。
東昌寺については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。
御厨地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。
東昌寺(とうしょうじ)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9115(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡県磐田郡誌(磐田郡教育会編、大正10年)寺院由緒「東昌寺(御厨村)」ではコマ449〜450。日本歴史地名大系「東貝塚村」(平凡社、コトバンク)では正保郷帳の東昌寺領2石。可睡斎史料集 第1巻 寺誌史料(思文閣出版、1989年)では山名郡東貝塚村御黒印高2石東昌寺(NDL全文検索スニペット)。旧高旧領取調帳 中部編(木村礎校訂)では東貝塚村 東昌寺除地2.000石。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
06
年中行事・参拝の手引き
参拝・法要で訪れる方へ
2026年7月に入口石柱、本堂、境内庭園、祠、石灯籠、石碑等を現地確認し、写真を追加しました。
法要・墓参・年中行事の具体的な日程は、公開資料だけで断定せず、寺院または檀家関係者に確認してください。
- 山号・本尊・開山を現地の由緒書きや磐田市誌で確認する
- 『日本歴史地名大系』(磐田市東貝塚の項)に記載がないか図書館で確認する
- 曹洞宗静岡県宗務所または本寺との関係(本末関係)を調査する
- 東貝塚地区の郷土資料(区誌・自治会誌)での言及を探す
- 袴田和夫『昭和初期農村の子供:自然に学ぶ』(1992年)に「東昌寺由緒」の章があることをNDL全文検索で確認済み(送信サービス限定のため未読)。創建伝承や近代の沿革が記されている可能性が高い
- 東貝塚村の庄屋後藤家文書(同書所収「区有文書」)と東昌寺の関係の確認
- 曹洞禅ナビ復旧後に詳細ページ(index_220999)を再確認(調査時サーバー障害で未取得)。他県の同名寺(index_80171等)と混同しないこと
- 東昌寺の法要・墓地・護持会・地域行事について、寺院公式・現地掲示・檀家関係者への確認が必要です。
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
07
よくある質問
- 東昌寺の読み方は?
-
「とうしょうじ」と読みます。寺院名の表記は資料により旧字体・別称を伴う場合があるため、本文では確認できる表記を併記します。
本文「この寺院について」を読む - 東昌寺の宗派は?
-
曹洞宗として整理しています。宗派は県の宗教法人名簿や宗派公式情報を優先して確認します。
本文「宗派と本尊」を読む - 東昌寺の所在地は?
-
静岡県磐田市東貝塚1291番地です。古い資料では旧村名や字名で記録される場合があるため、現在の住所表示と照合して読む必要があります。
本文「この寺院について」を読む - 創建や由緒は確認できますか?
-
創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)と整理されています。由緒に伝承が含まれる場合は、郷土資料や現地資料で確認できる範囲を本文に反映しています。
本文「歴史と背景」を読む - 地域との関わりは?
-
東昌寺は御厨地区の寺院として、旧村名、街道、川、学校史、寺院本末関係などの地域史とあわせて読む必要があります。
本文「地域とのつながり」を読む - 本尊は何ですか?
-
薬師如来(『静岡県磐田郡誌』による)と記録されています。ただし現在の安置状況は、寺院公式または現地確認での照合が必要です。
本文「宗派と本尊」を読む - 情報が少ない場合はどう扱いますか?
-
公開資料で確認できない事項は推測で埋めず、未確認として残します。名称・所在地・宗派など確認済みの基礎情報を軸に、郷土資料や現地確認で補う方針です。
本文「この寺院について」を読む
08
写真で見る境内
09
出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9115(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)
- 郷土資料 静岡県磐田郡誌(磐田郡教育会編、大正10年)寺院由緒「東昌寺(御厨村)」
コマ449〜450
- 郷土資料 日本歴史地名大系「東貝塚村」(平凡社、コトバンク)
正保郷帳の東昌寺領2石
- 郷土資料 可睡斎史料集 第1巻 寺誌史料(思文閣出版、1989年)
山名郡東貝塚村御黒印高2石東昌寺(NDL全文検索スニペット)
- 郷土資料 旧高旧領取調帳 中部編(木村礎校訂)
東貝塚村 東昌寺除地2.000石
- 郷土資料 昭和初期農村の子供:自然に学ぶ(袴田和夫、1992年)
目次に「東昌寺」「東昌寺由緒」の章を確認(未読・要調査)
- 民間二次情報 ニッポンの霊場 遠江四十九薬師霊場
第47番=招宝山東昌寺(曹洞宗・磐田市東貝塚・御本尊薬師如来)を確認。寺名・宗派・町名がDBと一致。
- 宗派公式資料 曹洞禅ナビ 磐田市寺院一覧
磐田市の公式一覧(全61寺)に「東昌寺」として掲載を確認(一覧掲載のみ確認)。詳細ページはサーバー障害で未取得
- 現地確認 現地確認(2026年7月15日、ATAWI TEMPLE編集部)
入口石柱、本堂、境内庭園、祠、石灯籠、石碑等を確認し、現地写真を追加。
- 現地確認 現地写真(2026年撮影)
東昌寺の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照
- 宗派公式資料 曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET 公式ページ
両祖(道元禅師・瑩山禅師)・両大本山・約1万4千か寺の教団規模・坐禅を中心とする教えを確認
- 本山公式資料 大本山永平寺(大本山總持寺 公式サイト内紹介)
寛元2年(1244年)の永平寺開創と両大本山の関係を確認
- 寺院公式 お薬師様の十二大願(奈良薬師寺 公式サイト)
正式名・東方浄瑠璃浄土・十二大願(病を除き心身安楽にする誓いを含む)を確認
- 寺院公式 ご本尊・薬師如来(薬師寺東京別院 公式サイト)
来世の阿弥陀如来と対比した現世利益の性格、日光菩薩・月光菩薩、奈良時代以来の信仰を確認
- 寺院公式 薬師如来(新薬師寺 公式ホームページ)
左手に薬壺を持つ像容と十二の願いの内容を確認
- 行政・文化財情報 御厨古墳群|磐田市公式ウェブサイト
御厨地区の古墳群と古代史の文脈を確認
- 行政・公的資料 磐田市公式サイト「磐田市の概要」
磐田市域の歴史的背景、遠江国府・遠江国分寺・見付宿などの地域文脈を確認
- 行政・公的資料 磐田市文化財保存活用地域計画(令和6年9月)
地区ごとの歴史文化のまとまり、文化財・未指定文化財の整理方針を確認
- 公的機関資料 宗務行政の概要(文化庁)
宗教法人制度と宗教年鑑の位置づけを確認
- 法令 宗教法人法(e-Gov法令検索)
宗教法人の制度上の位置づけを確認
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
Same Area
同じ地区の寺院
Same Sect