見付地区・現存
徳翁院
とくおういん
徳翁院(とくおういん)は、静岡県磐田市見付568番地に所在する浄土宗の現存する寺院です。徳翁院は磐田市見付にある浄土宗(鎮西白旗派)の寺院で、山号は江東山、本尊は十一面観音菩薩立像です。『静岡県磐田郡誌』(1921年)によれば、同じ見付の大見寺の末寺で、大見寺11世・呑誉禿翁上人が退院後の天和元年(1681年)2月に分派創建しました。
別称・関連名称江東山徳翁院
- 寺院名
- 徳翁院
- 地区
- 見付
- 住所
- 静岡県磐田市見付568番地
- 宗派
- 浄土宗
Basic Information
基本情報
- 寺院名
- 徳翁院
- 読み方
- とくおういん
- 地区
- 見付
- 宗派
- 浄土宗
- ご本尊(資料上)
- 十一面観音菩薩立像
- ご本尊の現在の確認状況
- 公開資料で確認済み
- 住所
- 静岡県磐田市見付568番地
- Googleマップ
- Googleマップで開く
- 寺院公式サイト
- 未確認
- 電話番号
- 未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
- 法要・参拝情報
- 1件の年中行事・法要情報を掲載
- 駐車場情報
- 確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
- アクセス・交通手段
- 確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
- 周辺の目印
- 確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
- 文化財・特記事項
- 徳翁院の境内・寺号標
- 最終確認日
- 2026.07.12
不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ
法要や墓参りで帰省される方へ
法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。
結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。
法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 01
寺院概要
- 山号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 院号
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 寺号
- 徳翁院
- 宗派
- 浄土宗
- 本尊
- 十一面観音菩薩立像
- 創建
- 開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人。宗派資料の開基年次欄は「天和年間(1615~1623)」と表記されるが、西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため年号表記に矛盾があり要確認
- 開山
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 開基
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 所在地
- 静岡県磐田市見付568番地
- 地区
- 見付
Database 02
沿革
創建と大見寺との縁
『静岡県磐田郡誌』(1921年)の浄土宗寺院の由緒には、徳翁院は見付町字三本松に在り、鎮西白旗派に属して同町大見寺の末寺であること、本尊は救世観世音菩薩で慈覚大師の作と伝えること、開創は大見寺第11世の呑誉禿翁上人(同誌の由緒欄では「秀翁」とも印字されますが、同誌の大見寺関係記事および静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介は「禿翁」と記します)で、退院後に「宮御方御念持仏」の救世観世音菩薩を本尊として天和元年(1681年)2月に当院を分派創建したこと、禿翁上人は元禄3年(1690年)5月27日に示寂したことが記されています。宗派資料の開基年次欄には「天和年間(1615~1623)」とありますが、天和は西暦1681〜1684年にあたり、郡誌の記す天和元年(1681年)2月と整合します。同誌の一覧表では山号は「江朶山」と印字され(現在の資料にみえる「江東山」の誤植とみられます)、1921年当時の境内地は440坪でした。現在も毎年4月と8月の観音まつり、2月の稲荷まつりが行われています。
良純法親王の分骨石塔と徳翁院
『静岡県磐田郡誌』の大見寺に関する記事には、開山の呑誉禿翁和尚は良純法親王の弟子で、法親王の配流先の甲州から随従し、後に大見寺住職となったこと、法親王が寛文9年(1669年)4月に66歳で薨去した後、分骨と霊牌の安置を請願して許可を受けたことが記されています。同記事によれば、その石塔ははじめ「三本松なる末寺徳翁院」に置かれ、文政11年(1828年)11月に大見寺へ遷されました。徳翁院の旧地名である見付字三本松に法親王ゆかりの石塔が置かれていたことになり、開山禿翁上人を介した大見寺・良純法親王との深い縁を示しています。
大見寺11世を開山とする観音の寺
浄土宗の公式寺院検索には、山号を江東山、院号を徳翁院として登録されています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によると、開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人で、創建年次の欄には「天和年間(1615~1623)」と記されています。ただし西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため、年号と西暦のどちらが正しいかは資料上確認できません。本尊は十一面観音菩薩立像で、寺宝としても同像が挙げられています。
観音まつりと稲荷まつり
静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介では、年中行事として毎年4月と8月の観音まつり、2月の稲荷まつりが挙げられています。現住職は大見寺住職の兼務です。
地域史の中で読む視点
徳翁院の歩みは、寺単体の由緒だけでなく、見付地区の旧村、街道、川、農地、学校史、寺院本末関係とあわせて読む必要があります。古い資料では寺号の表記、住所の字名、本寺・末寺の関係が現在の住所表示と異なることがあるため、本文では時代ごとの表記を区別して整理します。
公開資料の限界と確認順序
徳翁院のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。
Database 03
歴代住職
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 04
本尊
- 本尊名
- 十一面観音菩薩立像
- 宗教的意味
- 徳翁院は浄土宗として記録されます。本尊については「十一面観音菩薩立像」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。
- 由来
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
- 安置場所
- 調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 05
寺宝・文化財
徳翁院の境内・寺号標
2026-07-19までの現地写真整理で、徳翁院の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。
Database 06
年中法要
- 年中行事
観音まつり(毎年4月と8月)、稲荷まつり(2月)
Database 07
墓地情報
調査中(確認できた情報から順次更新します)
一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
Database 08
檀家地域
調査中(確認できた情報から順次更新します)
Database 09
地域との関係
徳翁院の所在地である見付は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。見付地区は、遠江国府、遠江国分寺、東海道見付宿の記憶が重なる磐田市中心部の歴史地区です。寺院は旧街道、宿場、国府関連の史跡、近世の町場と結びついて分布し、時宗、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗など宗派も多様です。この整理では、寺院名・住所・宗派に加え、文化財、旧地名、磐田物語の記事との関係を確認しながら、見付周辺のお寺を体系的に整理します。
徳翁院は、静岡県磐田市見付568番地という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。
今後は、開基年次の「天和年間(1615~1623)」表記の正誤(元和年間か天和年間か)を寺院・宗派資料で確認する、本尊十一面観音菩薩立像の年代・伝来を確認する、境内の稲荷社(稲荷まつりの対象)の由来を確認する、見付宿の町並みにおける位置づけ(旧東海道見付宿との関係)を磐田市誌で調べるを確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。
徳翁院については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。
見付地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。
徳翁院(とくおういん)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9059(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡教区浄土宗青年会「146 徳翁院 磐田市見付」では山号(江東山)、本尊十一面観音菩薩立像、開山呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、開基年次「天和年間(1615~1623)」、観音まつり・稲荷まつりを確認。浄土宗 寺院検索「徳翁院」では浄土宗寺院であること、山号「江東山」、所在地(磐田市見付568番地)を確認。静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」では大見寺11代呑誉禿翁が良純親王(後陽成天皇第八皇子)の弟子だったという記述を確認(現地案内板・磐田市教育委員会文化財課を典拠と明記)。『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ・616コマでは国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)、浄土宗寺院一覧表(413コマ)、大見寺・良純法親王と徳翁院の石塔(616コマ)。次世代デジタルライブラリーの全文検索APIで本文を確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
今後の確認事項として、開基年次の「天和年間(1615~1623)」表記の正誤(元和年間か天和年間か)を寺院・宗派資料で確認する、本尊十一面観音菩薩立像の年代・伝来を確認する、境内の稲荷社(稲荷まつりの対象)の由来を確認する、見付宿の町並みにおける位置づけ(旧東海道見付宿との関係)を磐田市誌で調べる、大見寺との本末・兼務関係の沿革を確認するが残ります。これらは本文で推測して埋めるのではなく、寺院公式、宗派資料、郷土資料、現地の碑文や聞き取りで裏取りしてから追記すべき項目です。未確認事項を明示することは、檀家や地域の人が後から情報を補える余地を残すためにも大切です。
徳翁院では、現在の住所表示だけでなく、古い資料に出る旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合して読みます。寺院は地図上の一点ではなく、檀家の墓参、村の講、学校や集会、川や街道に沿った生活圏と結び付いてきました。名称や所在地が同じように見える寺院が他地域にある場合でも、住所・宗派・出典の組み合わせを確認することで、同名寺院の混同を避けられます。
徳翁院(とくおういん)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡教区浄土宗青年会 寺院紹介「146 徳翁院 磐田市見付」では開山=呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、創建=「天和年間(1615~1623)」(年号矛盾あり)、本尊・寺宝=十一面観音菩薩立像、行事=観音まつり(4月・8月)・稲荷まつり(2月)を確認。現地写真(2026年撮影)では徳翁院の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照。開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)では承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認。知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)では知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認。観音様を知ろう(日本遺産「会津の三十三観音めぐり」公式サイト)では観音経の33身、聖観音・十一面・千手・馬頭など変化観音の種類と性格、現世利益の信仰を確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
Database 11
出典・更新記録
- 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9059
- 宗派公式資料静岡教区浄土宗青年会「146 徳翁院 磐田市見付」
山号(江東山)、本尊十一面観音菩薩立像、開山呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、開基年次「天和年間(1615~1623)」、観音まつり・稲荷まつりを確認
- 宗派公式資料浄土宗 寺院検索「徳翁院」
浄土宗寺院であること、山号「江東山」、所在地(磐田市見付568番地)を確認
- 民間二次情報静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」
大見寺11代呑誉禿翁が良純親王(後陽成天皇第八皇子)の弟子だったという記述を確認(現地案内板・磐田市教育委員会文化財課を典拠と明記)
- 郷土資料『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ・616コマ
国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)、浄土宗寺院一覧表(413コマ)、大見寺・良純法親王と徳翁院の石塔(616コマ)。次世代デジタルライブラリーの全文検索APIで本文を確認
- 宗派公式資料静岡教区浄土宗青年会 寺院紹介「146 徳翁院 磐田市見付」
開山=呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、創建=「天和年間(1615~1623)」(年号矛盾あり)、本尊・寺宝=十一面観音菩薩立像、行事=観音まつり(4月・8月)・稲荷まつり(2月)を確認
最終更新日 2026.07.19
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保存済み写真
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この寺院について
徳翁院は見付地区の浄土宗です。所在地は静岡県磐田市見付568番地。別称・山号として江東山徳翁院が記録されています。宗教法人名簿上の所在地と寺院データの所在地を照合し、現存寺院として扱います。
徳翁院は磐田市見付にある浄土宗(鎮西白旗派)の寺院で、山号は江東山、本尊は十一面観音菩薩立像です。『静岡県磐田郡誌』(1921年)によれば、同じ見付の大見寺の末寺で、大見寺11世・呑誉禿翁上人が退院後の天和元年(1681年)2月に分派創建しました。禿翁上人は良純法親王(後陽成天皇第8皇子)の弟子で、法親王の分骨石塔がはじめ当院に置かれていたことでも知られます。創建・草創については、開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人。宗派資料の開基年次欄は「天和年間(1615~1623)」と表記されるが、西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため年号表記に矛盾があり要確認と整理されています。
調査状況は「現地写真あり」です。本ページでは、出典で確認できる事実、寺伝として扱うべき伝承、未確認の論点を分け、檀家・地域の記憶をたどるための入口として整理します。
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歴史と背景
創建と大見寺との縁
『静岡県磐田郡誌』(1921年)の浄土宗寺院の由緒には、徳翁院は見付町字三本松に在り、鎮西白旗派に属して同町大見寺の末寺であること、本尊は救世観世音菩薩で慈覚大師の作と伝えること、開創は大見寺第11世の呑誉禿翁上人(同誌の由緒欄では「秀翁」とも印字されますが、同誌の大見寺関係記事および静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介は「禿翁」と記します)で、退院後に「宮御方御念持仏」の救世観世音菩薩を本尊として天和元年(1681年)2月に当院を分派創建したこと、禿翁上人は元禄3年(1690年)5月27日に示寂したことが記されています。宗派資料の開基年次欄には「天和年間(1615~1623)」とありますが、天和は西暦1681〜1684年にあたり、郡誌の記す天和元年(1681年)2月と整合します。同誌の一覧表では山号は「江朶山」と印字され(現在の資料にみえる「江東山」の誤植とみられます)、1921年当時の境内地は440坪でした。現在も毎年4月と8月の観音まつり、2月の稲荷まつりが行われています。
良純法親王の分骨石塔と徳翁院
『静岡県磐田郡誌』の大見寺に関する記事には、開山の呑誉禿翁和尚は良純法親王の弟子で、法親王の配流先の甲州から随従し、後に大見寺住職となったこと、法親王が寛文9年(1669年)4月に66歳で薨去した後、分骨と霊牌の安置を請願して許可を受けたことが記されています。同記事によれば、その石塔ははじめ「三本松なる末寺徳翁院」に置かれ、文政11年(1828年)11月に大見寺へ遷されました。徳翁院の旧地名である見付字三本松に法親王ゆかりの石塔が置かれていたことになり、開山禿翁上人を介した大見寺・良純法親王との深い縁を示しています。
大見寺11世を開山とする観音の寺
浄土宗の公式寺院検索には、山号を江東山、院号を徳翁院として登録されています。静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介によると、開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人で、創建年次の欄には「天和年間(1615~1623)」と記されています。ただし西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため、年号と西暦のどちらが正しいかは資料上確認できません。本尊は十一面観音菩薩立像で、寺宝としても同像が挙げられています。
観音まつりと稲荷まつり
静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介では、年中行事として毎年4月と8月の観音まつり、2月の稲荷まつりが挙げられています。現住職は大見寺住職の兼務です。
地域史の中で読む視点
徳翁院の歩みは、寺単体の由緒だけでなく、見付地区の旧村、街道、川、農地、学校史、寺院本末関係とあわせて読む必要があります。古い資料では寺号の表記、住所の字名、本寺・末寺の関係が現在の住所表示と異なることがあるため、本文では時代ごとの表記を区別して整理します。
公開資料の限界と確認順序
徳翁院のように公開情報が限られる寺院では、県の宗教法人名簿、宗派公式名簿、郷土資料、現地の寺号標・碑文、寺院関係者の聞き取りの順に確認する必要があります。本文では、資料で確認できる事実だけを採用し、確認できない事項は「これから調べること」として残します。
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文化財・見どころ
徳翁院の境内・寺号標
2026-07-19までの現地写真整理で、徳翁院の境内や寺号標など、所在地を確認するための資料が登録されています。建物の年代、石造物の銘文、指定文化財の有無は、今後の現地確認と公的台帳の照合が必要です。
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宗派と本尊を知る
徳翁院は浄土宗として記録されます。本尊については「十一面観音菩薩立像」と記録されています。宗派や本尊は、葬儀・年回法要の作法、日々のお勤め、寺に伝わる行事を理解するための基本情報です。ただし古い郷土資料に記される本尊と現在の安置状況が一致するかは、寺院公式または現地で確認する必要があります。
浄土宗とは
浄土宗は、法然上人が承安5年(1175年)に開いた宗派です。43歳で比叡山を下りた法然上人は、京都東山の吉水に草庵を結び、阿弥陀仏の本願を信じて「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えれば誰もが救われるという専修念仏の教えを説き広めました。総本山は、法然上人が晩年を過ごされた吉水の地に建つ京都の知恩院です。
教えの要は、特別な修行や学問ができなくても、お念仏ひとつで阿弥陀仏の極楽浄土に往生できるという点にあります。身分や境遇を問わないこの教えは、鎌倉時代以来、多くの人々の心のよりどころとなってきました。法然上人の教えの核心は、主著「選択本願念仏集」にまとめられています。
檀家の法要では、木魚に合わせて参列者も一緒にお念仏を唱和するのが浄土宗らしいひとときです。葬儀や年回法要でも、故人が極楽浄土へ往生することを願ってお念仏が重ねられます。10回のお念仏「十念」を大切にするなど、日々の暮らしの中でお念仏に親しむ工夫が伝えられています。
参考: 開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)/知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)
観音菩薩という仏さま
観音菩薩は、正式には観世音菩薩といい、世の人びとの苦しみの声を観じて、ただちに救いに赴くとされる菩薩です。『法華経』の観世音菩薩普門品(観音経)には、相手に応じて33の姿に身を変えて救うと説かれています。その姿は、老人や子ども、僧侶や天女など、救う相手に最もふさわしいものへと臨機応変に変わるとされ、この教えから観音さまは古くから最も広く信仰を集めてきました。
基本の姿である聖観音のほか、あらゆる方向に顔を向けて見守る十一面観音、千の手と眼で漏れなく救いの手を差し伸べる千手観音、憤怒の形相をとる馬頭観音など、多彩な変化観音が生み出され、それぞれの姿で人びとのさまざまな願いに応えてきました。
病気平癒や家内安全など現世のご利益を願う信仰に加え、観音霊場を順に巡る三十三所の巡礼も各地で育まれてきました。地域の観音堂や観音講を通じて、身近な悩みを聞き届けてくださる仏さまとして、今も厚く親しまれています。
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地域とのつながり
徳翁院の所在地である見付は、寺院の由緒を読むうえで欠かせない地域文脈を持っています。見付地区は、遠江国府、遠江国分寺、東海道見付宿の記憶が重なる磐田市中心部の歴史地区です。寺院は旧街道、宿場、国府関連の史跡、近世の町場と結びついて分布し、時宗、曹洞宗、浄土宗、日蓮宗など宗派も多様です。この整理では、寺院名・住所・宗派に加え、文化財、旧地名、磐田物語の記事との関係を確認しながら、見付周辺のお寺を体系的に整理します。
徳翁院は、静岡県磐田市見付568番地という現在の住所で整理されていますが、郷土資料では旧村名や字名で記録されることがあります。寺の歴史をたどる際には、現在の住所表示、明治期以降の町村合併、江戸期の村名、寺院本末関係を重ねて確認することが大切です。
今後は、開基年次の「天和年間(1615~1623)」表記の正誤(元和年間か天和年間か)を寺院・宗派資料で確認する、本尊十一面観音菩薩立像の年代・伝来を確認する、境内の稲荷社(稲荷まつりの対象)の由来を確認する、見付宿の町並みにおける位置づけ(旧東海道見付宿との関係)を磐田市誌で調べるを確認することで、檀家・地域の記憶として残すべき事項をさらに補えます。公開資料で確認できない事柄は、伝承としても断定せず、現地や郷土資料で裏取りしてから反映します。
徳翁院については、寺名・所在地・宗派のように名簿で確定できる事項と、創建・本尊・年中行事のように現地確認が必要な事項を分けて記録します。情報が少ない寺院ほど、未確認事項を空欄にせず、今後の確認先を明示することが檀家・地域の記憶を守るために重要です。
見付地区の寺院は、行政区分の変更によって古い資料と現在の住所が一致しないことがあります。旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合することで、寺院が地域のどの集落と結び付いてきたのかを読み解けます。
徳翁院(とくおういん)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)では磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9059(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)。静岡教区浄土宗青年会「146 徳翁院 磐田市見付」では山号(江東山)、本尊十一面観音菩薩立像、開山呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、開基年次「天和年間(1615~1623)」、観音まつり・稲荷まつりを確認。浄土宗 寺院検索「徳翁院」では浄土宗寺院であること、山号「江東山」、所在地(磐田市見付568番地)を確認。静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」では大見寺11代呑誉禿翁が良純親王(後陽成天皇第八皇子)の弟子だったという記述を確認(現地案内板・磐田市教育委員会文化財課を典拠と明記)。『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ・616コマでは国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)、浄土宗寺院一覧表(413コマ)、大見寺・良純法親王と徳翁院の石塔(616コマ)。次世代デジタルライブラリーの全文検索APIで本文を確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
今後の確認事項として、開基年次の「天和年間(1615~1623)」表記の正誤(元和年間か天和年間か)を寺院・宗派資料で確認する、本尊十一面観音菩薩立像の年代・伝来を確認する、境内の稲荷社(稲荷まつりの対象)の由来を確認する、見付宿の町並みにおける位置づけ(旧東海道見付宿との関係)を磐田市誌で調べる、大見寺との本末・兼務関係の沿革を確認するが残ります。これらは本文で推測して埋めるのではなく、寺院公式、宗派資料、郷土資料、現地の碑文や聞き取りで裏取りしてから追記すべき項目です。未確認事項を明示することは、檀家や地域の人が後から情報を補える余地を残すためにも大切です。
徳翁院では、現在の住所表示だけでなく、古い資料に出る旧村名・字名・本寺末寺の関係を照合して読みます。寺院は地図上の一点ではなく、檀家の墓参、村の講、学校や集会、川や街道に沿った生活圏と結び付いてきました。名称や所在地が同じように見える寺院が他地域にある場合でも、住所・宗派・出典の組み合わせを確認することで、同名寺院の混同を避けられます。
徳翁院(とくおういん)の記述は、複数の資料を役割ごとに分けて確認しています。静岡教区浄土宗青年会 寺院紹介「146 徳翁院 磐田市見付」では開山=呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、創建=「天和年間(1615~1623)」(年号矛盾あり)、本尊・寺宝=十一面観音菩薩立像、行事=観音まつり(4月・8月)・稲荷まつり(2月)を確認。現地写真(2026年撮影)では徳翁院の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照。開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)では承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認。知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)では知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認。観音様を知ろう(日本遺産「会津の三十三観音めぐり」公式サイト)では観音経の33身、聖観音・十一面・千手・馬頭など変化観音の種類と性格、現世利益の信仰を確認。こうした資料を重ねることで、寺院の所在地・宗派・由緒・地域文脈を一つの断定にまとめず、確認できる範囲と未確認の範囲を分けて読むことができます。
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年中行事・参拝の手引き
年中行事・法要
- 年中行事
観音まつり(毎年4月と8月)、稲荷まつり(2月)
参拝・法要で訪れる方へ
駐車場については、参拝・拝観用駐車場ありとの記載が浄土宗寺院検索(宗派公式)にある
法要・墓参・年中行事の具体的な日程は、公開資料だけで断定せず、寺院または檀家関係者に確認してください。
- 開基年次の「天和年間(1615~1623)」表記の正誤(元和年間か天和年間か)を寺院・宗派資料で確認する
- 本尊十一面観音菩薩立像の年代・伝来を確認する
- 境内の稲荷社(稲荷まつりの対象)の由来を確認する
- 見付宿の町並みにおける位置づけ(旧東海道見付宿との関係)を磐田市誌で調べる
- 大見寺との本末・兼務関係の沿革を確認する
- 開山名の表記(呑誉禿翁/秀翁)の確定(『磐田市誌』や寺蔵資料での照合)
- 郡誌の旧字名「見付字三本松」と現住所(見付568番地)の対応確認
- 本尊の尊名(郡誌の救世観世音菩薩と現行資料の十一面観音立像)の関係確認
- 徳翁院の法要・墓地・護持会・地域行事について、寺院公式・現地掲示・檀家関係者への確認が必要です。
行事の日程・受付は年により変わることがあります。最新の情報は寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。
07
よくある質問
- 徳翁院の読み方は?
-
「とくおういん」と読みます。寺院名の表記は資料により旧字体・別称を伴う場合があるため、本文では確認できる表記を併記します。
本文「この寺院について」を読む - 徳翁院の宗派は?
-
浄土宗として整理しています。宗派は県の宗教法人名簿や宗派公式情報を優先して確認します。
本文「宗派と本尊」を読む - 徳翁院の所在地は?
-
静岡県磐田市見付568番地です。古い資料では旧村名や字名で記録される場合があるため、現在の住所表示と照合して読む必要があります。
本文「この寺院について」を読む - 創建や由緒は確認できますか?
-
開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人。宗派資料の開基年次欄は「天和年間(1615~1623)」と表記されるが、西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため年号表記に矛盾があり要確認と整理されています。由緒に伝承が含まれる場合は、郷土資料や現地資料で確認できる範囲を本文に反映しています。
本文「歴史と背景」を読む - 地域との関わりは?
-
徳翁院は見付地区の寺院として、旧村名、街道、川、学校史、寺院本末関係などの地域史とあわせて読む必要があります。
本文「地域とのつながり」を読む - 本尊は何ですか?
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十一面観音菩薩立像と記録されています。ただし現在の安置状況は、寺院公式または現地確認での照合が必要です。
本文「宗派と本尊」を読む - 情報が少ない場合はどう扱いますか?
-
公開資料で確認できない事項は推測で埋めず、未確認として残します。名称・所在地・宗派など確認済みの基礎情報を軸に、郷土資料や現地確認で補う方針です。
本文「この寺院について」を読む
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写真で見る境内
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出典・参考資料
- 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)
磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9059(県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照)
- 宗派公式資料 静岡教区浄土宗青年会「146 徳翁院 磐田市見付」
山号(江東山)、本尊十一面観音菩薩立像、開山呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、開基年次「天和年間(1615~1623)」、観音まつり・稲荷まつりを確認
- 宗派公式資料 浄土宗 寺院検索「徳翁院」
浄土宗寺院であること、山号「江東山」、所在地(磐田市見付568番地)を確認
- 民間二次情報 静岡県:歴史・観光・見所「大見寺(磐田市)」
大見寺11代呑誉禿翁が良純親王(後陽成天皇第八皇子)の弟子だったという記述を確認(現地案内板・磐田市教育委員会文化財課を典拠と明記)
- 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』(静岡県磐田郡教育会編、1921年)430コマ・413コマ・616コマ
国立国会図書館デジタルコレクション。由緒(430コマ)、浄土宗寺院一覧表(413コマ)、大見寺・良純法親王と徳翁院の石塔(616コマ)。次世代デジタルライブラリーの全文検索APIで本文を確認
- 宗派公式資料 静岡教区浄土宗青年会 寺院紹介「146 徳翁院 磐田市見付」
開山=呑誉禿翁上人(大見寺十一世)、創建=「天和年間(1615~1623)」(年号矛盾あり)、本尊・寺宝=十一面観音菩薩立像、行事=観音まつり(4月・8月)・稲荷まつり(2月)を確認
- 現地確認 現地写真(2026年撮影)
徳翁院の所在地・境内・寺号標等の確認資料として参照
- 宗派公式資料 開宗850年 ―お念佛からはじまる幸せ―(浄土宗公式サイト)
承安5年(1175年)開宗と専修念仏の教義を確認
- 本山公式資料 知恩院にお参りしよう - 法然上人とお念仏(浄土宗総本山 知恩院)
知恩院が法然上人の吉水草庵を起源とする総本山であることを確認
- 行政系(日本遺産協議会) 観音様を知ろう(日本遺産「会津の三十三観音めぐり」公式サイト)
観音経の33身、聖観音・十一面・千手・馬頭など変化観音の種類と性格、現世利益の信仰を確認
- 博物館 e国宝 十一面観音像(国立文化財機構)
十一面観音の頭上面の構成と経典(十一面神咒心経)に基づく像容を確認
- 地域資料 磐田市観光協会「遠江国はじまりの地 磐田に刻まれた歴史をたどる旅」
見付宿が東海道五十三次の28番目の宿場で、遠江国府・遠江国分寺の置かれた地域であることを確認
- 行政・文化財情報 旧見付学校附磐田文庫(旧見付学校)|磐田市公式ウェブサイト
旧見付学校の明治8年開校、国指定史跡としての位置づけを確認
- 行政・公的資料 磐田市公式サイト「磐田市の概要」
磐田市域の歴史的背景、遠江国府・遠江国分寺・見付宿などの地域文脈を確認
- 行政・公的資料 磐田市文化財保存活用地域計画(令和6年9月)
地区ごとの歴史文化のまとまり、文化財・未指定文化財の整理方針を確認
- 公的機関資料 宗務行政の概要(文化庁)
宗教法人制度と宗教年鑑の位置づけを確認
- 法令 宗教法人法(e-Gov法令検索)
宗教法人の制度上の位置づけを確認
For Families
このお寺が菩提寺のご家族へ
菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。
法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。
- お墓の場所
- 墓地の区画
- 次回の法要
- 仏壇の場所
- 位牌の有無
- お寺からの連絡を受ける人
- お寺の連絡先
- 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
- 実家の名義
- 実家を今後誰が管理するか
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