豊岡地区・現地痕跡未確認

蓮台寺

れんだいじ

ページ充実度 基礎情報 最終確認 2026.07.19

蓮台寺(れんだいじ)は、磐田市社山の宗教法人名簿に掲載される真言宗智山派の寺院です。『静岡県磐田郡誌』には鎌田の医王寺の末寺、本尊は薬師如来と記され、武田氏の戦火で本堂を失ったのち、慶長年間(1596〜1615年)に現在地へ移転再建されたと伝わります。

寺院名
蓮台寺
地区
豊岡
住所
静岡県磐田市社山576番地
宗派
真言宗智山派

Basic Information

基本情報

ATAWI TEMPLEは各寺院の公式サイトではありません。
寺院名
蓮台寺
読み方
れんだいじ
地区
豊岡
宗派
真言宗智山派
ご本尊(資料上)
薬師如来
ご本尊の現在の確認状況
公開資料で確認済み
住所
静岡県磐田市社山576番地
Googleマップ
Googleマップで開く
寺院公式サイト
未確認
電話番号
未確認(公式情報または寺院へご確認ください)
法要・参拝情報
未確認(寺院へご確認ください)
駐車場情報
確認中(台数・利用条件を現地または公式情報で確認中)
アクセス・交通手段
確認中(最寄駅・バス停からの所要時間を調査中)
周辺の目印
確認中(周辺の目印を現地確認後に追記)
文化財・特記事項
確認中(文化財・札所・境内の見どころを調査中)
最終確認日
2026.07.11

不明な項目は推測せず、確認中として表示しています。法要、参拝、駐車場、電話での連絡は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

法要・お墓参りで故郷へ帰る方へ

法要や墓参りで帰省される方へ

法要や墓参りは、離れて暮らすご家族が故郷へ帰る大切な機会です。 もし時間があれば、実家の外観、庭木、郵便受け、仏壇、重要書類なども確認してみてください。

結論を出す必要はありません。家族で現状を共有することが大切です。

法要・供養、寺院ごとの作法や予定については、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

写真を準備しています 現地訪問後に、本堂・境内・入口・説明板の写真を掲載します。
宗派真言宗智山派
創建・年代不詳(慶長年間〈1596〜1615年〉に現在地へ移転再建と伝わる)
本尊薬師如来
墓地調査中
文化財・史跡調査中
所在地豊岡・磐田市

Database 01

寺院概要

山号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
院号
調査中(確認できた情報から順次更新します)
寺号
蓮台寺
宗派
真言宗智山派
本尊
薬師如来
創建
不詳(慶長年間〈1596〜1615年〉に現在地へ移転再建と伝わる)
開山
調査中(確認できた情報から順次更新します)
開基
調査中(確認できた情報から順次更新します)
所在地
静岡県磐田市社山576番地
地区
豊岡

Database 02

沿革

『静岡県磐田郡誌』にみる由緒

『静岡県磐田郡誌』は、真言宗寺院の一つとして蓮台寺を挙げ、「広瀬村社山字上之平に在り。御厨村医王寺の末にして、本尊は薬師如来なり。往古は字天神ヶ谷に在り。武田氏の兵燹に罹りて本堂灰燼に帰せり。慶長年間、今の地に移転再建せりと云ふ」と記しています。本寺とされる医王寺は磐田市鎌田の真言宗智山派の古刹で、この本末関係は蓮台寺の現在の宗派とも一致します。焼失をもたらした「武田氏の兵燹」の具体的な年代は郡誌には記されていません。

戦乱の舞台・社山

所在地の社山は、磐田原台地の北端近くに位置します。『日本歴史地名大系』の社山村の項によれば、文亀元年(1501年)の『宗長日記』に「社山に左衛門佐殿在城」とみえて今川氏と斯波氏の抗争の舞台となり、永正14年(1517年)の今川氏親による遠州平定の記事にも「社山・二俣」の名が現れます。天文12年(1543年)には孕石光尚が社山に約50貫文を知行し、永禄6年(1563年)には今川氏真が松井氏に社山村を含む所領を宛て行いました。磐田市観光協会によれば、社山城は15世紀末には存在し、桶狭間の戦い後は徳川氏の統治下に移り、元亀3年(1572年)の武田氏の遠州侵入により徳川・武田両氏の抗争の場となりました。武田氏の戦火で本堂を失ったと伝える蓮台寺の由緒は、こうした社山の戦国史の中に位置づけられます。

遠江四十九薬師霊場の札所として

蓮台寺は遠江四十九薬師霊場の第32番札所です。本寺にあたる磐田市鎌田の医王寺(同霊場第46番札所)の公式サイトに掲載された札所一覧には「第三十二番 城谷山 蓮台寺(れんだいじ) 真言宗智山派 薬師如来」と記されており、寺名・宗派・札所本尊が確認できます。第31番は下野部の一雲斎で、霊場の巡路が旧豊岡村域を通っていたことが分かります。なお『磐田郡誌』の寺院一覧表における山号の記載は活字の判読が難しく、現行一覧の「城谷山」との対応は確認できていません。

Database 03

歴代住職

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 04

本尊

本尊名
薬師如来
宗教的意味
蓮台寺は真言宗智山派に属し、『静岡県磐田郡誌』の記す本寺・医王寺(磐田市鎌田)との本末関係は現在の宗派とも一致します。本尊の薬師如来は遠江四十九薬師霊場第32番の札所本尊としても記録されており、戦火からの移転再建という由緒とともに、病平癒を願う薬師信仰がこの地に伝えられてきたことを示しています。
由来
調査中(確認できた情報から順次更新します)
安置場所
調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 05

寺宝・文化財

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 06

年中法要

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 07

墓地情報

調査中(確認できた情報から順次更新します)

一般墓・永代供養墓・納骨堂・樹木葬・合祀墓の有無、檀家条件・宗派条件は、寺院の公式情報または寺院へ直接ご確認ください。

Database 08

檀家地域

調査中(確認できた情報から順次更新します)

Database 09

地域との関係

社山は磐田原台地の北端近くに位置する集落です。『日本歴史地名大系』によれば北は合代島村に接し、戦国期には今川・斯波・徳川・武田の各氏が争った社山城跡の残る土地として知られます。昭和30年(1955年)に豊岡村の大字となり、平成17年(2005年)の合併で磐田市社山となりました。

戦国の城跡と、戦火からの移転再建を伝える蓮台寺の由緒は、いずれもこの集落が経験した動乱の記憶を今に伝えるものです。寺は移転後400年余りにわたり、社山の人びとの菩提を弔う場として法灯を伝えてきました。

Database 11

出典・更新記録

  1. 行政・公的資料静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9274

  2. 郷土資料『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡役所編(1921年)第13章 神社及宗教

    国立国会図書館デジタルコレクション。次世代デジタルライブラリー全文検索コマ772付近に「10蓮台寺(広瀬村)」の由緒記載

  3. 郷土資料コトバンク「社山村」(日本歴史地名大系)

    文亀元年(1501年)の今川氏・斯波氏合戦、孕石光尚の知行に関する記述

  4. 公的情報磐田市観光協会「社山城跡」

    社山城の沿革(15世紀末成立、今川・徳川・武田の抗争、元亀3年の武田遠州侵入)

  5. 民間二次情報ニッポンの霊場 遠江四十九薬師霊場

    第32番=城谷山蓮台寺(真言宗智山派・磐田市社山・御本尊薬師如来)を確認。寺名・宗派・町名がDBと一致。

最終更新日 2026.07.19

01

この寺院について

蓮台寺は磐田市社山576番地に所在する真言宗智山派の寺院で、静岡県知事所轄宗教法人名簿に磐田市内の宗教法人として掲載されています。社山は旧磐田郡豊岡村の大字で、平成17年(2005年)の合併により磐田市の住所表示となりました。

大正10年(1921年)刊の『静岡県磐田郡誌』によれば、御厨村(現在の磐田市鎌田)の医王寺の末寺で、本尊は薬師如来です。往古は社山の字天神ヶ谷にありましたが、武田氏の兵燹(戦火)により本堂が失われ、慶長年間に字上之平の現在地へ移転再建されたと伝えられます。

遠江四十九薬師霊場の第32番札所にあたり、現行の札所一覧では山号を城谷山としています。現地は未訪問のため、堂宇・境内の現況は確認できておらず、当ページの記述は郷土資料と各種名簿に基づいています。

02

歴史と背景

『静岡県磐田郡誌』にみる由緒

『静岡県磐田郡誌』は、真言宗寺院の一つとして蓮台寺を挙げ、「広瀬村社山字上之平に在り。御厨村医王寺の末にして、本尊は薬師如来なり。往古は字天神ヶ谷に在り。武田氏の兵燹に罹りて本堂灰燼に帰せり。慶長年間、今の地に移転再建せりと云ふ」と記しています。本寺とされる医王寺は磐田市鎌田の真言宗智山派の古刹で、この本末関係は蓮台寺の現在の宗派とも一致します。焼失をもたらした「武田氏の兵燹」の具体的な年代は郡誌には記されていません。

戦乱の舞台・社山

所在地の社山は、磐田原台地の北端近くに位置します。『日本歴史地名大系』の社山村の項によれば、文亀元年(1501年)の『宗長日記』に「社山に左衛門佐殿在城」とみえて今川氏と斯波氏の抗争の舞台となり、永正14年(1517年)の今川氏親による遠州平定の記事にも「社山・二俣」の名が現れます。天文12年(1543年)には孕石光尚が社山に約50貫文を知行し、永禄6年(1563年)には今川氏真が松井氏に社山村を含む所領を宛て行いました。磐田市観光協会によれば、社山城は15世紀末には存在し、桶狭間の戦い後は徳川氏の統治下に移り、元亀3年(1572年)の武田氏の遠州侵入により徳川・武田両氏の抗争の場となりました。武田氏の戦火で本堂を失ったと伝える蓮台寺の由緒は、こうした社山の戦国史の中に位置づけられます。

遠江四十九薬師霊場の札所として

蓮台寺は遠江四十九薬師霊場の第32番札所です。本寺にあたる磐田市鎌田の医王寺(同霊場第46番札所)の公式サイトに掲載された札所一覧には「第三十二番 城谷山 蓮台寺(れんだいじ) 真言宗智山派 薬師如来」と記されており、寺名・宗派・札所本尊が確認できます。第31番は下野部の一雲斎で、霊場の巡路が旧豊岡村域を通っていたことが分かります。なお『磐田郡誌』の寺院一覧表における山号の記載は活字の判読が難しく、現行一覧の「城谷山」との対応は確認できていません。

03

宗派と本尊を知る

蓮台寺は真言宗智山派に属し、『静岡県磐田郡誌』の記す本寺・医王寺(磐田市鎌田)との本末関係は現在の宗派とも一致します。本尊の薬師如来は遠江四十九薬師霊場第32番の札所本尊としても記録されており、戦火からの移転再建という由緒とともに、病平癒を願う薬師信仰がこの地に伝えられてきたことを示しています。

真言宗智山派とは

真言宗智山派は、弘法大師空海を宗祖とし、興教大師覚鑁の流れをくむ新義真言宗系の宗派で、総本山は京都市東山区の智積院です。智積院はもと紀州根来山の寺院でしたが、天正13年(1585年)の兵火で根来山が焼失した際、住職(能化)の玄宥僧正が法灯を守って難を逃れ、慶長6年(1601年)に徳川家康から京都東山の寺地を与えられて再興されました。以来、新義真言宗の教学を伝える拠点となりました。

教えは大日如来を中心とする密教で、教学(学問)を重んじる伝統を持つことが特色です。成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院といった関東の著名寺院を大本山とすることでも知られ、智積院は今も僧侶の学びの場としての伝統を受け継いでいます。

檀家の法要では、護摩祈祷や光明真言の念誦など密教の作法が営まれ、「南無大師遍照金剛」の御宝号とともに弘法大師への信仰が受け継がれています。年回法要でも読経と真言の響きに包まれる、密教らしい荘厳な雰囲気が智山派の持ち味です。

参考: 真言宗智山派について(真言宗智山派 総本山智積院)文化デジタルライブラリー「真言宗智山派 総本山 智積院」(日本芸術文化振興会)

薬師如来という仏さま

薬師如来は、正式には薬師瑠璃光如来といい、東方の浄瑠璃世界と呼ばれる浄土の教主とされる仏さまです。菩薩として修行していた時代に12の大願を立て、その中で人びとの病を取り除き、心身を安らかにすることを誓ったと経典に説かれています。誓いには、飢えや渇きに苦しむ人を救い、衣類の乏しい人に衣を施すことも含まれ、心と身体の両面から人びとを支える仏さまです。左手に薬壺を持つ姿が広く知られ、古くから「お薬師さま」の呼び名で親しまれてきました。

来世の救いを担う阿弥陀如来に対して、薬師如来は現世で救いの手を差し伸べる仏とされ、奈良時代(8世紀)から病気平癒や健康長寿を願う現世利益の信仰を集めてきました。脇には日光菩薩と月光菩薩が控え、昼も夜も絶え間なく人びとを見守ってくださると伝えられます。

薬師如来を本尊とする寺院では、家族の病気平癒や無病息災、厄除けの祈願が折々に営まれ、暮らしに寄り添う仏として大切にされてきました。お参りの際には、日々を健やかに送れることへの感謝を込めて手を合わせたいものです。

参考: お薬師様の十二大願(奈良薬師寺 公式サイト)ご本尊・薬師如来(薬師寺東京別院 公式サイト)薬師如来(新薬師寺 公式ホームページ)

04

地域とのつながり

社山は磐田原台地の北端近くに位置する集落です。『日本歴史地名大系』によれば北は合代島村に接し、戦国期には今川・斯波・徳川・武田の各氏が争った社山城跡の残る土地として知られます。昭和30年(1955年)に豊岡村の大字となり、平成17年(2005年)の合併で磐田市社山となりました。

戦国の城跡と、戦火からの移転再建を伝える蓮台寺の由緒は、いずれもこの集落が経験した動乱の記憶を今に伝えるものです。寺は移転後400年余りにわたり、社山の人びとの菩提を弔う場として法灯を伝えてきました。

跡地の現況

蓮台寺は静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)に掲載されていますが、現地は未訪問で、堂宇・境内の現況は確認できていません。当ページの記述は『静岡県磐田郡誌』などの文献資料と各種名簿に基づくものであり、現況に関する事項は現時点では確認できていません。

05

よくある質問

蓮台寺の読み方と宗派は?

「れんだいじ」と読みます。真言宗智山派の寺院で、『静岡県磐田郡誌』は磐田市鎌田の医王寺の末寺と記しています。

本文「この寺院について」を読む
本尊は何ですか?

『静岡県磐田郡誌』は本尊を薬師如来と記しており、遠江四十九薬師霊場第32番の札所本尊も薬師如来です。現在の様子は確認できていません。

本文「宗派と本尊」を読む
いつからあるお寺ですか?

創建年代は不詳です。『静岡県磐田郡誌』には、往古は字天神ヶ谷にあり、武田氏の戦火で本堂を失った後、慶長年間(1596〜1615年)に現在地へ移転再建されたと伝えられています。

本文「歴史と背景」を読む

06

写真で見る境内

現地写真を準備しています

現地訪問後に、本堂・境内・入口・説明板の写真を掲載します。

07

出典・参考資料

  1. 行政・公的資料 静岡県知事所轄宗教法人名簿(令和5年3月31日現在)

    磐田市内の宗教法人として掲載。参照行: L9274。県サイト改編により2026年5月時点のアーカイブ版を参照

  2. 郷土資料 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡役所編(1921年)第13章 神社及宗教

    国立国会図書館デジタルコレクション。次世代デジタルライブラリー全文検索コマ772付近に「10蓮台寺(広瀬村)」の由緒記載(広瀬村社山字上之平・御厨村医王寺末・本尊薬師如来・天神ヶ谷からの移転伝承)

  3. 郷土資料 コトバンク「社山村」(日本歴史地名大系)

    磐田原台地北端近くの立地、文亀元年(1501年)『宗長日記』の「社山に左衛門佐殿在城」、永正14年の今川氏親遠州平定、天文12年の孕石光尚の知行(約50貫文)、永禄6年の今川氏真による松井氏への宛行を確認

  4. 公的情報 磐田市観光協会「社山城跡」

    社山城の沿革(15世紀末成立、今川・徳川・武田の抗争、元亀3年の武田遠州侵入)

  5. 寺院公式情報 遠州四十九薬師霊場 札所一覧(鎌田山医王寺〈磐田市鎌田・同霊場第46番〉公式サイト)

    蓮台寺の本寺にあたる医王寺の公式サイト。札所一覧の本文で「第三十二番 城谷山 蓮台寺(れんだいじ) 真言宗智山派 薬師如来」の行を確認(2026年7月19日)。第31番が一雲斎であることもあわせて確認

  6. 民間二次情報 ニッポンの霊場 遠江四十九薬師霊場

    第32番=城谷山蓮台寺(真言宗智山派・磐田市社山・御本尊薬師如来)を確認。寺名・宗派・町名がDBと一致。

  7. 行政・公的資料 旧豊岡村の住所表示|磐田市公式ウェブサイト

    社山が旧豊岡村の大字であり、磐田市社山(郵便番号438-0108)となったことを確認。

For Families

このお寺が菩提寺のご家族へ

菩提寺の名前や場所が確認できたら、それだけで終わりではありません。

法要やお墓について、家族の中で誰が情報を持っているのかも確認しておくと、将来困ることが少なくなります。親が元気なうちに、次のことを家族で確認しておくことをおすすめします。

  • お墓の場所
  • 墓地の区画
  • 次回の法要
  • 仏壇の場所
  • 位牌の有無
  • お寺からの連絡を受ける人
  • お寺の連絡先
  • 墓や仏壇を将来誰が引き継ぐか
  • 実家の名義
  • 実家を今後誰が管理するか
家族で確認しておきたいことを見る →

Next Step

次に確認しておきたいこと

Same Area

同じ地区の寺院

豊岡地区の寺院をもっと見る

Same Sect

同じ宗派・関連法人の寺院

磐田市の真言宗智山派の寺院一覧