千手寺
『日本歴史地名大系』によれば正元2年(1260年)の創建で、もと真言宗、元禄元年(1688年)に臨済宗に転じたといいます。
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創建・由緒の年代情報がある寺院を年代順に確認します。
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『日本歴史地名大系』によれば正元2年(1260年)の創建で、もと真言宗、元禄元年(1688年)に臨済宗に転じたといいます。
永正10年(1513年)
永正16年(1519年)開創(『静岡県磐田郡誌』)
永正18年(1521年)創建。開山は稱蓮社名誉上人正行西光大和尚(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
永正元年(1504年)8月20日創立(当時は誓渡庵と号した。正徳2年(1712年)に誓渡院と改称)
永正元年(1504年)開創
永徳元年(1381年)
永禄11年(1568年)
永禄5年(1562年)創建。開山は金蓮社住誉上人能公大和尚(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
永和3年(1377年)※郡誌の由緒。年代には検討の余地あり
延暦元年(782年)草創と伝えられる(慶長5年〈1600年〉に曹洞宗寺院として開山)
応安6年(1373年)創建。開山は善蓮社岌誉照山廊道上人(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
応永11年(1404年)
応永19年(1412年)に日蓮宗寺院として草創、慶長7年(1602年)に曹洞宗へ改宗と伝わる
応永25年(1418年)
応仁2年(1468年)に前身の蔵参庵が建立されたと伝わる。永禄7年(1564年)に岩田山増参寺となる
開山は大見寺11世の呑誉禿翁上人。宗派資料の開基年次欄は「天和年間(1615~1623)」と表記されるが、西暦1615〜1623年は元和年間にあたり、天和年間は1681〜1684年であるため年号表記に矛盾があり要確認
開山は法蓮社誠誉演甫上人。宗派資料の創建年次欄は「正和四年(1345)」と表記されるが、正和4年は西暦1315年にあたり年号と西暦が一致しないため要確認
開創年代は不明だが、文明18年(1486年)よりも以前と伝わる。天正年間(1573〜1591年)に曹洞宗に改宗
寛永11年(1634年)に法雲庵として開創されたと伝わる
寛永3年(1626年)5月、日遷開創(『静岡県磐田郡誌』)
寛永元年(1624年)
寛永元年(1624年)8月
起源は神亀3年(726年)と伝わり、寛永15年(1638年)に久松山大円寺と改めた
享保8年(1723年)
享保9年(1724年)に開かれた(曹洞禅ナビの公式紹介文に「1724年に開かれた」と明記)
享禄元年(1528年)8月
慶長10年(1605年)
慶長10年(1605年)
慶長18年(1613年)(前身の薬師堂は元亀年間から)
慶長19年(1614年)
慶長2年(1597年)
慶長7年(1602年)
慶長9年(1604年)中興開山(前身の地蔵堂はそれ以前から存在)
慶長元年(1596年)
慶長元年(1596年)5月18日開創(『静岡県磐田郡誌』による)
建久年間(1190〜1199年)草創と伝わる(初め真言宗岡本山弘徳寺)。慶長4年(1599年)曹洞宗に改宗
建治3年(1277年)9月15日、南溟の創建(『静岡県磐田郡誌』による)
元和2年(1616年)
元和5年(1619年)8月28日創立(『静岡県磐田郡誌』による。同誌には慶長6年(1601年)黒印拝領の記載もある)
元和8年(1622年)
元和元年(1615年)ごろの創建。開山は貞蓮社源誉上人普光観智国師(静岡教区浄土宗青年会の寺院紹介による)
弘治年間(1555〜1558年)開創、文禄2年(1593年)曹洞宗に改宗(『静岡県磐田郡誌』による)
江戸時代初期(慶長〜寛永年間か。開祖に請じられた寿正寺盛舜和尚の活動期から推定)
江戸時代初期以前(寛永10年・1633年ごろの幕府の諸宗末寺帳に既に登載)
江戸時代前期。『磐田郡誌』では寛永19年(1642年)の開創とも記される。宝暦2年(1752年)焼失後に再建
寺院公式サイトでは開山1300年前と紹介。大乗院は平行盛の次男行次の菩提追悼のため京都愛宕山から愛宕将軍地蔵菩薩を勧請して創設。小笠寺の前身・祐厳寺は大宝年間(701〜704年)の創立と伝わる
寺伝(寺院公式サイト)では文永2年(1265年)開創とされます。
寺伝では1000年以上前に真言宗高野山の末寺として開かれ、1444年(文安元年)に曹洞宗寺院として再興されたと伝わる
寺伝では安元元年(1175年)頃、平重盛が遠州三連寺の一つとして創建したと伝わる
寺伝では室町時代の応永年間(1394〜1428年)の開創と伝わる(民間二次情報による)
寺伝では大同2年(807年)開創と伝わる
寺伝では平安時代末期(平重盛の建立と伝える)。文明14年(1482年)に如海が再興
寺伝では明応3年(1494年)開創の円通院を前身とし、永禄2年(1559年)に円通院観音寺と改められたと伝わる
治承3年(1179年)創建と伝わる
治承年中(1177〜1181年)の開創と伝わる
室町時代/文明10年(1478年)開創
室町時代の元中2年・北朝至徳2年(1385年)、日什門流の開祖・玄妙阿闍梨日什上人による建立
室町時代末期、永禄5年(1562年)創建(磐田市観光協会資料による)
正保2年(1645年)正月創立(『静岡県磐田郡誌』による)
創建年代は不詳。寺伝ではもと真言宗に属し、永禄元年(1558年)に曹洞宗へ改宗したと伝わる
創建年代不詳(観光情報データベースによる)
創建年不詳(正保郷帳(1644〜1648年)に寺領2石の記録があり、江戸時代前期には存在)
創立年代は不詳。現地の説明板では鎌倉時代中頃(約750年前)に時宗へ改宗したと伝えられており、民間の寺院紹介記事も1250年頃の改宗と紹介しています。
大永7年(1527年)開創(『静岡県磐田郡誌』)
庭園専門メディアの解説では観応元年(1350年)創建とされます(南北朝時代)。
天正10年(1582年)
天正13年(1585年)
天正14年(1586年)開基創建(『静岡県磐田郡誌』)
天正15年(1587年)2月開創(『静岡県磐田郡誌』による)
天正15年(1587年)草創(『静岡県磐田郡誌』による)
天正4年(1576年)開基(『静岡県磐田郡誌』)
天正6年(1578年)7月6日開創と伝わる
天正元年(1573年)、僧龍山による一宇造立(『静岡県磐田郡誌』による)
天正元年(1573年)12月12日、黙宗の開創(『静岡県磐田郡誌』の由緒による。同誌の一覧表の創立欄は「不詳」)
天正年間初頭(1573年頃)
天文11年(1542年)草創(『静岡県磐田郡誌』)
天文22年(1553年)9月3日、黙宗の分派開山(『静岡県磐田郡誌』による)
天文2年(1533年)
天文年間(1532〜1555年)
天文年間(1532〜1555年)※寺伝。遅くとも永禄3年(1560年)以前に存在
天平6年〜20年(734〜748年)、聖武天皇の勅命を奉じた行基菩薩の開基と伝わる
伝承では平安時代末期(平氏の頃)の開創、天正3年(1575年)再興
奈良時代(遠江国分寺跡)/現寺院の沿革は調査中
南北朝時代(14世紀、開山は寂室〈勅諡円応禅師〉と伝える)
不詳(『静岡県磐田郡誌』は政翁の開創と伝えると記す)
不詳(『静岡県磐田郡誌』は陽巌の開創と記す。現地看板の伝承では天平時代に行基が開いた大平寺が前身)
不詳(慶長年間〈1596〜1615年〉に現在地へ移転再建と伝わる)
文永5年(1268年)2月、南溟の開創(『静岡県磐田郡誌』による)
文亀2年(1502年)
文明4年(1472年)
文明4年(1472年)9月(『静岡県磐田郡誌』時宗寺院一覧表による。開山は連阿)
文明4年(1472年)川僧慧済禅師開創
文禄2年(1593年)
文禄元年(1592年)
未確認
明応6年(1497年)9月
明治15年(1882年)合併成立(前身の全明庵・寿泉庵は江戸時代初期以前)